第51話 送っていた人
「帰る前に、寄るぞ」
養父が言った。
「どこ?」
「受け取り」
「何の」
「昨日から気にしてただろ」
主人公は一瞬考えた。
「薬?」
「薬もある」
隣にいた姉が顔を上げる。
「私も行っていいですか」
「外までなら」
「外?」
「受け渡し場所は中じゃない」
三人で大扉の方へ向かった。
ただし、いつもの通路を最後までは行かない。
大扉の少し手前で養父が脇へ曲がり、壁と同じ色をした扉を開けた。
「こんなのあった?」
「ある」
「知らなかった」
「知らなくていい場所はある」
「またそれ」
「昨日、理由も聞いただろ」
「聞いたけど」
中は小さな区画だった。
床には何もない。壁際に台車が二つ。外側にも扉があり、その前だけ床材が擦れている。
養父が紙を一枚確認した。
「今日は薬、衛生用品、乾燥食、部品」
「地上から?」
「そうだ」
「誰が持ってくるの」
「今日は本人」
「本人?」
主人公が聞き返したところで、外側から短い認証音がした。
扉が開く。
向こうに女が立っていた。
主人公よりずっと年上だった。地上で何人も見たような服を着ている。特別な制服でも、地下の印でもない。
足元に箱がいくつも積まれていた。
主人公は女を見た。
「共生人?」
「人間だ」
養父が横から言う。
「旧人類?」
「本人の前で分類から入るな」
「ごめん」
姉が小声で言った。
「あなたも人のこと言えないね」
「今のは確認」
「同じ」
「違う」
女が二人を見て、養父へ視線を戻した。
「数量」
「合ってる」
「冷蔵は別便」
「聞いてる」
「期限は紙に」
「分かった」
やり取りが短い。
挨拶より先に確認が進む。何度も繰り返してきた手順らしかった。
主人公は一番近い箱を見る。
昨日、医務区画で見た製造元の名前があった。
「これ」
「何?」
女が答える。
「送ってたの?」
「そう」
「ずっと?」
「ずっとではない」
「いつから?」
「あなたが知る必要ある?」
「俺、ここ住んでる」
「だから?」
主人公は止まった。
後ろで姉が少し笑う。
「姉ちゃん」
「何も言ってない」
女は主人公を見直した。
「子どもの頃からいる?」
「うん」
「じゃあ、あなたも何か使ってるかもね」
「薬?」
「薬。包帯。浄水部品。栄養剤。いろいろ」
「何で?」
「必要だったから」
「俺たちに?」
「人に」
主人公は女の顔を見る。
冗談を言っている様子はない。
「でも、地上で暮らしてるんだろ」
「暮らしてる」
「普通に?」
「普通って何?」
「仕事して」
「してる」
「家も?」
「ある」
「共生人と一緒に?」
「働く。近所にもいる」
「嫌じゃない?」
女はすぐには答えなかった。
「嫌な相手はいる」
「共生人が?」
「旧人類にもいる」
「そうじゃなくて」
「種で答えてほしい?」
「……たぶん」
「答えない」
主人公は眉を寄せる。
「何で」
「私が嫌いな人間を、種族でまとめる必要がないから」
姉が女を見る。
「地下を支持してるんですか」
「何を支持する話?」
「旧人類だけで暮らすこと」
「暮らしたい人が暮らす権利なら」
「地上を取り戻すことは?」
「それは別」
答えは早かった。
「別?」
主人公が聞く。
女は足元の箱を指した。
「薬を送ることと、誰かを殺す道具を送ることは別」
「俺たちが殺すって?」
「言ってない」
「じゃあ」
「言ってないから分けるの。何に使うか分からないものまで、善意って名前で渡さない」
養父が台車へ箱を載せながら言った。
「こいつは武器は送らん」
「一度も?」
「一度も」
女が続ける。
「部品も用途を見る」
「全部?」
「全部は無理。でも分かる範囲で」
「何でそこまで」
「人道支援を軍事支援に変えたくないから」
主人公は台車の箱を見る。
薬。食料。小さな部品。
同じ扉を通るのに、通していいものと、通したくないものがあるらしい。
「もし地下が襲われたら?」
「逃げるためのものなら考える」
「戦うためは?」
「内容による」
「曖昧」
「現実は曖昧」
「じゃあ銃」
「送らない」
「弾」
「送らない」
「爆薬」
「送らない」
「薬」
「送る」
「食べ物」
「送る」
「発電機」
「用途を見る」
「通信機」
「用途を見る」
「細かい」
「境界だから」
女は面倒そうにも、誇らしそうにも言わなかった。
ただ、自分で決めた線を確認している声だった。
姉が聞く。
「地下の人から、嫌われません?」
「嫌われるよ」
「嫌ってない」
養父が言った。
「あなたはね」
「誰が嫌ってる」
「言わない」
「何で」
「次から受け取りが面倒になる」
主人公は二人を見る。
「普通に喧嘩してる」
姉が笑った。
「普通に関係あるんだね」
主人公は、その言葉で少し止まった。
地下と地上。
大扉で切れていると思っていた。
けれど、昨日見つけた薬はここを通ってきた。
部品も来る。食料も来る。
そして、そのたびに誰かが数を確認し、期限を確認し、たぶん言い争いもする。
線はある。
切れてはいない。
「あなた」
女が姉を見る。
「移行者?」
「はい」
「弟?」
「はい」
「大変ね」
「何が」
二人の声が同時に出た。
女が笑う。
「似てる」
「似てない」
また重なった。
養父が台車を押しながら言う。
「それ、さっきもやってたぞ」
「親父まで」
「事実だ」
「違います」
「そこが似てる」
女まで言った。
「何で増えるの」
主人公は栄養剤の箱を持ち上げた。
「重い」
「栄養剤」
「見れば分かる」
「じゃあ言わない」
「何でこんなに?」
「不足してるから」
「地上にはある?」
「あるところには」
主人公は箱を抱え直す。
「じゃあ、また送る?」
「必要なら」
「俺たちが地上嫌いでも?」
女は少し考えたあと、主人公の抱えた箱を指した。
「嫌われたら、それの中身が効かなくなる?」
「ならない」
「じゃあ送る」
「でも武器は?」
「送らない」
「覚えた」
「薬を送ってるからって、私の判断まで地下に預けたわけじゃない」
主人公は一歩進み、また振り返った。
「逆も?」
「何が?」
「地下が薬もらってるからって、地下の判断をあんたに預けたわけじゃない」
女は少しだけ目を細めた。
「そうね」
「行くぞ」
養父が呼ぶ。
「うん」
姉は女へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
「私はあなたには送ってない」
「弟に」
「なら弟が言えば」
姉が主人公を見る。
「俺?」
「あなたでしょ」
主人公は抱えた箱へ視線を落とした。
自分が子どもの頃に使った薬も、この人が送ったものだったかもしれない。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
返事は軽かった。
恩を売る声ではなかった。
内側の扉が閉まる前に、主人公は一度振り返った。
地上に住む旧人類。
共生人と働き、地下へ薬を送る。
それでも地下の旗は持たない。
昨日までの主人公の中には、置く場所のなかった人だった。
主人公は栄養剤の箱を地下へ運ぶ。
薬は境界を越える。
食料も、部品も越える。
通さないものもある。
つながっていることと、同じ側であることは、同じではなかった。




