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第63話 使わなければ


 主人公は端末に残った写真を、閉じてはまた開いた。


 机の横の箱。その上に置いた、用途のない金属の塊。


 姉へ送った写真だ。


 下には返事が残っている。


《次はもっと変なの作るそうです》


「何してる」


 入口から養父の声がした。


「別に」


「飯」


「今行く」


「三回目」


「今行くって」


 端末を持ったまま立ち上がる。


 食卓では、養父が汁を椀によそっていた。


「親父」


「何だ」


「研究」


「飯の時にする話か」


「前もした」


「だから嫌なんだ」


 主人公は座った。


「聞いた」


「何を」


「逆向き」


 養父の手が、ほんの少し止まった。


「どこまで」


「机の上」


「なら同じだ」


「知ってた?」


「可能性は」


 主人公は箸を持ったが、まだ食べなかった。


「姉ちゃんに効く?」


 養父が椀を置く。


「まだ何もできてない」


「できたら」


「また仮定か」


「答えて」


 養父は向かいへ座った。


「今分かってる範囲なら」


「うん」


「姉だけ除外できる根拠はない」


 箸が止まる。


「子どもは」


「同じだ」


「生まれた時からの共生人でも?」


「むしろ、今の資料で例外だと言う方が嘘になる」


「じゃあ駄目じゃん」


「何が」


「研究」


「何で」


「姉ちゃんに効く」


「まだ効くものはない」


「できたら効くかもしれない」


「そうだ」


「じゃあ」


「だから、使わなければいい」


 主人公は養父を見た。


「それ」


「何だ」


「変じゃない?」


「どこが」


「使わないもの作るの」


 養父は食卓の端に置いてある包丁を見た。


「包丁は」


「飯の話?」


「包丁は人を刺せる」


「刺すなよ」


「刺さん」


「なら何」


「持ってる」


「料理するからだろ」


「そうだ」


「研究は何に使う」


「抑止」


「使わないのに?」


「使わないために持つ、という考え方はある」


 主人公は包丁を見る。


 野菜を切ったあとで、刃には水滴が残っている。


「でも」


「何だ」


「使えるから抑止になるんだろ」


 養父は黙った。


「そうだ」


「じゃあ使うかもしれないじゃん」


「可能性はゼロじゃない」


「親父」


「ゼロだと言ったら嘘だ」


 主人公は箸を置いた。


「姉ちゃんがいる」


「知ってる」


「あの子も」


「知ってる」


「それでも?」


 養父はすぐには答えなかった。


「お前が姉を見つける前から」


 ゆっくり言う。


「ここには人がいた」


「何」


「俺が守りたい人間が」


 主人公は黙る。


「お前もここにいた」


「うん」


「子どもの頃から」


「うん」


「地上から誰か来るたび、次は何が起きるか分からなかった」


「今は違う」


「今はな」


 養父は主人公の椀を指した。


「冷めるぞ」


「話終わってない」


「食いながら話せ」


 主人公は一口だけ食べた。


「だから?」


「何も知らないまま、何も持たないままが安全だとは、俺は思えん」


「姉ちゃんより?」


「比べるな」


「でも」


「比べるな」


 声が強かった。


 主人公は口を閉じた。


 養父も少し黙る。


「お前の姉を殺したいわけじゃない」


「分かってる」


「子どもも」


「分かってる」


「なら」


「でも効くかもしれない」


「そうだ」


 二人の間で、飯が少しずつ冷めていく。


「持つのと使うのは違う」


 養父が言った。


「でも、持ってなかったら使えない」


「そうだ」


「持ったら使える」


「そうだ」


「じゃあ違うけど」


 主人公は少し考えた。


「離れてない」


 養父が主人公を見る。


「それもそうだ」


「認めるの」


「何を」


「もっと怒るかと思った」


「お前が間違ってるところだけ怒る」


「今は?」


「面倒なところを突いてる」


「同じじゃない?」


「違う」


 主人公は少し笑った。


 それから、もう一度箸を動かす。


「誰が使うって決める」


「決まってない」


「決めとけよ」


「何もないうちに?」


「できてからだと遅くない?」


 養父の箸が止まった。


「……それは」


「何」


「考える」


 主人公は養父を見る。


「親父も変わる?」


「うるさい」


「昨日、俺に変わったって」


「俺は言ってない」


「でも親父も変わる?」


「飯食え」


「逃げた」


「食え」


 主人公は笑いながら、冷めかけた汁を飲んだ。


 夜、部屋へ戻る。


 机の横には、あの金属の塊がある。


 何に使うの。


 姉の子にそう聞いたことを思い出す。


 何に使う。


 使わなければいい。


 でも、使わないと決めるのは誰なのか。


 端末が光った。


 姉からだった。


《明日、子どもの帰りが早いけど、来る?》


 主人公はすぐ打った。


《行く》


 送る。


 少し考えてから、もう一つ打つ。


《聞きたいことある》


 指が送信の上で止まった。


 持っていること。


 使うこと。


 違う。


 でも、その間には誰かの判断がある。


 主人公は送信を押した。


 使わなければいい。


 その言葉だけで安心するつもりは、もうなかった。


 誰かが決めるなら。


 その「誰か」の外に、自分だけ立っているつもりもなかった。

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