第73話 原用途復帰
音で目が覚めた。
主人公は暗闇の中で目を開いた。
「……何」
床が揺れた。
一度。
間を置いて、もう一度。
揺れが止まると、天井の灯りが点いた。
赤かった。
「何これ」
廊下から声が飛んだ。
「起きろ!」
主人公が部屋を出ると、養父が走ってくる。
「靴!」
「履いてる」
「上着!」
「何で」
「いいから!」
また音がした。
昨日、L-04の奥で聞いた低い音。
あの時は壁の向こうだった。
今は近い。
「親父」
「走れ」
食堂には人が集まっていた。
友人が壁の保守盤を開け、両手を突っ込んでいる。
「何」
「勝手に戻ってる」
「何が」
「系統」
「昨日切ったじゃん」
「切った!」
「じゃあ何で」
「別から来てる!」
養父が横から盤を覗く。
「生活側は」
「まだ生きてる」
「まだ?」
その言葉と同時に、天井で金属が鳴った。
化粧板が一枚落ちる。
「離れろ!」
人が机から離れた。
壁に一本の線が走った。
「割れてる」
「違う」
友人が立ち上がる。
壁の一部が奥へ沈んだ。
長方形の輪郭が浮かぶ。
昨日まで壁だった場所に、継ぎ目が現れた。
「……扉?」
「たぶん」
「何で壁に」
「埋めたんだろ!」
「誰が」
「住んだやつ!」
古い扉が開いた。
向こうは暗い。
人が住むための部屋ではない。太い構造材と古い設備が、食堂の壁の裏に押し込められていた。
「閉めろ!」
養父が叫ぶ。
「無理!」
友人が盤を操作する。
表示が切り替わった。
《民生転用解除》
「何それ」
主人公の背後から足音がした。
昨日の研究者が駆け込んでくる。
「触るな!」
「触ってない!」
友人が手を離す。
研究者は表示を見た。
顔色が変わる。
「原用途復帰」
「これ?」
「始まってる」
「止めろ」
「方法を探す」
「今!」
「今探してる!」
別の音がした。
食堂の床の一部がゆっくり下がり始めた。
「うわ!」
机が傾く。
皿が滑って落ち、割れた。
鍋が縁へ寄る。
「火!」
養父が走る。
近くにいた人が熱源を止めた。
主人公は机を押さえる。
「何で食堂!」
研究者は端末と床を見比べた。
「ここが元から食堂じゃないから!」
養父が振り向いた。
「ここには人が住んでる!」
声が食堂に響いた。
研究者の手が一瞬止まる。
「分かってる!」
「機械は分かってねえ!」
床がさらに動いた。
「机引け!」
何人かで机を安全な側へ引く。
奥から子どもの泣き声がした。
「子ども!」
主人公は走った。
居住室の扉が開かない。
「中!」
「いる!」
返事がする。
主人公が取っ手を引く。
びくともしない。
「どけ!」
友人が工具を持ってきた。
枠と扉の間へ差し込み、隙間を作る。
「引け!」
二人で引いた。
金属が鳴り、扉が開く。
子どもと大人が出てきた。
「怪我は」
「ない!」
「行け!」
食堂へ戻ると、赤い表示が増えていた。
《区画再接続》
《民生転用解除》
《原用途復帰待機》
「待機?」
主人公が読む。
「まだ全部は戻ってない」
研究者が言った。
「全部って何」
「分からない」
「また!」
「今分かってるのはこれだけだ」
研究者が端末に地下の地図を出した。
いくつもの線が赤く変わっている。
「旧設備の部分だけが反応してる」
「ここ全部じゃない?」
「違う」
研究者が地図を指でなぞった。
「後から掘った居住区画。補修で足した配管。新しい壁。独立した貯蔵室」
「そこは?」
「動いてない」
主人公は周囲を見た。
地下全部が一つの機械だったわけではない。
人が足した場所がある。
壊れたものを直した場所がある。
塞いだ場所がある。
住むために作り替えた場所がある。
そこだけは、古い命令を聞いていなかった。
「生活系切る?」
友人が養父へ聞く。
「駄目だ」
「でも引っ張られてる」
「水は」
「今は出る」
「熱」
「一部止まった」
「医療」
「予備へ切り替えた」
養父は地図を見た。
「人を先に移す」
「どこ」
「新しい区画」
「狭い」
「生きてりゃ文句言える」
人が動き始めた。
布団。
薬。
水。
食料。
子どもと老人から先に、新しい区画へ移す。
主人公も自分の部屋へ戻った。
壁は動いていない。
ただ、部屋の隅にある古い柱だけが赤い光を返していた。
「お前の部屋、半分新しいから」
後ろから友人が言った。
「半分?」
「増築」
「知らなかった」
「住んでるやつは普通知らん」
主人公は机を持ち上げた。
「これも?」
「それはただの机」
「よかった」
二人で運ぶ。
廊下へ出た時、また壁が開いた。
中に古い文字が見える。
《第零系統》
《復帰対象》
主人公は机を抱えたまま立ち止まった。
「俺らの家」
「うん」
「こいつには違うんだ」
友人は答えなかった。
食堂から机が運び出されていく。
人が移る。
鍋が冷めている。
最後まで残っていた養父が棚を見ていた。
「親父!」
「行け!」
「お前も!」
養父は皿と食料と鍋を見回し、食料の袋を一つ掴んだ。
「分かってる!」
走ってくる。
直後、食堂の床がさらに下がった。
壁が閉じ始める。
人が食事をするために作り替えた空間が、古い形へ戻っていく。
主人公は向こう側から見ていた。
「食堂」
養父が息を切らして隣へ来る。
「また作る」
「どこに」
「住むとこに」
低い音は続いていた。
地下は壊れているだけではなかった。
戻っている。
昔へ。
けれど、そこに昔の人間は住んでいない。
今、住んでいる人間がいる。
機械にとっては転用。
主人公たちにとっては家。
同じ場所に、二つの用途が重なっていた。
そして古い方だけが、自分を「原用途」と呼んでいた。




