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第27話 移行期


「まだ?」


「まだです」


「何時間」


「四十分です」


「長い」


「照会としては短い方です」


「じゃあ何すれば」


 記録担当の男が端末から顔を上げた。


「資料、見ますか」


「何の」


「あなたがさっき聞いていた時代の」


「聞いてない」


「掲示板をずっと見ていたので」


「見てただけ」


「では、見ませんか」


「見る」


「どっちです」


「見る」


 資料室は、名前ほど大きくなかった。


 壁一面の端末と、古い紙の複製が並んでいる。


 主人公は紙の一枚を指でつついた。


「本物?」


「複製です」


「じゃあ偽物」


「内容は複製です」


「本物どこ」


「保存庫」


「見れない?」


「申請すれば一部は」


「面倒」


「そうですね」


 男が端末を開いた。


《移行期公開記録》


「ここから先、映像もあります。刺激の強いものがありますが」


「見る」


「無理をする必要はありません」


「見るって」


「分かりました」


 最初は文字だった。


《旧人類居住区画への無許可侵入》

《本人同意なき移行処置》

《移送中の死亡》

《処置後の急性共生失調》

《家族分離》


 最後の一つで、主人公の指が止まった。


「家族分離」


「はい」


「どれ」


「複数あります」


「姉ちゃん」


「個別照会とは別です。この資料だけでは分かりません」


「でも、見せて」


 男が映像を開いた。


 古い記録だった。


 画面が揺れている。道路を人が走り、その向こうで誰かが倒れた。白い容器が運ばれ、暴れる腕を数人が押さえつけている。


「止めて」


 映像が止まった。


 主人公は息を吸った。


 止まった画面の中では、押さえつけられた腕だけが宙に残っている。


「……続けて」


「無理しなくても」


「続けて」


 再生された。


 泣いている子供。


 誰かの背中。


 閉まる扉。


 そこで映像は終わった。


「何人」


「何がです?」


「された」


「記録によって集計範囲が違います」


「何人」


「確定値はありません。未登録、重複、記録消失、行方不明があります」


「じゃあ少なく書いてる?」


「そうとも限りません。重複もあります」


「分からない?」


「正確な総数は」


「でも、あった」


「はい」


「本当に」


「はい」


 主人公は画面を見た。


 地下で聞いてきた話。


 狩られた。


 捕まった。


 変えられた。


 嘘ではなかった。


「ほら」


「何がです?」


「俺たちが言ってた通り。こいつらがやった」


 男は画面を見た。


「この記録の行為は、当時の強硬派組織とその協力者によるものです」


「共生人だろ」


「共生人です」


「じゃあ同じ」


「何と何が?」


「今いるやつら」


「今いる誰です?」


「……」


 答えられなかった。


 男は別の資料を開いた。


《強制移行停止要求》


 名前が並んでいる。


 何百。


 何千。


 主人公には数え切れない。


「誰」


「当時の移行者と、初期共生人を含む反対運動です」


「共生人?」


「はい」


「何で」


「本人同意のない移行に反対したからです」


「仲間なのに」


「誰と誰が仲間です?」


「だから……」


 また、言えない。


 次の記録。


《移行処置同意基準暫定指針》

《強制処置施設への立入停止》

《旧人類居住区への保護監視》

《移行拒否意思の法的登録》


「これ、今の?」


「前身です」


「保護対象の?」


「そうです」


「強硬派が作った?」


「違います」


「旧人類が?」


「旧人類だけでもありません。複数の当事者、医療者、行政、移行者、共生人側の反対派などが関わっています」


「何でそんな面倒な」


「歴史なので」


 主人公は次の資料を開いた。


《移行期違法処置事件 判決記録》


 知らない名前。


 その横にある文字を読む。


《被告:移行者》


「された人?」


「『移行者』という語は第一世代全体を指します。自発的な人も、強制された人もいます」


「この人は?」


「自発的移行後、強制処置側へ参加した記録があります」


「何で」


「本人の主張では、旧人類を救済するためだった、と」


 主人公の頭に、PANDEMONIUM BURGERで見た男が浮かんだ。


 救済。


 同じ言葉だった。


「昔からいるじゃん」


「考え方は残っています」


「じゃあ何も変わってない」


「さっき、その人たちは逮捕されましたよね」


 主人公は黙った。


「昔は?」


「時期と地域によります。処罰されない例も、組織的に行われた例もあります」


「今は捕まる」


「少なくとも、本人同意なしの処置は違法です」


「何で変わった」


「一つの理由ではありません」


「また」


「一つにすると嘘になります」


 そのあとも資料は続いた。


 被害記録。


 裁判。


 抗議。


 法改正。


 失踪者。


 医療事故。


 保護区画。


 自発的移行。


 拒否登録。


 また強制事件。


 また改正。


 読んでいるうちに、主人公の眉間の皺が深くなっていった。


「ぐちゃぐちゃ」


「そうですね」


「どっちが勝ったの」


「何がです?」


「人間と共生人」


「その分類では、この資料は整理されていません」


「何で」


「同じ側に両方いる事件が多いので」


「……分かりにくい」


「分かりやすい歴史は、だいたい何かを削っています」


「地下では分かりやすかった」


「そうなんですね」


 男は否定しなかった。


 それが、また嫌だった。


 もう一つ。


 主人公の指が止まった。


《旧戦略抑止資産 処分記録》


「これ何」


「移行期以前の旧政府系資産です」


「武器?」


「詳細非公開です」


「処分した?」


「多くは」


「多く?」


 画面を下へ送る。


《処分確認》

《封鎖確認》

《所在移管》


 その中に、一件だけ違う表示があった。


《最終処分確認:未了》


「これ」


 男も画面を見る。


「公開記録では未了ですね」


「どこにある」


「分かりません」


「調べないの」


「担当外です」


「危なくない?」


「危険性も詳細も、この画面からは判断できません」


「じゃあ何で残ってる」


「未確認だから、未確認と残っているんでしょう」


 主人公は、その文字を見た。


 未確認。


 昨日、自分の記録にもあった。


「消さないんだ」


「何を?」


「分かんないやつ」


「分からないから消す、は記録として一番まずいです」


 通知音が鳴った。


 主人公は勢いよく立ち上がった。


「家族照会?」


 男が端末を見る。


「違います。別件です」


「……座る」


 座った。


 最初の資料へ戻る。


《本人同意なき移行処置》


 あった。


 本当に。


 次の資料。


《強制移行停止要求》


 これもあった。


 本当に。


「どっち信じればいい」


 主人公が聞いた。


「何と何を?」


「ひどかったのと、止めようとしたの」


「両方、記録があります」


「だからどっち」


「両方あった、では駄目ですか」


「……気持ち悪い」


「そうですか」


「片方なら簡単なのに」


「そうですね」


 主人公はしばらく画面を見ていた。


 閉じなかった。


 姉の照会結果は、まだ来なかった。

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