第74話 そうだよ
食堂だった場所には、もう入れなかった。
主人公は閉じた壁の前に立った。
「腹減った」
「知るか」
養父は床へ荷物を置いた。
「飯」
「作る場所がない」
「昨日、また作るって言った」
「昨日言ったから今日できると思うな」
「じゃあ何食う」
養父が袋から乾いたパンを出した。
「これ?」
「嫌なら食うな」
主人公は取った。
「食う」
そこへ友人が来た。
「俺のは」
「ない」
「何で」
「遅い」
主人公は笑った。
「それ俺が言うやつ」
「半分」
「嫌」
「昨日半分にした」
「今日は違う」
「二人で勝手にしろ」
養父が背を向ける。
主人公はパンを割った。
友人へ小さい方を渡す。
「小さい」
「気のせい」
友人が何か言い返そうとした時、低い音が響いた。
二人とも止まった。
「またか」
養父が振り返る。
友人の端末が鳴った。
画面を見た顔から、冗談が消える。
「増えた」
「何が」
「復帰対象」
「地下?」
「外」
「外?」
友人が地図を出した。
地下から伸びた線が、地上のいくつもの古い設備へつながっている。
「昨日までここだけだった」
「今は?」
「旧系統がつながってる場所」
養父が覗き込む。
「どこまで」
「まだ分からん」
主人公が最初に探したのは、自分の家でも食堂でもなかった。
「姉ちゃんの家」
「知らん」
主人公は端末を取った。
「行く」
「待て」
養父が止める。
「何」
「今出るな。何が動くか分からん」
「だから行く」
「地上が気になるか」
別の声がした。
主人公は振り向いた。
強硬な男が立っている。
また、と思った。
「姉ちゃんいるから」
「前も聞いた」
「じゃあ聞くな」
男は閉ざされた食堂を見る。
「こうなった」
「見れば分かる」
「昔のものが戻ってる」
「うん」
「俺たちのものが」
主人公は男を見る。
「何」
「地上もだ」
男が友人の地図を指した。
「昔の街。昔の設備。昔の土地」
「戻る?」
「俺たちに」
主人公は少し黙った。
「勝手に動いてるのに?」
「使える」
「何に」
「奪われたものを戻す」
「誰から」
「今いる連中からだ」
主人公は、以前訪ねた古い自分の家を思い出した。
今は別の家族が住んでいた。
主人公は呼び鈴を押さなかった。
「そこに住んでる」
「だから何だ」
「家だろ」
「元は俺たちの家だ」
主人公は背後の閉じた壁を見た。
「俺の家も」
男が眉を寄せる。
「何が言いたい」
「こいつには転用だって」
主人公は壁を指した。
「俺らが住んでても、元の使い方じゃないから戻すって」
「それと地上は違う」
「何が」
「地上は奪われた」
「ここも今、奪われてる」
「機械にだ」
「住んでるやつから見たら同じだよ」
男の顔が固くなった。
主人公はパンをかじった。
硬い。
「まずい」
「返せ」
養父が手を出す。
「食う」
男が言った。
「地上へ行って変わった」
主人公の顎が止まった。
前にも聞いた。
同じ声で、同じ言葉を。
あの時はすぐに答えた。
変わってねえ。
今は、パンを噛んだ。
飲み込んだ。
「……そうだよ」
男が止まった。
養父も、友人も主人公を見る。
「変わった」
「なら」
「でも」
主人公は閉じた食堂を指した。
「ここが家なのは変わってない」
「地上の肩を持つのに?」
「姉ちゃんの家も地上にある」
「二つあると言うのか」
「知らん」
「何だそれは」
「知らんけど」
主人公は男を見る。
「ここを取り返すために、中に誰か住んでたら」
男は黙った。
「俺、そいつどかすの嫌だ」
「ここは地下だ」
「地上でも同じだろ」
「違う」
「何が」
「地上は奪われた」
「だから、今住んでるやつから奪い返すの?」
「元に戻す」
「それ、こいつも言ってる」
主人公は閉じた食堂を軽く叩いた。
鈍い音がした。
「原用途って」
男は答えなかった。
主人公は歩き出した。
「行く」
「話は終わってない」
「姉ちゃんの家が先」
「待て」
今度は養父だった。
「今度は何」
水の入った袋が飛んできた。
主人公は慌てて受ける。
「水」
「……ありがと」
「帰ってこい」
「うん」
友人も立ち上がった。
「俺も行く」
「何で」
「設備見る」
「俺、姉ちゃん見に行く」
「道同じ」
二人は大扉へ走った。
途中の表示が赤く変わっている。
《原用途復帰》
その下に、新しい文字が増えた。
《対象拡張》
「まずい」
「何が」
友人が端末を見せた。
地上の地図に点が増えている。
一つ。
二つ。
三つ。
「これ全部?」
「旧系統候補」
「候補?」
「まだ動いてないのもある」
「じゃあ止める」
「どうやって」
「知らん」
「お前そればっか」
「お前もだろ」
大扉が開いた。
地上の空が見える。
主人公は一瞬だけ止まった。
まだ広い。
まだ怖い。
でも、走った。
端末が鳴る。
姉からだった。
《家は大丈夫》
《こっちは停電が出てる》
《道路の一部が閉鎖》
主人公は息を吐いた。
「無事」
「よかったな」
「うん」
次の通知が重なった。
《旧都市管理系統で異常》
《一部設備が現行制御を拒否》
友人が足を止めた。
「始まった」
「何が」
友人は答えなかった。
遠くで信号が一つ消えた。
代わりに、その下の古い表示器へ光が入る。
見たことのない文字が浮かんだ。
《奪還区分》
主人公は読んだ。
「誰からだよ」
答えはない。
昔の戦争は、もう終わっている。
昔の敵も、同じ形では残っていない。
それでも古い街は、今の街を知らないまま動き始めた。
奪還する相手が誰なのかも知らずに。




