↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/95

第70話 晩飯


「遅い」


 食堂へ入るなり、養父が言った。


「何が」


「お前が」


「何で」


「飯」


 机には皿が一つ置かれていた。


 スープからまだ湯気が立っている。


「食べていい?」


「何のために置いた」


「俺の?」


「嫌なら俺が食う」


「食う」


 主人公はすぐ座った。


 スプーンを入れ、一口すすった。


「熱っ」


「見れば分かる」


「湯気で?」


「湯気で」


 主人公はスープを吹いた。


 養父が向かいへ座る。


「親父」


「飯」


「まだ何も言ってない」


「食ってから言え」


「それ便利だな」


「便利だ」


 主人公は芋を口へ入れた。


「これ」


「芋」


「知ってる」


「なら聞くな」


「前の?」


「何の前」


「歩けるようになった人」


「ああ。違う」


「違うの」


「市場の」


「そっか」


 噛む。


 少し濃い。


「しょっぱい」


「水飲め」


「減らせよ」


「嫌だ」


 主人公は水を飲んだ。


 隣の机では、椅子を巡って揉めている。


「それ俺の椅子」


「名前書いてない」


「毎日そこ」


「今日は俺」


「じゃあ明日返せよ」


「覚えてたら」


 別の椅子が引かれる。


 皿が置かれる。


 夕食の時間になって、人が少しずつ増えてきた。


「パンまだ?」


 奥から声が飛ぶ。


「ない」


「何で」


「焼いてる」


「じゃああるじゃん」


「まだパンじゃない」


 何人かが笑った。


 主人公も口元を緩めかけた。


 その瞬間、昨日の病院が浮かんだ。


 空いた椅子。


 机の上の飴。


 今日、姉と見た地図。


 外から聞こえた怒鳴り声。


「食え」


 養父が言った。


「食ってる」


「止まってる」


 主人公はスプーンを動かした。


 友人が食堂へ入ってきた。


「空いてる?」


「そこ」


 主人公の横へ座る。


「棚」


「飯中」


「お前から言っただろ」


「埋まった?」


「まだ」


「そっか」


 養父が顔を上げる。


「何の棚」


「弁」


「来てないのか」


「確認中」


「明日、古い予備見る」


「使える?」


「見ないと分からん」


「親父」


「飯」


「やっぱ便利だな」


 焼き上がったパンが運ばれてきた。


 一つしかない。


「足りない」


「切れ」


 友人が半分に切った。


 微妙に大きさが違う。


「大きい方俺」


「切ったやつが取るな」


「普通、切ったやつが最後に選ぶんじゃないの」


「地下にそんな法律ない」


 主人公が大きい方を取った。


「お前!」


「遅い」


 友人は小さい方を口へ入れた。


「最悪」


「うまい?」


「うまい」


 また周りが笑った。


 主人公も笑った。


 笑ってから、止まった。


 昨日、人が死んだ。


 今日、その人の名前を知った。


 その次の日でもない。


 まだ、ほとんど同じ日の続きみたいなのに。


 自分は笑った。


「どうした」


 養父が聞く。


「別に」


「なら食え」


「親父」


「何だ」


「昨日、人死んだ」


「聞いた」


「俺、今笑った」


「そうか」


「いいの」


「何が」


「笑って」


 養父は主人公を見た。


「俺に聞くな」


「じゃあ誰に」


「知らん」


「役に立たない」


「飯は作った」


「それは役に立つ」


「ならいい」


 主人公はパンを食べた。


 友人は何も言わなかった。


 三人とも、しばらく黙って食べた。


 食堂の端で、子どもが何かをこぼした。


「あー!」


「動くな!」


「動いてない!」


「手!」


「どこ!」


「お前の!」


 近くの大人が布を持ってきて、机を拭く。


 子どもは叱られながら、また食べ始めた。


 主人公はそれを見た。


 死んだ人の仕事は残っていた。


 病院では、別の人がそれを引き継いでいた。


 ここには、腹を減らした人がいる。


 同じことではない。


 比べるものでもない。


 ただ、死んだ人がいても腹は減る。


「おかわり」


 主人公が言った。


「ある」


「くれ」


「自分で来い」


「持ってきて」


「嫌だ」


「親父」


「自分で来い」


 主人公は立ち、鍋のところまで行った。


 底に少しだけ残っている。


「これだけ?」


「遅いからだ」


 全部、自分の皿へ入れた。


「お前!」


 後ろで友人が叫んだ。


「何」


「俺も欲しかった」


「遅い」


「さっきからそればっか!」


 友人が皿を取りにくる。


 主人公は身体ごと守った。


「やめろ!」


「半分!」


「嫌!」


「こぼすな!」


 養父の声で二人とも止まった。


 鍋がぐらりと揺れる。


 こぼれなかった。


「……半分」


 主人公が言った。


「最初からそうしろ」


 二人で分けた。


 食べ終わる頃には、食堂の人数も減っていた。


 皿が流しへ積まれていく。


「洗え」


 養父が言った。


「何で俺」


「食ったから」


「みんな食った」


「今日はお前」


「何その法律」


「今できた」


 主人公は流しへ立った。


 友人が横から皿を置く。


「これも」


「自分で洗え」


「今日はお前」


「親父!」


「聞こえん」


 主人公は蛇口をひねった。


 水が出る。


 一枚洗う。


 二枚。


 三枚。


 昨日も水は出た。


 今日も出る。


 明日、予備の弁が来るかは分からない。


 研究がどうなるかも、地上がどうなるかも分からない。


 それでも皿は汚れた。


 主人公は洗った。


 最後の一枚を伏せる。


 晩飯は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。