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第66話 空の棚


「ない」


 主人公は棚の奥まで手を入れた。


「ないな」


 隣で友人が言う。


「ここ?」


「そこ」


「空」


「見れば分かる」


 一段まるごと、何もない。


「何があった」


「予備」


「何の」


「浄水の弁」


「ないと?」


「今すぐ止まるわけじゃない」


「じゃあいいじゃん」


「壊れたら困る」


「いつ来る」


「分からん」


「何で」


「確認待ち」


 主人公は顔をしかめた。


「また?」


「また」


 友人が紙を差し出す。


《用途確認》

《転用可能性照会》

《供給元再確認》


「弁だろ」


「弁」


「武器になる?」


「俺に聞くな」


「なら通せよ」


「俺に言うな」


 主人公は空の棚をもう一度見た。


 昨日、境界で見た線は紙の上にあった。


 今日は、その線が棚を空にしている。


 医務区画へ行く。


「ない」


「ある」


 医務担当が即座に返した。


「どこ」


「ここ」


 小箱が三つ並んでいた。


「少ない」


「前は六」


「半分」


「数えられるようになったな」


「何」


「前に数えろって言われてたろ」


「誰に」


「知らん」


 主人公は箱を覗く。


「何の薬」


「薬じゃない」


「じゃあ」


「検査用」


「なくなる?」


「節約すれば少し持つ」


「節約って」


「急がない検査を後ろへ回す」


「患者困る?」


「すぐ死ぬ話じゃない」


「じゃあ」


「だから困らない、ではない」


 担当は箱を一つ棚へ戻した。


「早く見つければ楽に済むものを、少し遅く見るかもしれない」


 主人公は黙った。


「昨日の支援者が止めた?」


「違う」


「でも昨日」


「あの人から来るものだけじゃない」


「じゃあ誰」


「供給元。仲介。確認する側。いろいろ」


「何で」


「地下向けの荷が何に使われるか、確認し直してる」


「全部?」


「全部じゃない」


「でもこれは止まった」


「そう」


「報復?」


「勝手に話を簡単にするな」


 医務担当の声が低くなった。


「向こうにも規則がある。前提が変われば確認も増える」


「前は来てた」


「前と同じ前提じゃなくなった」


「緊急薬は?」


「来てる」


「昨日の電源」


「もう使ってる」


「子ども」


「吸入できた」


 主人公は少しだけ肩の力を抜いた。


「じゃあ」


「必要なもの全部が、緊急扱いできるわけじゃない」


 担当は隣の空いた場所を指した。


「これも必要だ」


「でも今日なくても死なない」


「そういうものから遅れる」


 医務区画を出た。


 洗濯場では水が出ていた。


 食堂では湯気が上がっていた。


 照明も点いている。


 暮らせる。


 けれど、友人の棚は空だった。


 医務の棚は半分になっていた。


 暮らせない、ではない。


 少しずつ困る。


 その日のうちに、主人公はまた境界へ行った。


「昨日の弁」


 荷を確認していた支援者が顔を上げる。


「私の便じゃない」


「知ってる」


「じゃあ」


「何かできる?」


「供給元は?」


「照会中」


「理由は出した?」


「浄水の予備」


「それだけ?」


「それだけって」


「交換周期。現用品の状態。代替できるか」


「知らない」


「なら持ってきて」


「面倒」


「昨日も聞いた」


「でも必要」


「そう」


 主人公は唇を尖らせた。


「検査のやつも」


「品番」


「知らない」


「持ってきて」


「全部俺?」


「頼みに来たの誰」


「俺」


「じゃあ」


 地下へ戻った。


「状態」


 友人が振り返る。


「何」


「今の弁」


「まだ使える」


「どれくらい」


「分からん」


「分からんじゃ駄目だって」


「お前が言う?」


 二人で設備記録を引っ張り出した。


 古い交換日を探し、現物を見て、代用品が使えるか確認する。


「これ、いつ書いた」


「知らん」


「字がお前」


「じゃあ俺」


「雑」


「うるさい」


 次は医務区画だった。


「品番」


「これ」


「残数」


「三」


「一日何個」


「日による」


「それ書いて」


 医務担当が主人公を見た。


「お前、何になった」


「知らない」


「昨日まで箱運んでただろ」


「今日も運ぶ」


「増えたな」


「何が」


「仕事」


「いらない」


「もうやってる」


 紙だけは増えた。


 夕方、もう一度境界へ戻る。


「浄水弁」


 支援者が紙を見る。


「うん」


「生活インフラで再照会」


「通る?」


「まだ」


「まだかよ」


「検査用品」


「うん」


「医療用途で優先照会」


「来る?」


「確約はしない」


 主人公は受け渡し台へ肘をついた。


「前なら、もっと早かった?」


「かもね」


「研究したから?」


「研究だけじゃない」


「何」


「用途が見えない荷がある。経路が複数ある。確認を嫌がる人もいる。噂も出る」


「噂」


「地下が何か作ってるって」


「作ってない」


「何も?」


 主人公は止まった。


「……研究はしてる」


「だから、外からは分けて見えないことがある」


「じゃあどうする」


「分けて見えるようにする」


「何を」


「医療。生活。研究」


「線」


「そう」


 昨日より、意味が分かった。


 線を引けば、止まるものがある。


 でも、線がなければ、通せるものまで一緒に疑われる。


 地下へ戻ると、友人はまだ空の棚の前にいた。


「来た?」


「まだ」


「そっか」


「でも」


「何」


「生活用って分ける」


「今さら?」


「今さら」


 主人公は紙を一枚取り、棚の端へ当てた。


《生活用》


「曲がってる」


「読める」


「曲がってる」


「お前が貼れ」


 友人が剥がして貼り直す。


「まだ曲がってる」


「うるさい」


 棚はまだ空だった。


 明日埋まる保証もない。


 けれど今日、何のための棚なのかは、昨日より外から見えるようになった。

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