第21話 逃げられる
車の中は狭かった。
地下より狭い。
でも、嫌な狭さだった。
窓があるから。
外が見える。
街が後ろへ流れる。
店。
交差点。
知らない建物。
高い道路。
全部、帰り道ではない。
「これ食べていい?」
主人公は紙袋を持ち上げた。
向かいの警察官が見る。
「さっき確認したものですね」
「うん」
「どうぞ」
「捕まってるのに?」
「食事は禁止していません」
「変なの」
「こぼさないでください」
袋を開く。
冷めている。
一口。
やっぱり辛くない。
「手、縛らないの」
「必要がなければしません」
「逃げたら?」
「困ります」
「それだけ?」
「逃げないでください」
「お願い?」
「指示です」
「弱い」
「強く言いましょうか」
「いい」
食べる。
警察官は端末を見ている。
主人公は窓を見る。
道を覚える。
癖だった。
車が止まった。
「着いた?」
「まだです」
「何で」
「規制です」
前を見る。
道路の先に車が詰まっている。
作業車。
警告灯。
道路を横切る黄色い表示。
《事故処理中》
「別の道」
「回ります」
運転席の警察官が答える。
車が曲がる。
細い道。
古い建物。
主人公は窓へ寄った。
「ここ」
「何です?」
「知ってる」
西側。
昨日使った接続口から、少し離れた区域。
古い地図にもあった。
今の地図にも。
「地下の入口、近い」
「そうですか」
「うん」
警察官は気にしなかった。
主人公は気にした。
近い。
また止まる。
「今度は何」
「搬入車です」
前の細い道を、大きな車が塞いでいる。
運転席の警察官が息を吐く。
「少し待ちます」
主人公は窓を見る。
右。
路地。
その先。
見覚えのある古い換気塔。
西側接続口の目印。
歩けば。
五分。
走ればもっと短い。
胸が速くなる。
「トイレ」
口から出た。
警察官が顔を上げる。
「署まで我慢できますか」
「無理」
「本当に?」
「ほんと」
少し迷う。
警察官が外を見る。
道の向こうに小さな公共施設。
「運転担当、ここで待てますか」
「しばらく動かない」
「分かりました」
扉が開く。
「降りてください」
外。
空。
広い。
主人公は一瞬だけ上を見た。
すぐ前を見る。
公共施設まで二十歩。
警察官が一人つく。
拘束具はない。
走れる。
「入口はこちらです」
施設の職員が言う。
警察官が入口脇で待つ。
「中まで来る?」
「必要なら」
「いらない」
「では、ここで待ちます」
本当に。
待った。
主人公は中へ入る。
洗面台。
個室。
小さな窓。
窓を見る。
開く。
「……開くんだ」
外は細い裏道。
人はいない。
高さ。
胸くらい。
出られる。
彼は窓枠へ手を置いた。
外へ身体を出す。
片足。
止まる。
戻る。
耳を澄ます。
警察官は入口側。
施設の職員は奥。
誰も来ない。
もう一度。
窓枠へ乗る。
外へ降りた。
裏道。
自由だった。
本当に。
誰も追ってこない。
主人公は走った。
一つ目の角。
右。
二つ目。
左。
換気塔。
見える。
地下へ帰れる。
走る。
紙袋が邪魔だった。
まだ持っていた。
「何で持ってきたんだ」
捨てる。
そう思う。
捨てない。
脇に抱える。
走る。
西側接続口。
昨日の扉。
表示は緑。
《通行可》
「開いてる」
息が切れる。
認証。
持っている。
三番線側の識別。
通る。
帰れる。
手を伸ばす。
止まる。
警察。
強硬派。
店。
無常ちゃん。
輪廻ちゃん。
秩序ちゃん。
全部、地上。
姉も。
たぶん。
地上。
「……」
扉の前。
帰ればいい。
養父には連絡が行っている。
薬も届いた。
三番線へ戻れる。
大扉の内側へ。
誰にも相談しなくていい。
今なら。
彼は認証部へ識別を近づけた。
音。
《認証》
扉が開く。
地下の空気。
湿っている。
暗い。
狭い。
家の匂いがする。
一歩。
入ればいい。
後ろから。
遠く。
警告音が聞こえた。
警察車両。
気づいた。
もう探している。
「遅い」
彼は言った。
少し笑った。
逃げられた。
本当に。
目の前に地下がある。
誰も塞いでいない。
扉も開いている。
彼は立ったまま。
紙袋を持っていた。




