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第61話 逆向き


「芋」


 医務区画へ入るなり、主人公は言った。


「何」


 医務担当が端末から顔を上げる。


「昨日の」


「患者なら元気」


「芋は」


「知らん」


「そこ大事」


「何しに来た」


「経過」


「本人より気にするな」


「気になる」


 医務担当は端末を一度見た。


「良好」


「本当に?」


「昨日より数値もいい」


 主人公の口元が少し緩んだ。


「じゃあ成功」


「現時点では」


「またそれ」


「医療だからな」


 奥から声がした。


「これ、誰が出した」


 知らない男が、何枚かの紙を持って立っていた。


 医務担当の顔が変わる。


「何だ、それ」


 男は紙を机へ置いた。


 図と線と数字がびっしり並んでいる。主人公にはほとんど読めない。


「何」


「お前は帰れ」


「何で」


「医務の話じゃない」


「じゃあ何」


 紙を持ってきた男が主人公を見る。


「研究」


「俺が持ってきたやつ?」


「元は」


「元は?」


「おい」


 医務担当が男を睨んだ。


「隠しても後で聞くだろ」


「だからって」


「何があった」


 主人公が割り込む。


 男は少し考えてから、紙を裏返した。


「治療に使った考え方がある」


「うん」


「身体が安定を取り戻す条件を探した」


「うん」


「そのためには、何が崩れているかも調べる」


「うん」


「分かる?」


「分からん」


 男は紙の端を指で押さえた。


「戻す場所を知るには、どこから外れたかを見る」


「うん」


「そうすると、何が外れれば不安定になるかも、ある程度は見えてくる」


 主人公は一度瞬いた。


「……逆?」


「そう」


「理屈の話だ」


 医務担当が念を押す。


「できるの」


「何が」


「逆」


「言い方が雑すぎる」


 研究の男が紙を自分側へ引いた。


「安定させる条件が一つ分かれば、その条件を欠いたときにどうなるか、という問いは作れる」


「欠かせる?」


「それは別」


「できない?」


「今の資料だけでは、そういう話じゃない」


「じゃあ何で調べる」


 男は少し黙った。


「依頼があった」


「誰から」


「地下側」


「誰」


「研究窓口」


「答えてない」


「俺も全員は知らない」


 医務担当が腕を組む。


「医療の解析とは分けろと言った」


「分けてる」


「同じ資料だろ」


「資料が同じなのと、研究が同じなのは別だ」


「何のため」


 主人公が聞いた。


 研究の男は今度は迷わなかった。


「抑止研究」


 昨日聞いた言葉が戻ってくる。


 抑止。


「もう作ってる?」


「何を」


「共生人を」


 主人公は一度言葉を止めた。


「壊すやつ」


 研究の男が眉を寄せる。


「作ってない」


「本当?」


「少なくとも俺の担当では、条件分析だけだ」


「条件?」


「どんな状態なら安定するか」


「逆は」


「どんな状態で安定性が落ちる可能性があるか」


「それ、同じじゃない?」


「問いとしては近い」


「危なくない?」


「危ない」


 即答だった。


 主人公の方が言葉に詰まる。


「危ないのにやる?」


「危ないから範囲を決めてる」


「どこまで」


「机上。既存記録。シミュレーション」


「人には?」


「やらない」


「共生人にも?」


「やらない」


「動物」


「やらない」


「培養」


「今はやらない」


「今は?」


「言葉」


 医務担当の声が低くなる。


「悪い」


 研究の男は言い直した。


「承認されていない」


「誰が承認する」


「そこは俺の権限外」


「またそれ」


 主人公は机の紙を見る。


「これ」


「何」


「昨日の人を治したのと」


「同じ基礎資料だ」


「じゃあ、治すためのやつが」


「治すために分かったことから」


 研究の男が言う。


「別の問いも作れる」


「そんなの、最初から分かってた?」


「可能性としては」


「医務も?」


 主人公が振り向く。


 医務担当は目を逸らさなかった。


「知識は使い方が一つとは限らん」


「じゃあ昨日」


「昨日の治療は治療だ」


 声が強くなる。


「そこを混ぜるな」


「でも」


「昨日、あの人が歩けたのは本当だ」


「うん」


「今日も状態がいいのも本当だ」


「うん」


「それが後から嘘になるわけじゃない」


 主人公は黙った。


 昨日の芋。


 今日の紙。


 同じ根から出ている。


 片方を見なかったことにはできない。


 けれど、片方が生まれたからといって、もう片方まで偽物になるわけでもない。


「止める?」


 主人公が研究の男へ聞く。


「俺が?」


「研究」


「俺一人では決められない」


「やりたい?」


 男はすぐには答えなかった。


「知りたい」


「何を」


「本当に成立するのか」


「それ、やりたいってこと?」


「違う」


「分からん」


「俺も線を引きながらやってる」


 医務担当が机を指で叩いた。


「だから分けた」


「医療と?」


「医療で必要な情報まで止めたくない」


「でも同じ資料」


「そうだ」


「面倒」


「今さらか」


 廊下から声がした。


「今日は測らんのか」


 昨日の男が入口に立っている。


「測る。待て」


「腹減った」


「知らん」


「芋残ってる」


 主人公がそちらを見る。


「まだあるの」


「でかかったからな」


 男は笑って椅子へ座った。


 研究の男は紙をまとめ、そのまま医務区画を出ていく。


 主人公はその背中を見た。


 それから、椅子に座った男を見る。


 同じ知識が、この男を歩かせた。


 同じ知識を、逆向きに読む人がいる。


 どちらも、まだ消えていない。


「今日も配給所行く?」


「今日は行かん」


「何で」


「芋がある」


「そっか」


 昨日の成果は、今日も続いていた。


 逆向きの問いが生まれても、それは消えなかった。

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