↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/95

第80話 助けたこと


 地図の上に、赤い印がまた一つ増えた。


「ここ閉じた」


 姉が言った。


「いつ」


 友人が端末を覗く。


「今」


「今って」


「三分前」


「今だ」


 主人公が口を挟む。


「黙って」


 二人から同時に言われた。


「何で俺」


「邪魔だから」


 養父まで加わる。


「親父まで」


 机の上には四つの地図がある。


 古い地下構造図。


 現在の設備図。


 主人公が歩いて作った地図。


 姉が更新している現在の街の記録。


 その上へ、避難、停止、変位の印が次々と足されていた。


「この区画、まだ人いる」


 姉が画面を拡大した。


「何人」


 養父が聞く。


「登録上、十二」


「登録外」


「分からない」


「いる前提で行く」


「俺行く」


 主人公が立つ。


「待て」


「何」


 養父が古い図の一点を指した。


「正面は閉じる」


「現在図では正面しかない」


 姉が言う。


「昔は裏に保守口があった」


 友人が設備図を確認する。


「今の図にない」


「俺知ってる」


 三人が主人公を見る。


「物置の奥」


「使える?」


「昨日通った」


「じゃあそこ」


 姉が即座に決めた。


「行く」


 主人公が端末を掴む。


「俺も」


 養父も立ち上がった。


「腰」


「うるさい」


「私も」


 姉が言う。


「姉ちゃんはここ」


「何で」


「地図」


「他の人でもできる」


「今の住所分かる?」


 姉が止まった。


「……分かった」


「俺ら行く」


「俺ら?」


 養父が眉を寄せる。


「親父来るんだろ」


「お前についていくんじゃない」


「同じ道」


「うるさい」


 二人で走った。


 物置へ入り、積まれた箱をどける。


 奥に狭い保守口がある。


 養父が屈んだ。


「狭い」


「腰」


「言うな」


 主人公が先に入り、養父が続いた。


 暗い通路を進むと通信が入る。


『その先、現在登録だと住宅区画』


 姉だ。


「昔は保守区画だ」


 養父が答える。


『今は人が住んでる』


「分かってる」


 主人公は前を照らした。


 細い通路の先には、後から作られた壁が見える。


 その向こうから物音がした。


「ここには人が住んでる!」


 養父が壁の向こうへ怒鳴った。


 主人公は振り返った。


「何だ」


「いや」


「言え」


「前、姉ちゃんも同じこと言った」


「だから何だ」


「別に」


 主人公は少し笑って、壁際の開口部を抜けた。


 住宅区画へ出る。


「誰か!」


「こっち!」


 返事があった。


 廊下の奥から人が出てくる。


 荷物を抱えた人。


 老人。


 子ども。


 自分で歩ける者はもう出口へ向かっていた。


「十二人?」


 主人公が聞く。


「十三!」


「やっぱりな」


 養父が言った。


 通信へ叫ぶ。


「十三!」


『十三?』


「十三!」


『追加する』


「後でいい!」


『今入れないと次も十二で数える!』


 養父が一瞬止まった。


「……入れろ」


「負けた」


 主人公が言う。


「何が」


「別に」


 避難を始めた。


 主人公は子どもの手を取る。


 養父は足元の不安定な老人を支えた。


 ほかの住民は、自分の荷物を持ち、自分で歩く。


 誰かが誰かを丸ごと運ぶわけではない。


 歩ける者が歩き、手の要るところだけ手を貸す。


『出口、東は閉じた』


 姉の声。


「西」


 養父が返す。


『西は現行設備で工事壁』


「いつ」


『九年前』


「聞いてない」


『九年前に私に言われても』


 主人公が笑った。


「何だ!」


「親父、姉ちゃんに負けてる」


『何の勝負?』


「知らん」


 今度は友人の通信が入った。


『南。昨日確認した後付け配管沿いに抜けられる』


「第零号知らないとこ」


『そう』


 養父が迷わず方向を変えた。


「行くぞ」


 南へ抜ける。


 十三人が順番に通路を出た。


 外では姉が待っていた。


「十三」


 一人ずつ数える。


 一。


 二。


 三。


 最後の一人が出る。


「十三」


「いる」


 養父が答えた。


「記録も十三にした」


「そうか」


 そこで、また警報が鳴った。


「また」


 主人公が顔をしかめる。


 姉が表示を見る。


「次、医療区画」


「行く」


 養父が歩き出しかけた。


「待って」


「何だ」


 姉は避難した十三人を見た。


 それから養父を見る。


「ありがとう」


「今それか」


「違う。今の」


 養父も十三人を見る。


「俺一人じゃない」


「知ってる」


「こいつらも自分で逃げた」


「知ってる」


「なら」


「それでも」


 姉は言った。


「助けたことは、助けたことだから」


 養父は黙った。


 主人公も、二人を見ていた。


 姉は以前、養父へ礼を言ったことがある。


 弟を生かしてくれたこと。


 育ててくれたこと。


 それは今も変わっていない。


「でも」


 姉は地図へ視線を戻した。


「昨日のことも、その前のことも、なくならない」


「なくす気はない」


「弟を育ててくれたことに感謝してる」


「うん」


「だからって、地下で起きたこと全部を許すわけじゃない」


「うん」


「今、人を助けたことにも感謝してる」


「うん」


「それで責任が消えるわけでもない」


「うん」


 主人公が耐えきれず口を挟んだ。


「親父、うんしか言ってない」


「黙れ」


 姉が少し笑った。


「似てる」


「似てない」


 二人が同時に言った。


「またそれ」


 警報がもう一度鳴った。


 姉の笑いが消える。


「医療区画」


「行く」


 養父。


「俺も」


 主人公。


「私は記録」


 姉。


『俺は経路』


 友人の声。


「それでいい」


 養父が言った。


 全員が動く。


 感謝は残った。


 責任も残った。


 片方が、片方を消すことはなかった。


 助けたことは、助けたこと。


 起こしたことは、起こしたこと。


 どちらも持ったまま、次の人を助けに行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。