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第78話 四つの地図


 机は一つしかなかった。


 地図は四つあった。


「狭い」


 主人公が言う。


「地図のせいじゃない」


 姉が一枚を押さえた。


「机小さい」


「それはそう」


「床使う?」


 友人が聞く。


「踏む」


 養父が即答した。


「じゃあどうすんの」


 養父は近くの箱を持ってきて、机の横へ置いた。


「増えた」


「机じゃない」


「置ける」


「なら机」


「雑」


 四人で囲んだ。


 一枚目は、古い地下構造図だった。


 紙の端が擦れ、今は存在しない区画名がいくつも残っている。


 養父が指を置いた。


「これは俺が分かる」


「全部?」


「全部と言う奴を信用するな」


「親父が言う?」


「俺だから言う」


 二枚目は友人の端末にある現在の設備系統図だった。


「動いてる線。死んでる線。昨日まで動いてた線」


 友人が表示を切り替える。


「今日動いた線」


 主人公が足す。


「それが増えて困ってる」


 三枚目は主人公の手書きだった。


 地下の抜け道。


 普段使っている入口。


 使わなくなった入口。


 棚、物置、洗濯場。


 昨日、人を逃がした道も書き足してある。


 姉が紙を覗いた。


「それ地図?」


「地図」


「ここ、何」


「臭いとこ」


「正式名」


「知らん」


 友人が横から見る。


「排水保守路」


「臭いとこでいいじゃん」


「よくない」


 四枚目は姉の端末だった。


 現在の街。


 道路、病院、避難所、給水、電力、閉鎖区画。現在の住所。


 その中には、前に主人公と二人で直した記録も残っていた。


《旧入口》

《現入口》

《使用停止》

《居住確認》


「残ってる」


 主人公が画面を見る。


「何が」


「旧って書いたやつ」


「消すなって言ったでしょ」


「うん」


 友人が四つを見比べた。


「重ねるぞ」


「どうやって」


「頭で」


「文明は?」


「規格違う」


「文明負けた」


「黙れ」


 養父が古い地下図を指した。


「ここ。昔は幹線」


「今は死んでる」


 友人が設備図を見る。


「通れる」


 主人公が言う。


「地上側は道路になってる」


 姉が現在図を拡大した。


 四人とも止まった。


「全部違う」


 主人公が言う。


「全部合ってる」


 姉が返した。


「どっち」


「時期と用途が違う」


「だから面倒なんだ」


 養父が言った。


 友人は古い図へ視線を戻す。


「第零号は一枚目しか見てない」


「古いの?」


「たぶん」


「正確には、旧戦略系が参照できる情報だけ」


 横から研究者の声がした。


 主人公が振り向く。


「いつからいた」


「最初から」


「喋って」


「喋ってた」


「聞いてなかった」


「それは知ってる」


 姉が研究者を見る。


「じゃあ、今の街は見えてない?」


「変化を異常や転用として扱っている可能性が高い」


「だから家を戻す」


 主人公は昨日の家を思い出した。


「そう見える」


「じゃあ今の線を教えれば」


 友人が言う。


「受け付ける保証はない」


「また保証ない」


「ないものはない」


 姉の端末が鳴った。


 画面を見る。


《避難完了》


「家?」


 主人公が聞く。


「うん」


「子ども」


「一緒」


「相手は」


「一緒」


 姉は短く返信した。


《そのまま避難所にいて》


「こっち来ない?」


「来させない」


「何で」


「子ども見てる人までこっちに呼んでどうするの」


「……それもそう」


「家族の方は任せる」


 姉は送信して端末を置いた。


「続ける」


 養父が古い図の一点を叩いた。


「ここが変だ」


「どこ」


「第零号の復帰対象。昔は一本だ」


 友人が現在の設備図を重ねて見る。


「今は三本」


「何で」


「住むために分けた」


 主人公が身を乗り出した。


「俺知ってる」


「何を」


「真ん中通れない」


「図では通る」


「図じゃなくて、通れない」


「何がある」


「壁」


「いつの」


「知らん。俺が小さい頃から」


「もっと前だ」


 養父が言った。


 姉が現在図を指で滑らせる。


「地上側は?」


「この辺」


 表示されたのは商店街だった。


 主人公が顔を上げる。


「え」


「何」


「その上、店?」


「いっぱい」


「昔は?」


「搬入口だった」


 養父が答えた。


「今は設備三分岐」


 友人が言う。


「地下は壁」


 主人公。


「地上は商店街」


 姉。


「第零号は搬入口として扱ってる」


 研究者。


 全員が同じ場所を見た。


「馬鹿じゃん」


「二回目」


 研究者が言う。


「だって馬鹿じゃん」


「機械に怒っても」


 姉が言いかける。


「俺も昔これだった」


 主人公が先に言った。


 姉が主人公を見る。


「何」


「何でもない」


 主人公は四つの地図へ目を戻した。


 昔なら、一番古いものが本物だと思ったかもしれない。


 今は違う。


「これ」


 主人公が指を置く。


「違うのが使えるんじゃない?」


「何が」


「一枚に合ってないとこ」


 友人が止まった。


「第零号が知らない変更」


「人が後から変えた場所」


 養父が続ける。


「今の街にしかない接続」


 姉も言った。


 研究者が四つを見比べる。


「……ある」


「何」


「旧戦略図から予測できない経路」


「止められる?」


 友人が聞く。


「まだ」


 主人公は立ち上がった。


「じゃあ探す」


「何を」


「合ってないとこ」


「多すぎる」


 姉が言う。


「いいじゃん」


「何が」


「多い方が」


 主人公は古い地図を見た。


「こいつの知らない街が多い」


 姉が少し笑った。


「そうだね」


「笑ってる場合か」


 養父が言う。


「笑ってない」


「笑った」


「続けるよ」


 姉が線を引いた。


 古いものは消さない。


 今を足す。


 養父が昔を言う。


 友人が今の設備を言う。


 主人公が歩いた道を言う。


 姉が今の街を言う。


 四つは、一枚にはならなかった。


 同じ場所なのに、違っている。


 違っているから、第零号には見えないものがある。


 主人公は自分の手書き地図へ、新しい線を一本足した。


 それは昔からあった線ではない。


 誰かが暮らすために作り、誰かが直し、誰かが使い続けた道だった。


 第零号が一枚しか知らないなら、四つの違いは間違いではない。


 今まで人が、ここで暮らした跡だった。

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