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第52話 守るため


「重い」


 主人公が言うと、箱の反対側を持っていた友人が眉を寄せた。


「栄養剤」


「知ってる」


「じゃあ言うな」


「重いものは重い」


「落とすなよ」


「そっちこそ」


 二人で倉庫まで運ぶ。


 姉は三番線の休憩場所に残してきた。地下は思ったより疲れる、と言っていた。


「姉ちゃんは?」


「休んでる」


「やっぱ疲れた?」


「ちょっと」


「まあ初日だしな」


 箱を床へ下ろす。


 主人公が腰を伸ばしている横で、友人はすぐ封を確認した。


「それ、地上から?」


「うん」


「また来たか」


「知ってた?」


「何を」


「地上から物が来てるの」


「知ってる」


「何で俺だけ知らないの」


「お前、部品の箱に何て書いてあるか見ないじゃん」


「見る」


「番号しか」


「番号大事だろ」


「製造元も見ろ」


「昨日から見るようになった」


「十八年目で?」


「うるさい」


 友人は笑って箱を開けた。


 中身の数を確認していく。


「昨日の人」


「支援者?」


「武器は送らないって」


「知ってる」


「嫌じゃない?」


「別に」


 主人公は意外で手を止めた。


「そうなの?」


「送らないって決めるのは向こうだろ」


「でも」


 友人は栄養剤を棚へ移しながら言った。


「俺は要ると思う」


「何が?」


「守れるもの」


「武器?」


「武器でも」


 主人公の手が止まる。


「地上、取り返す?」


「何でそうなる」


「武器って言ったから」


「守るのにも使うだろ」


「誰から」


「来たやつから」


「誰が来るの」


「知らない」


「じゃあ」


「知らないから」


 友人は空いた箱を畳んだ。


 主人公には、その言葉が少し引っかかった。


「お前さ」


「何」


「大扉の向こう、好きになった?」


「何でそうなる」


「姉ちゃんいたから」


「好きとかじゃない」


「じゃあ嫌い?」


 主人公は答えようとして、止まった。


「……分かんない」


「そう」


「お前は?」


「俺も分かんない」


 友人は近くに置いてあった工具を手に取り、布で汚れを拭いた。


「でも俺は、ここ好き」


 工具の柄で壁を軽く叩く。


 硬い音が返った。


「俺も」


「ここ壊されたら嫌」


「うん」


「だから、壊しに来たやつが止まる理由は欲しい」


「扉」


「扉を破るやつなら?」


「警備」


「警備より強かったら?」


 主人公は黙った。


「来たら勝つ、じゃなくてさ」


 友人は工具を置く。


「来る前に、やめとこうって思わせるやつ」


「抑止?」


「難しい言葉知ってる」


「訓練で聞いた」


「そう。それ」


「誰に対して?」


「誰でも」


「共生人?」


「共生人でも」


「旧人類でも?」


「ここ壊しに来るなら同じ」


 主人公は友人を見る。


「地上を取り返したくないの?」


「別に」


「別に?」


「俺、地上ほとんど知らないし」


「昔、人間の場所だった」


「昔だろ」


「でも」


「お前は行ったから、思うことあるんだろ」


 友人は主人公を見る。


「俺はここで育った」


「俺も」


「うん」


「だから……」


「だから?」


 主人公は続けられなかった。


 以前なら、地図を思い浮かべればよかった。


 人類の場所。奪われた場所。いつか戻す場所。


 一本の線でつながっていた。


 けれど今は、その地図の上に姉の家がある。


 子どもの靴がある。公園がある。店がある。


 地下へ薬を送っていた女も、そこで暮らしている。


「取り返すって」


 主人公は言った。


「誰から?」


「俺に聞くなよ」


「前なら分かった」


「今は?」


「分かんない」


 友人はあっさり頷いた。


「じゃあ、分かるまで言わなきゃいい」


「そんなのでいいの?」


「分かんないのに分かったふりするよりいいだろ」


 主人公は返事をしなかった。


「お前は?」


「何」


「武器あったら使う?」


「ここに誰か来たら?」


「姉ちゃんだったら」


「来たじゃん」


「攻めてきたら」


「姉ちゃんが?」


「例えば」


「何でそんな例にするんだよ」


「答えて」


 友人は眉を寄せた。


「お前の姉ちゃんだから撃たない、は変だろ」


 主人公の息が一瞬止まった。


「じゃあ撃つ?」


「違う」


「何が」


「攻めてきた人を止めたいんだよ。殺したいんじゃない」


「同じ?」


「何と」


「止めるのと、殺すの」


「違うだろ」


「武器なら」


「使い方次第」


「失敗したら」


「するかも」


「間違えたら」


「あるかも」


 友人は今度こそ工具を置いた。


「だから怖いよ」


「怖いのに欲しい?」


「怖くないやつに持たせたくない」


 少し間を置いて続ける。


「何もない方が怖い」


 主人公は倉庫の入口を見る。


 低い天井。太い配管。積まれた箱。


 この奥には、自分の狭い部屋もある。


「何の話?」


 声がして、二人とも振り向いた。


 姉が通路からこちらを覗いている。


「何でもない」


 二人の声が重なった。


「絶対何か」


「守る話」


 友人が言う。


「言うの?」


「隠す話でもないだろ」


 姉が近づいてくる。


「何を守るの?」


 友人は少し考えた。


 それから指で周囲を示した。


 配管。灯り。積まれた箱。通路の向こうから聞こえる人の声。


「これ」


 もう一度、少し広く指す。


「ここ」


「地上を攻めるためじゃなく?」


「俺は違う」


「他の人は?」


「知らない」


「そう」


「だから、俺の話だけ聞いて」


 姉は頷いた。


「うん」


 主人公はその言葉を覚えた。


 俺の話だけ。


 地下も一つの声ではない。


 昨日会った支援者が地上全体ではなかったように、友人も地下全体ではない。


「でも」


 姉が言う。


「守るものが強すぎたら、誰かを脅すものにもなるよ」


「なると思う」


 友人は否定しなかった。


「だから難しい」


「それでも欲しい?」


「うん」


「私は怖い」


「俺も」


 姉が少し意外そうな顔をした。


「怖いんだ」


「そりゃ」


「怖いなら、やめるってならない?」


「ならない」


「何で」


「怖いから、ちゃんと決めたい」


 姉はそれ以上押さなかった。


 友人も姉を説得しようとはしなかった。


 主人公にも答えは出ない。


 三人は同じところには立っていなかった。


 それでも、友人が守りたいと言ったものを、主人公は知っている。


 水の流れる音。


 工具の触れ合う音。


 低い天井。


 飯の匂い。


 自分の狭い部屋。


 養父。友人。ここで暮らす人たち。


 昨日までは、武器と聞けば、その先に地上があった。


 奪い返すためのものだと思っていた。


 今、友人の指は逆を向いている。


 外ではなく、足元へ。


 奪い返すためではなく。


 奪われないため。


 似ているようで、主人公には前より少し違って聞こえた。

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