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第54話 何に使うの?


 次の日、姉はまた来た。


 今度は一人ではない。


「こんにちは」


「……こんにちは」


「何その間」


 姉に言われて、主人公は子どもを見る。


「心の準備」


「昨日会ったでしょ」


「地上で」


「同じ子だよ」


「知ってる」


 子どもが主人公を見上げた。


「おじさん?」


「違う」


「叔父さん」


「それも」


「それは合ってる」


 姉が横から言う。


「やめて」


「何を?」


「急に家族の名前を増やすの」


「昨日から叔父だよ」


「昨日より前からでしょ」


「知らなかったから数えない」


「何その制度」


 大扉の前まで来ると、子どもはすぐ上を見た。


「でっか」


「触るな」


「触ってない」


「触ろうとした」


「まだ」


「まだって言った」


「先回りしすぎ」


 姉が笑う。


「この子、あなたに似てるかも」


「似てない」


 二人の声が重なった。


「そこ」


「違う」


 また重なった。


 地下へ入った直後だけ、子どもは静かだった。


 低い天井を見て、配管を見て、知らない人が通るたび姉のそばへ寄る。


「怖い?」


 主人公が聞く。


「ちょっと」


「帰る?」


「まだ」


 姉が主人公を見る。


 昨日、自分が最初に地下へ入ったときと同じだった。


 主人公も気づく。


「ゆっくり行く」


「うん」


 けれど三番線へ着く頃には、もう静かではなかった。


「これ何」


「配管」


「何の」


「水」


「こっち」


「知らない」


「これは」


「知らない」


「知らないばっか」


「全部知ってるわけないだろ」


「住んでるのに?」


「姉ちゃんと同じこと言うな」


「お母さんも言ったの?」


「昨日」


「じゃあ二票」


「何の投票だよ」


 作業台には友人がいた。


「来た」


 主人公が言う。


「何が」


「姉ちゃんの子」


「言い方」


 姉がすぐ訂正する。


「こんにちは」


「こんにちは」


 友人が返すと、子どもの視線はもう作業台へ移っていた。


「何してるの」


「直してる」


「何を」


「これ」


「何これ」


「壊れたやつ」


「何の」


「……送風」


「ふうん」


 興味が消えた。


「早いな」


 友人が苦笑する。


 その直後、子どもは作業台の端にある廃材を見つけた。


 小さな金属片。輪。曲がった板。


「これ使っていい?」


「どれ」


「これとこれ」


 友人が手を止め、指されたものを一つずつ見る。


「それはいい」


「これは」


「駄目」


「何で」


「使う」


「何に」


「まだ決まってないけど使う」


「私もまだ決まってない」


 友人が一瞬黙る。


「強いな」


「負けるな」


「何と戦ってるんだよ」


 姉が子どもの横へ来る。


「勝手に持って帰らないよ」


「持って帰らない」


「切るのは?」


「俺がやります」


 友人が答える。


「穴は?」


「俺が」


「曲げるのは?」


「それは一緒に」


「何作るの」


 主人公が聞く。


「まだ決めてない」


「決めてから作るだろ」


「何で」


「何でって」


 子どもは本当に分からない顔をしている。


 友人が金属片を並べた。


「ここつける?」


「うん」


「何で」


「つけたい」


「いい理由」


「それ理由?」


「工作では強い」


 主人公には納得できない。


「何になるの」


「知らない」


 二人から同時に返ってきた。


「車?」


「違う」


「動物?」


「違う」


「じゃあ何」


「まだ」


「役に立つ?」


 子どもが逆に聞く。


「何に?」


「だから、それを俺が聞いてる」


「私も聞いてる」


「何に使うの?」


「それ、こっちの台詞」


 友人が笑った。


「用途から離れろ」


「無理」


「お前、道具しか作らないもんな」


「道具は使うものだろ」


「今日は使わないもの」


「何で作る」


「作りたいから」


「無駄」


 子どもがすぐ返す。


「無駄でいいじゃん」


「材料もったいない」


「廃材」


 友人。


「時間」


「休憩」


「場所」


「端」


「……」


 子どもが主人公を見る。


「負けた」


「負けてない」


「全部返されたよ」


「勝負じゃない」


 しばらく、三人は作業台を囲んだ。


 金属をこする小さな音。


 友人が切り、穴を開ける。子どもが板を押さえ、許されたところだけ曲げる。


 主人公は最初、見ているだけだった。


「そこ持って」


 友人に言われる。


「俺も?」


「手が足りない」


「用途ないのに?」


「用途なくても手は要る」


「変なの」


 そう言いながら押さえる。


 少し離れたところで、姉が三人を見ていた。


「止めなくていいの」


 主人公が聞く。


「何を」


「危なくない?」


「危ないところは友達がやってる」


「友達」


「たぶん」


 作業台の向こうから声が飛んだ。


「聞こえてるぞ」


「事故」


「便利だな、その言葉」


 子どもの指が黒くなっていた。


「汚れた」


「水」


「あとで」


「今」


「何で」


「顔触るだろ」


「触らない」


 直後、頬を触った。


「あ」


「ほら」


 黒い筋が一本ついた。


 姉が吹き出す。


「そこ、あなたより子どもの扱い上手かも」


「俺、子ども扱ったことない」


「今やってる」


「これは汚れ対策」


「はいはい」


 洗って戻ってくると、最後の輪を留めた。


「できた」


 子どもが持ち上げる。


 金属片と輪と棒と板。


 何かの形には見える。


 でも、何なのかは分からない。


「何これ」


「できたやつ」


「名前」


「ない」


「用途」


「ない」


「完成?」


「完成」


「判定基準どこ」


 友人が答えた。


「本人」


「ずるい」


 子どもが完成品を主人公へ差し出した。


「いる?」


「いらない」


「即答」


「何に使うんだよ」


「飾る」


「用途できたじゃん」


「じゃああげる」


「いらない」


「さっきより使えるよ」


「そういう問題じゃ」


「もらえば」


 姉まで加わる。


「姉ちゃんまで」


 結局、受け取った。


 重くない。


 きれいでもない。


 何かの形にも、やっぱり見えない。


「どこ置くの」


「……部屋」


「箱の上」


「何で箱知ってる」


「お母さんに聞いた」


「姉ちゃん」


「秘密とは言われてない」


「家族こわい」


 子どもは満足そうに頷いた。


「次来たとき見るから」


「次?」


「来ちゃ駄目?」


 主人公は姉を見る。


 姉は何も言わなかった。


 主人公が答えるのを待っている。


「条件守るなら」


「守る」


「触る前に聞く」


「聞く」


「勝手に曲がらない」


「曲がるって何」


「道」


「分かった」


「走らない」


「それは」


「守れ」


「努力する」


「守れ」


 子どもは笑って、今度は友人を見る。


「次もっと変なの作ろ」


「いいよ」


「約束するな」


「俺の休憩だ」


 主人公は手の中の、用途のない物体を見る。


 姉の子。


 共生人。


 生来共生人。


 次の人類。


 そういう言葉なら、いくつも知っている。


 けれど今日、目の前にいたのは、廃材を勝手に選び、頬を汚し、役に立たないものを作り、もう次に来る気でいる子どもだった。


「おじさん」


「叔父」


「認めた」


「うるさい」


「それ、捨てないでね」


 主人公は手の中を見る。


「分かった」


「絶対」


「分かったって」


 何に使うのか。


 最後まで分からなかった。


 主人公はそれを、自分の部屋へ持って帰った。

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