第69話 ほら見ろ
朝、端末が鳴った。
《外に出るな》
姉からだった。
主人公は寝台の上で眉を寄せる。
《何で》
すぐ返事が来た。
《今は出ないで》
《何で》
二度目には少し間があった。
《昨日のことが広がってる》
主人公はニュースを開いた。
昨日の保守区画が映っている。
《旧人類の地下拠点で開発された可能性》
《当局は関係者を調査》
《地下居住者全体との関連は確認されていません》
次の画面には別の言葉が流れていた。
《人殺し》
《地下を閉じろ》
《旧人類を隔離しろ》
指を滑らせる。
《全員が関係者ではない》
《集団への報復をやめろ》
《保護対象者への嫌がらせが確認されています》
主人公は画面を閉じた。
また端末が鳴る。
《出ないで》
《姉ちゃんは》
《外》
「は?」
主人公はそのまま電話をかけた。
『何』
「外出るなって言ったのお前だろ!」
『あなたは今、地下の当事者として顔が知られてる可能性あるでしょ』
「姉ちゃんは」
『私は別件』
「何」
向こうで紙をめくる音と、人の声がする。
『保護の手伝い』
「何で」
『人が足りないから』
「警察?」
『警察だけじゃない。支援団体と、自治体と、病院と、近所の人』
「何してる」
『住所の確認。移動が必要な人の一覧。薬が必要な人。子どもがいる家』
「旧人類?」
『そう』
「姉ちゃん、共生人じゃん」
『知ってる』
「何で」
『弟が旧人類だから、ではないよ』
「じゃあ」
『今、必要だから』
主人公は返す言葉をなくした。
『切るね』
「待って」
『何』
「危なくない?」
『危ないからやってる』
「そうじゃなくて」
『分かってる』
通話が切れた。
地下も朝からざわついていた。
通路へ出ると、昨日の研究側にいた強硬な男が近づいてくる。
「見たか」
「見た」
「ほら見ろ」
主人公は顔を上げた。
「何が」
「一人死んだらこれだ」
「死んだだろ」
「否定してない」
「俺らがやった」
「俺ら?」
主人公の口が止まった。
「お前、昨日止めようとしてた」
「でも地下の研究」
「地下にいる全員が決めたか?」
「違う」
「なら地上の連中と同じ言い方するな」
「でも」
「ほら見ろ」
男は端末を突き出した。
《旧人類を出すな》
「これが地上だ」
「違う」
「何が」
主人公も自分の端末を開いた。
《集団への報復をやめろ》
男は一瞥した。
「それも地上だ」
「じゃあ」
「両方だ」
主人公は黙った。
「だから信用できん」
「両方なのに?」
「両方だからだ。助けるやつがいる。止めるやつがいる。殴るやつもいる。どれが来るか分からん」
「地下も同じじゃん」
男が主人公を見る。
「昨日、使ったやつ。止めた俺。知らなかった親父」
「……」
「同じじゃん」
「だから何だ」
「分かんない」
男が少し笑った。
「分からんなら黙ってろ」
「嫌」
主人公は男の横を抜けた。
地上へつながる連絡区画まで来ると、警察がいた。
「止まって」
主人公は止まる。
「地上へ?」
「姉ちゃんのとこ」
「今は推奨しない」
「禁止?」
「禁止ではない」
「じゃあ行く」
「待って」
警察官が端末を確認する。
「移動先を確認する。あなたへの危害予告が出ている」
「俺に?」
「地下関係者として映像が出回っている」
「俺、使ってない」
「知ってる」
即答だった。
「知ってる?」
「昨日の現場記録がある」
「じゃあ何で」
「相手が知っているとは限らない」
主人公は黙った。
「その子、こっち」
別の声がした。
以前会った女が歩いてくる。
無理やり移行させられ、それでも今の身体を自分のものだと言った人だった。
「久しぶり」
「何でいるの」
「仕事」
「何の」
「権利屋」
「何それ」
「今決めた」
女は紙を渡した。
《一時保護先》
《連絡経路》
《移動時注意》
「旧人類用?」
「今は」
「共生人なのに?」
「それ、今日二回目」
「一回目誰」
「知らない人」
女は主人公の持つ紙を指で叩いた。
「昨日やった人間を調べるのと、旧人類を殴るのは別」
「うん」
「そこ混ぜるやつがいる」
「うん」
「だから分ける」
昨日まで、主人公も同じようなことをしていた。
医療。
生活。
研究。
混ぜれば、全部が止まる。
「姉ちゃんも」
「いるよ」
「どこ」
「記録の方」
案内された部屋には、机が何列も並んでいた。
端末、紙、地図。
その真ん中に姉がいる。
「来るなって言った!」
「来た」
「馬鹿」
「お前に言われたくない」
姉は手を止めない。
「何してる」
「住所の照合」
「何で姉ちゃんが分かる」
「今の住所は今の記録にあるから」
「昔の地下の場所は?」
「分からない」
「俺分かる」
姉が初めて顔を上げた。
「全部?」
「住んでるとこなら」
「じゃあ、ここ」
地図が主人公の前へ滑ってくる。
主人公はすぐ首を振った。
「違う」
「何が」
「入口、こっち」
指を置く。
姉が位置を直した。
「ここは?」
「もう使ってない」
「いつから」
「三年前くらい」
姉が入力する。
「俺もやる」
「帰れって言おうと思ってた」
「何で」
「危ないから」
「姉ちゃんもいる」
「私は」
「同じ」
姉は主人公を見た。
少しして、隣の椅子を引いた。
「……じゃあ座って」
主人公は座った。
外から怒鳴る声が聞こえた。
別の声がそれを止める。
警察官が通る。
市民が水を運んでいる。
「旧人類なんか」
遠くで誰かが叫ぶ。
「全員一緒にするな」
別の誰かが返した。
主人公は手を止めた。
地下で男が言った。
ほら見ろ。
同じ街を見ている。
男は、殴ろうとする人を見た。
主人公の姉は、逃がそうとする人の住所を見ている。
警察は危害予告を見ていた。
あの女は、混ぜるなと言った。
どれも、今ここで起きている。
「そこ、古い?」
姉の声で主人公は地図へ戻った。
「古い」
「じゃあ消す?」
主人公は少し考えた。
「残して。旧って書いて」
「分かった」
古い道は消さない。
今の道を足す。
一つの地図に、両方が残った。
二人はその作業を続けた。




