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第65話 ここまで


「少ない」


 境界の受け渡し台に置かれた箱を開けて、主人公は言った。


「数えた?」


 向かい側にいた支援者が聞く。


「見れば分かる」


「数えてから言って」


 主人公は箱を一つずつ指で数えた。


「……少ない」


「でしょ」


 いつもの荷だった。


 薬、包帯、消毒用品、保存食。それから小さな部品箱がいくつか。


 ただ、以前なら並んでいたはずの箱がない。


「これだけ?」


「今日の便は」


「前もっとあった」


「うん」


「何で」


 支援者は一枚の紙を出した。


「これ」


 品目の一覧だった。


 上の方には丸がついている。


《医薬品》

《衛生用品》

《乳幼児用》

《基礎食料》


 その下には、別の印があった。


《高容量蓄電部品》

《特殊通信部品》

《精密制御部品》

《研究設備転用可能品》


「何これ」


「今後の基準」


「前も送ってた」


「前は用途を確認して送ってた」


「今は?」


「確認を厳しくする」


 主人公は紙から顔を上げた。


「研究のせい?」


「そう」


 返事は速かった。


「誰から聞いた」


「聞く経路くらいある」


「姉ちゃん?」


「違う」


「じゃあ」


「そこは答えない」


「信用してない?」


「誰を」


「地下」


「最初から全部は信用してない」


「俺ら」


「だから支援しない、にはならない」


 支援者は薬箱を指した。


「これは送る」


「うん」


「これは止めない」


「何で」


「必要だから」


「研究してるのに?」


「研究してる人と、薬が必要な人は同じ人?」


「違う」


「じゃあ」


 支援者は隣にあった別の箱を閉じた。


「こっちは止める」


「何」


「用途が曖昧な機材」


「医務でも使うかも」


「かも、では通さない」


「必要になったら」


「用途を出して」


「急ぎなら」


「医療の緊急なら別枠」


「面倒」


「面倒にした」


「誰が」


「そっち」


 主人公はむっとした。


「俺じゃない」


「知ってる」


「親父でもない」


「それも、たぶん」


「じゃあ」


「だから地下全体を切ってない」


 主人公は口を閉じた。


「でも、誰がやったか分からないから、用途不明のものを今まで通りにはできない」


「それ地下全体じゃん」


「影響は全体に出る」


「同じじゃん」


「同じじゃない」


「研究してるやつだけ止めろよ」


「どの部品がどこへ回るか、私には全部見えない」


「俺らだって全部見えない」


「だから境界で止める」


「それで医務が困ったら」


「医薬品は送る」


「機械壊れたら」


「医療機器なら申請して」


「水」


「生活インフラなら用途確認」


「通信」


「用途次第」


「何でも用途じゃん」


「そう」


 主人公は紙をもう一度見た。


「前はもっと」


「前もそうだった」


「嘘」


「緩く運用してただけ」


 主人公は思い出す。


 銃は送らない。


 弾薬も、爆発物も送らない。


 薬は送る。


 食料も送る。


 最初から、線はあった。


「線、動かした?」


「少し」


「ずるい」


「何が」


「前から同じみたいに言う」


「同じじゃない」


 支援者は紙の境目を指でなぞった。


「太くした」


「太く」


「見落とさないように」


 荷を地下側へ移す。


 主人公も一箱抱えた。


「重」


「薬」


「こんなに?」


「足りない?」


「いや」


 箱の重さが腕へ沈む。


「切るなら」


 主人公は箱を抱え直した。


「これも切れるじゃん」


「切れる」


「じゃあ何で」


「切りたくないから」


 主人公は支援者を見る。


「私は、地下が武装するなら何でも手伝うって約束はしてない」


「うん」


「地下が武装を考えたら、病人まで見捨てるとも言ってない」


「うん」


「両方」


「面倒」


「そう」


「俺も最近そればっか」


「何が」


「両方」


 支援者が少し笑った。


「慣れないよ」


「慣れてそう」


「慣れたふり」


 奥から一人が急いでやってきた。


「急ぎ」


 紙が支援者へ渡される。


「医療?」


「うん」


「患者」


「子ども」


 支援者は止めていた箱の一つを見た。中には小型の電源部品が入っている。


「用途」


「吸入器の予備電源」


「確認できる?」


「医務担当に連絡」


 端末で短いやり取りが交わされた。


 支援者が箱を持ち上げる。


「通す」


「止めてたやつじゃん」


「医療用途が確認できた」


「基準」


「守ってる」


 箱が境界を越えた。


 主人公はそれを受け取る。


「それ」


「何」


「研究に回ったら」


「回さないで」


「俺に言う?」


「今持ってるから」


 主人公は腕の中の箱を見る。


 第64話で、決める側に入ると言った。


 その言葉が、急に軽くなくなった。


「分かった」


 主人公は答えた。


 地下側へ戻る。


 薬が通る。


 食料が通る。


 衛生用品も通る。


 用途の分からない機材は、向こう側に残った。


 主人公は一度振り返った。


 線は、壁ではなかった。


 通すものを選ぶために引かれている。


 だから、何も通さないという意味ではない。


 だからこそ。


「ここまで」


 主人公は小さく言った。


 前より太くなった線の位置を、今度は自分も見ていた。

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