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第56話 L-04


 灯りが一度、消えた。


 暗闇は一秒も続かなかった。


 白い光が戻り、換気の低い唸りもそのまま続いている。


 主人公は天井を見上げた。


「今の何」


「瞬断」


 作業台にいた友人が顔を上げる。


「何で」


「知らん」


「直せる?」


「原因見てから」


 帰り支度をしていた姉が腕時計を見る。


「帰る前でよかった?」


「よくない」


「そっち?」


「扉止まったら困る」


「それは困る」


 友人は壁際の配電盤へ行き、留め具を外した。


「触るなよ」


「触らない」


「昨日の子にも言った?」


「言った」


「自分も守れ」


「俺は大人」


「余計守れ」


 主人公は一歩下がった。


「これでいい?」


「珍しく」


「一言多い」


 盤の内側には古い表示器と、何度も貼り替えられた系統ラベルが並んでいた。


 友人が数値を追う。


「……変だな」


「何」


「落ちたの、こっちじゃない」


「こっちって」


「生活系」


「じゃあ?」


「別」


「別って何」


「別は別」


「説明下手」


「今見てる」


 友人は盤の脇から保守記録を引き抜いた。


 古い紙に、新しい書き込みが何層も重なっている。


 主人公は横から覗こうとして、肩を押し戻された。


「近い」


「見えない」


「見なくていい」


「俺の家だぞ」


「感電したら家どころじゃない」


「姉ちゃん」


「友達が正しい」


「早い」


 姉は盤へ近づかず、少し離れたところから見た。


「昨日言ってたやつかな」


「何」


「容量。ここ、思ったより大きいって」


「これ?」


「分からない。私は電気、詳しくないよ」


「でも変だと思った?」


「線が太かったから」


「太いと何」


「たくさん通せる」


「水道みたい」


「だいたい」


 友人が顔を上げる。


「だいぶ雑」


「分かればいいの」


「俺は分かった」


「お前は今初めて知っただろ」


 友人は再び表示へ目を戻した。


「生活側は今、そんなに使ってない」


「じゃあ何で消えた」


「一瞬、別系統が引いた」


「何を」


「電気」


「どれくらい」


「……そこそこ」


「そこそこ」


「お前に単位言っても」


「分かる」


「昨日、容量って言葉で止まってただろ」


「分からない」


「素直だな」


「で、どこに行ってるの?」


 姉が聞いた。


 友人の指が系統図を辿る。


 途中で、古い文字の上に止まった。


《L-04》


 主人公が読む。


「える、ぜろよん」


「読めるな」


「馬鹿にしてる?」


「ちょっと」


「何それ」


「区画名か、設備名か。これだけじゃ分からん」


「知らないの」


「俺の担当じゃない」


「地下なのに」


「地下の全部を俺が直してると思うな」


「じゃあどこ」


「地図見る」


 友人は棚から折り畳まれた設備図を出した。


 三人で床ではなく作業台へ広げる。


「ここが今いるところ」


「うん」


「線がこっち」


「うん」


「ここから」


 友人の指が止まった。


「消えてる」


「何で」


「この図には先がない」


「じゃあ別の図」


「あるかも」


「探す?」


 友人が主人公を見る。


「何のために」


「瞬断した」


「原因は調べる」


「L-04」


「行先がそう書いてあるだけ」


「何かある」


「そりゃ何かはあるだろ」


「何」


「知らん」


 主人公は図を睨んだ。


「気にならない?」


「なる」


「じゃあ」


「でも先に生活系」


「何で」


「水止まったら困る」


「L-04より?」


「今は」


「何かすごいものかも」


「水の方がすごい」


 姉が笑った。


「それはそう」


「姉ちゃんまで」


「飲めないと死ぬよ」


「そういうすごい?」


「どういうすごいを期待してたの」


「分かんないけど」


 友人はもう盤へ戻っていた。


 ポンプ。


 正常。


 換気。


 正常。


 扉は予備系へ切り替わった記録だけが残り、現在は正常。


 医務区画も異常なし。


 照明も安定している。


 主人公は確認が終わるまで、何度もL-04と書かれた線へ視線を戻した。


「終わり?」


「生活側は」


「じゃあL-04」


「記録だけ見る」


「行かないの」


「場所分からん」


「探す」


「お前、帰る時間」


 主人公は姉を見る。


 姉は時計を示した。


「条件」


「分かってる」


「破ったら?」


「次、地上に行けない」


「分かってるならいい」


 主人公は口を尖らせたが、通路へ走り出しはしなかった。


 友人と一緒に記録棚を探す。


「L」


「うん」


「L-01」


「ある」


「02」


「ある」


「03」


「ある」


「04」


 ない。


「抜けてる」


「そうだな」


「怪しい」


「古い記録なんて抜ける」


「でも」


「怪しいのと、分かるのは別」


 主人公は黙った。


 少し前なら、分からない空白へ自分で答えを入れていたかもしれない。


 地上の罠。


 地下の秘密。


 誰かが隠したもの。


 けれど今、分かっているのは記録が一つないことだけだった。


「あ」


 友人が別の保守簿を開いた。


「何」


「これ」


 小さな文字が二行だけ残っている。


《L-04 系統維持》

《用途欄 空白》


「空白」


「うん」


「何で」


「知らん」


「ずっと?」


 友人が日付を確かめる。


「少なくとも、これ書いた時には」


「最近?」


「最近じゃない」


「今も電気行ってる」


「みたいだな」


 姉も記録を覗く。


「止められないの?」


「勝手には」


「何で」


「用途分からないものを止める方が怖い」


「なるほど」


 主人公が言う。


「止めたら何か出てくる?」


「そういう発想やめろ」


「冗談」


「半分本気だったろ」


「三割」


「高い」


 主人公は笑った。


 けれど、もう一度記録を見る。


《L-04》


 四文字だけ。


 用途は空白。


 線の先も地図にはない。


 それでも、電気だけは今もそこへ流れている。


 大扉へ向かう途中、姉が聞いた。


「気になる?」


「すごく」


「探す?」


「うん」


「勝手に?」


 主人公は少し考える。


「……担当に聞く」


「成長した」


「うるさい」


「褒めたのに」


「その言い方が嫌」


 大扉が開いた。


 地上の光が細く地下へ差し込む。


 姉は向こう側へ戻り、主人公は閉じていく扉を見届けてから引き返した。


 途中、また天井を見る。


 灯りは普通に点いている。


 水も流れている。


 換気も鳴っている。


 地下の暮らしは、何事もなかったように続いていた。


 その暮らしの下を、見えない線が一本、どこかへ伸びている。


 何のためか。


 誰が使っているのか。


 主人公はまだ知らない。


 分かったのは、名前だけだった。


 L-04。

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