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第30話 番号


 朝。昨日は閉じていた行政窓口が、今日は開いていた。


「開いてる」


「開いてます」


 昨日とは別の職員が顔を上げる。


「照会」


「受付番号をお願いします」


「何」


「昨日までの照会番号です。控えはお持ちですか」


「もらった?」


「こちらでは分かりません」


「俺も分かんない」


 朝一番から詰んだ。


 主人公は鞄とポケットをひっくり返した。食事券の残り、宿泊票、受領書、署名の控え。紙だけは妙に増えている。


「これ?」


「違います」


「これ」


「違います」


「じゃあ、これ」


「それです」


 差し出した紙には数字がいくつも並んでいた。職員が一か所を指す。


《F-旧系家族照会 照会番号――》


「長い」


「入力します」


「覚えられない」


「覚えなくて大丈夫です」


「地下なら三番とかで済む」


「三番が何人いるんです?」


「場所で分かる」


「こちらは場所が多いので」


 職員が番号を入力した。その顔が、途中でわずかに変わった。


「進展があります」


 主人公は椅子を鳴らして立った。


「姉ちゃん?」


「座ってください」


「生きてる?」


「まだ、そこまでは確認できていません」


「じゃあ何」


「旧記録との接続候補が見つかっています」


「候補?」


「はい」


「見せて」


 相談室へ移り、職員が画面をこちらへ向けた。


《移行期家族分離事案》


 事件番号の下に、数字と文字が続いている。


「知らない」


「当時の事件番号です。あなたの家族と一致する可能性が高い記録です」


「何で」


「旧住所、家族構成、当時年齢、それから氏名表記の一部が一致しています」


「一部?」


「古い記録には欠損があります」


「姉ちゃんの名前」


「一致しています」


 息が止まった。


 画面に姉の名前がある。


 主人公は一度読み、もう一度読んだ。記憶の中にしかなかった名前が、役所の画面に文字として残っている。


「姉ちゃん」


 その下へ視線を落とす。


《分離時状況:混乱下》

《同行児童:弟一名》

《弟:所在不明》


「俺」


「可能性が高いです」


「所在不明」


「当時は」


「俺ここにいる」


「今は、そうですね」


「直して」


「当時記録なので、当時の状態は変更しません。ただし現在側から関連付けることはできます」


「して」


「照合が確定したら」


「今」


「順番です」


「嫌い」


「聞いています」


「誰から」


「記録にあります」


「それも記録したの?」


「はい」


 主人公はもう一度《弟:所在不明》を見る。


 姉から見れば、自分が消えたことになっていた。


「そのあと」


「はい」


「姉ちゃん、どうなった」


 職員が次の記録候補を開く。


《一時移送》


「どこ」


「当時の臨時保護施設です」


「強制移行施設?」


「この記録では保護施設です」


「本当に?」


「施設名と運用記録上は」


「同じ建物だったかも」


「その可能性を否定する資料は、今ここにはありません」


「じゃあ分からない」


「その点は」


「姉ちゃんは?」


「この移送名簿に、同名、同年齢の人物がいます」


「次」


 主人公は画面へ身を乗り出した。


《受入確認》


「これ何」


「移送先が受け入れた記録です」


「生きて着いた?」


 職員が少し間を置く。


「少なくとも、受入処理が行われたことを示します」


「本人見た?」


「私は見ていません」


「記録した人」


「そこまでは、この画面では確認できません」


「じゃあ確定じゃない」


「はい」


 主人公の指が机の縁を掴んだ。昨日までなら、そこで怒鳴っていたかもしれない。


 今日は一度だけ息を吐いた。


「次」


 次の画面には《保護登録仮番号》とあった。


「番号」


「はい」


「姉ちゃんの?」


「この記録群が同一人物なら」


「また番号」


「追跡には重要です」


「名前あるじゃん」


「同名、改姓、表記揺れ、記録欠損があります。番号の方が繋がる場合があります」


「人間なのに」


「番号も、人を探すためにあります」


「番号が人じゃない」


「そうですね」


「でも探せる」


「はい」


 主人公は黙って紙を引き寄せ、その番号を書き始めた。


「控えを出せますよ」


「自分で書く」


 一桁ずつ写す。途中で間違え、線を引いた。


「違います」


「分かってる」


 消して、もう一度書く。


「今度は合っています」


「読むな」


「確認しました」


「読むなって」


 書き写した番号から、さらに別系統の記録へ照会が伸びた。古い医療記録の索引、生活移管記録。その先で画面が止まる。


「開かない」


「権限が違います」


「誰なら」


「照会担当から請求します」


「今」


「今、申請します」


「何分」


「分かりません」


「また待つ」


「はい」


 主人公は待合の椅子へ戻った。


 手元の紙には、姉の名前と事件番号、それから保護仮番号がある。


 昨日まで、姉は記憶の中にしかいなかった。今日は番号が二つ増えた。


「嫌だ」


 近くにいた職員が振り向く。


「何がです?」


「姉ちゃんが番号なの」


「お姉さんが番号になったわけではありません」


「同じ」


「番号が、お姉さんのいた場所を繋いでいます」


 紙を折りかけて、やめた。


 皺を手のひらで伸ばす。


 昼前、職員が戻ってきた。


「一件、照合が進みました」


 主人公はすぐ立った。


「何」


「仮番号から、次の保護記録への移管が確認できました」


「いつ」


「分離事案の後です」


「どれくらい後」


「約八か月」


 八か月。


「その間、生きてた?」


「この二つが同一人物なら、八か月後に別の保護記録が作られています」


「じゃあ」


 生きてた。


 言いかけて、止めた。職員も言わない。


「可能性、高い?」


「はい」


「どれくらい」


「数字では言えません」


「高い?」


「高いと考えてよい照合状況です」


 主人公はゆっくり座った。身体から力が抜ける。


「八か月」


「はい」


「少なくとも」


「当時、その時点まで生存していた可能性は高いです」


 現在はまだ分からない。


 けれど、五歳のあの日、扉の向こうですべてが終わったわけではなかった。


「次は」


 主人公が聞く。


「この移管先から先を追います」


「今日分かる?」


「分かりません」


「明日?」


「分かりません」


「遅い」


「十八年分です」


 主人公は紙を見た。


「これ、持ってていい?」


「その控えはどうぞ」


「なくしたら?」


「再発行できます」


「なくさない」


 今度は丁寧に折り、ポケットへ入れた。上から手で押さえる。


「姉ちゃん」


 まだ、生きているとは言えない。


 けれど、死んだという記録も見つかっていない。


 名前から番号へ。番号から八か月後の記録へ。


 細い線でも、途切れてはいなかった。


 その番号は、まだ次へ続いていた。

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