↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/95

第73話 原用途復帰


 音で目が覚めた。


 主人公は暗闇の中で目を開いた。


「……何」


 床が揺れた。


 一度。


 間を置いて、もう一度。


 揺れが止まると、天井の灯りが点いた。


 赤かった。


「何これ」


 廊下から声が飛んだ。


「起きろ!」


 主人公が部屋を出ると、養父が走ってくる。


「靴!」


「履いてる」


「上着!」


「何で」


「いいから!」


 また音がした。


 昨日、L-04の奥で聞いた低い音。


 あの時は壁の向こうだった。


 今は近い。


「親父」


「走れ」


 食堂には人が集まっていた。


 友人が壁の保守盤を開け、両手を突っ込んでいる。


「何」


「勝手に戻ってる」


「何が」


「系統」


「昨日切ったじゃん」


「切った!」


「じゃあ何で」


「別から来てる!」


 養父が横から盤を覗く。


「生活側は」


「まだ生きてる」


「まだ?」


 その言葉と同時に、天井で金属が鳴った。


 化粧板が一枚落ちる。


「離れろ!」


 人が机から離れた。


 壁に一本の線が走った。


「割れてる」


「違う」


 友人が立ち上がる。


 壁の一部が奥へ沈んだ。


 長方形の輪郭が浮かぶ。


 昨日まで壁だった場所に、継ぎ目が現れた。


「……扉?」


「たぶん」


「何で壁に」


「埋めたんだろ!」


「誰が」


「住んだやつ!」


 古い扉が開いた。


 向こうは暗い。


 人が住むための部屋ではない。太い構造材と古い設備が、食堂の壁の裏に押し込められていた。


「閉めろ!」


 養父が叫ぶ。


「無理!」


 友人が盤を操作する。


 表示が切り替わった。


《民生転用解除》


「何それ」


 主人公の背後から足音がした。


 昨日の研究者が駆け込んでくる。


「触るな!」


「触ってない!」


 友人が手を離す。


 研究者は表示を見た。


 顔色が変わる。


「原用途復帰」


「これ?」


「始まってる」


「止めろ」


「方法を探す」


「今!」


「今探してる!」


 別の音がした。


 食堂の床の一部がゆっくり下がり始めた。


「うわ!」


 机が傾く。


 皿が滑って落ち、割れた。


 鍋が縁へ寄る。


「火!」


 養父が走る。


 近くにいた人が熱源を止めた。


 主人公は机を押さえる。


「何で食堂!」


 研究者は端末と床を見比べた。


「ここが元から食堂じゃないから!」


 養父が振り向いた。


「ここには人が住んでる!」


 声が食堂に響いた。


 研究者の手が一瞬止まる。


「分かってる!」


「機械は分かってねえ!」


 床がさらに動いた。


「机引け!」


 何人かで机を安全な側へ引く。


 奥から子どもの泣き声がした。


「子ども!」


 主人公は走った。


 居住室の扉が開かない。


「中!」


「いる!」


 返事がする。


 主人公が取っ手を引く。


 びくともしない。


「どけ!」


 友人が工具を持ってきた。


 枠と扉の間へ差し込み、隙間を作る。


「引け!」


 二人で引いた。


 金属が鳴り、扉が開く。


 子どもと大人が出てきた。


「怪我は」


「ない!」


「行け!」


 食堂へ戻ると、赤い表示が増えていた。


《区画再接続》

《民生転用解除》

《原用途復帰待機》


「待機?」


 主人公が読む。


「まだ全部は戻ってない」


 研究者が言った。


「全部って何」


「分からない」


「また!」


「今分かってるのはこれだけだ」


 研究者が端末に地下の地図を出した。


 いくつもの線が赤く変わっている。


「旧設備の部分だけが反応してる」


「ここ全部じゃない?」


「違う」


 研究者が地図を指でなぞった。


「後から掘った居住区画。補修で足した配管。新しい壁。独立した貯蔵室」


「そこは?」


「動いてない」


 主人公は周囲を見た。


 地下全部が一つの機械だったわけではない。


 人が足した場所がある。


 壊れたものを直した場所がある。


 塞いだ場所がある。


 住むために作り替えた場所がある。


 そこだけは、古い命令を聞いていなかった。


「生活系切る?」


 友人が養父へ聞く。


「駄目だ」


「でも引っ張られてる」


「水は」


「今は出る」


「熱」


「一部止まった」


「医療」


「予備へ切り替えた」


 養父は地図を見た。


「人を先に移す」


「どこ」


「新しい区画」


「狭い」


「生きてりゃ文句言える」


 人が動き始めた。


 布団。


 薬。


 水。


 食料。


 子どもと老人から先に、新しい区画へ移す。


 主人公も自分の部屋へ戻った。


 壁は動いていない。


 ただ、部屋の隅にある古い柱だけが赤い光を返していた。


「お前の部屋、半分新しいから」


 後ろから友人が言った。


「半分?」


「増築」


「知らなかった」


「住んでるやつは普通知らん」


 主人公は机を持ち上げた。


「これも?」


「それはただの机」


「よかった」


 二人で運ぶ。


 廊下へ出た時、また壁が開いた。


 中に古い文字が見える。


《第零系統》

《復帰対象》


 主人公は机を抱えたまま立ち止まった。


「俺らの家」


「うん」


「こいつには違うんだ」


 友人は答えなかった。


 食堂から机が運び出されていく。


 人が移る。


 鍋が冷めている。


 最後まで残っていた養父が棚を見ていた。


「親父!」


「行け!」


「お前も!」


 養父は皿と食料と鍋を見回し、食料の袋を一つ掴んだ。


「分かってる!」


 走ってくる。


 直後、食堂の床がさらに下がった。


 壁が閉じ始める。


 人が食事をするために作り替えた空間が、古い形へ戻っていく。


 主人公は向こう側から見ていた。


「食堂」


 養父が息を切らして隣へ来る。


「また作る」


「どこに」


「住むとこに」


 低い音は続いていた。


 地下は壊れているだけではなかった。


 戻っている。


 昔へ。


 けれど、そこに昔の人間は住んでいない。


 今、住んでいる人間がいる。


 機械にとっては転用。


 主人公たちにとっては家。


 同じ場所に、二つの用途が重なっていた。


 そして古い方だけが、自分を「原用途」と呼んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。