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第19話 同じ店員


「髪、こっちとこっちどっちがいい?」


「知らない!」


「そっか」


 無常ちゃんは髪留めを外した。


 右につける。


 鏡を見る。


 左につける。


「こっちかな」


 主人公は見ていた。


「何?」


「……何でもない」


「そっか」


 無常ちゃんは左に決めた。


「じゃ、戻るね」


「どこに」


「仕事」


「安静にって」


「もう平気」


「さっき身体変わっただろ!」


「うん」


「うんじゃなくて」


「無常ちゃん」


 店員が呼ぶ。


「十五番、ドリンクまだ」


「あっ」


 走る。


「走らない!」


「走ってない!」


「走ってる!」


 さっきと同じ声が飛んだ。


 主人公は立ったまま見ていた。


 無常ちゃんはコップを取った。


 氷。


 飲み物。


 蓋。


 ストロー。


「十五番ー」


 持っていく。


「お待たせしました!」


「これ違います」


「え?」


「頼んだの、お茶」


「あ」


 戻る。


「間違えた!」


「見れば分かる!」


「これ誰の?」


「十七番!」


「十七番どこ?」


「表示見て!」


「はーい」


 何も変わっていない。


 主人公はそう思った。


 すぐに打ち消した。


 変わった。


 見た。


 身体の中へ入った。

 線が浮いた。

 形が馴染んだ。

 器具が成立と言った。


 なのに。


「十七番ー!」


 無常ちゃんは走る。


「走らない!」


「走ってないって!」


 同じだった。


 主人公は頭が痛くなった。


「経過確認をする」


 小柄な女が無常ちゃんを呼び止めた。


「今?」


「今だ」


「仕事中」


「重要な検査だ」


「あとで」


「移行直後だぞ」


「今、十七番持ってくから」


「代わりに誰か」


「冷めるじゃん」


「飲み物だ!」


「氷溶けるじゃん」


 行った。


 小柄な女が固まる。


 主人公は聞いた。


「成功したんだよな」


「した」


「ほんとに?」


「数値は安定している」


「でもあれ」


 二人で見る。


 無常ちゃんが十七番へ行く。


「あ、ストロー忘れた」


 戻る。


「忘れてる」


「前から?」


「知らない」


「俺は昨日からしか知らない」


 小柄な女は端末を見る。


「適応は成立している」


「じゃあ何が変わった」


「身体構成」


「それだけ?」


「それだけではない」


「じゃあ何」


「今から検査する」


「本人行ったけど」


「……見れば分かる」


 苛立っている。


 主人公は少しだけ笑った。


「何がおかしい」


「そっちも分かってない」


「分かっている」


「じゃあ説明して」


 女は口を開いた。


 無常ちゃんが戻ってきた。


「ストロー!」


 二人の間を通る。


 取る。


 また行く。


 女は黙った。


「説明」


「あとだ」


「分かってないじゃん」


「黙れ」


 少しだけ、怖さが減った。


 また。


 それに気づいて。


 主人公は笑うのをやめた。


 背の高い男は納得していた。


「成立例が取れた。十分だ」


「じゃあ帰れ」


 主人公が言う。


「お前を回収してからだ」


「俺はやらない」


「拒否は認められない」


「無常ちゃんには聞いた」


「適合例だからだ」


「俺には?」


「保護対象だ」


「何が違う」


「お前は旧人類だ」


「無常ちゃんは?」


「移行前の分類は未確定だ」


「じゃあ、分かんない相手には聞いて、分かってる俺には聞かないの?」


 背の高い男が眉を寄せる。


「歴史的事情が違う」


「何それ」


「地下残存旧人類は」


「長い」


「お前が聞いたんだ!」


「でも分かんない」


 男の顔が赤くなる。


 店員が間へ入った。


「すみません」


「何だ!」


「大声は」


「今それか!」


「はい」


「さっきから何なんだこの店は!」


「飲食店です」


 またそれだった。


 主人公は、今度は笑った。


「笑うな!」


「ごめん」


「反省してないだろ!」


「してない」


 無常ちゃんが戻ってきた。


「ねえ」


 主人公を見る。


「何」


「これ、前の制服ちょっと合わない」


「身体変わったから?」


「たぶん」


 やっぱり変わっている。


 主人公の笑いが止まる。


 無常ちゃんはエプロンの肩を引っ張った。


「ここ」


「きつい?」


「違う。形が古い感じ」


「古い?」


「今の私には、こっちの方がいい」


 端末に出ていた制服カタログを見せる。


「これかわいくない?」


「知らない」


「またそれ」


「服のこと分かんない」


「じゃあ店長に聞こ」


 行こうとする。


「待って」


「なに?」


「前の服、嫌いになった?」


「別に」


「じゃあ何で変える」


「今こっちがいいから」


「前のは」


「前は前でよかったよ」


 無常ちゃんは、本当にそれだけの顔をしていた。


 主人公は言葉を探した。


「前の自分、なくなった?」


「ん?」


「身体、変わっただろ」


「うん」


「前の」


「君、さっきからそれ気にしてるね」


「気にするだろ」


「そっか」


「そっかで終わるな」


「じゃあ」


 無常ちゃんは少し考えた。


「ポテト食べる?」


「何で」


「余った」


「話と関係ない」


「お腹すいてると考えすぎるよ」


「すいてない」


 腹が鳴った。


 無常ちゃんが笑った。


「すいてるじゃん」


「今のなし」


「無理」


 ポテトを一本渡される。


 主人公は受け取った。


 食べる。


 塩。


 普通。


「どう?」


「ポテト」


「でしょ」


「何が」


「ポテトはポテト」


「だから何」


「何でもない」


 無常ちゃんは残りを自分で食べた。


 主人公は見た。


 移行した身体で。


 さっきと同じように。


 ポテトを食べている。


 説明はなかった。


 外で音がした。


 短い警告音。


 一台。


 もう一台。


 店員が窓を見る。


「あ、来ましたね」


「何が」


「警察です」


 主人公の背中が固まった。


 背の高い男が言う。


「ちょうどいい。事情を説明する」


 主人公も入口を見る。


 制服姿が二人、こちらへ歩いてくる。


「俺も話す」


「お前は保護される側だ」


「勝手に決めるな」


「事実だ」


 扉が開く。


「通報を受けて来ました」


 警察官が店内を見る。


 倒れた椅子。


 床。


 白い器具。


 強硬派。


 主人公。


 それから。


「まず、全員その場にいてください」


 無常ちゃんが手を上げた。


「私、十七番持ってっていい?」


 警察官が止まった。


「……店員さん?」


「はい」


「仕事中?」


「はい」


「じゃあ、危なくない範囲で」


「はーい」


 無常ちゃんはトレーを持った。


「走らないでください」


「走ってません!」


 店の奥から声が飛ぶ。


「走ってる!」


 無常ちゃんは速度を落とした。


 主人公はそれを見ていた。


 身体は変わった。


 でも。


 何を同じと呼べばいいのか。


 まだ分からなかった。

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