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第18話 移行成立


「無常ちゃん、そっちお願いー」


「はーい」


 明るい返事。


 厨房から女の子が出てきた。


 トレーを二枚重ねている。


「これ、どこ?」


「十二番」


「十二、十二……あっち?」


「窓側」


「ありがとー」


 走る。


「走らない!」


「走ってない!」


「走ってる!」


 主人公は見た。


 普通の店員だった。


 少なくとも、そう見えた。


 背の高い男も見ていた。


 白い器具を持ったまま。


「次だ」


 主人公の腹が冷える。


「やめろ」


「二例では足りない」


「二人とも無理だった」


「だから別個体で確認する」


「同じ店だぞ」


「同じ店だから何だ」


 無常ちゃんが十二番の席へトレーを置く。


「お待たせしましたー。こっちが辛くない方で、こっちが辛いやつです」


「逆です」


「あれ?」


「私が辛いやつ」


「じゃあ逆!」


 入れ替える。


「ごゆっくりー」


 戻ってくる。


 主人公はその前へ出た。


「来るな」


「え?」


「そっち行って」


「そっちって?」


「厨房」


「今戻るとこ」


「じゃあ戻って」


「うん?」


 無常ちゃんが首を傾げる。


「何かあった?」


「ずっとあった!」


「そっか」


「見てなかったの?」


「注文いっぱいだったから」


 背の高い男が一歩出る。


 主人公も動く。


 小柄な女が横へ回った。


 二人。


 止めきれない。


「無常ちゃん!」


「名前、知ってるの?」


「今聞いた!」


「そっか!」


 白い器具。


 無常ちゃんがそれを見る。


「あ、それ新しいやつ?」


 止まったのは、主人公の方だった。


「知ってる?」


「知らない」


「じゃあ何で」


「新しそうだから」


 無常ちゃんが近づく。


「見せて」


「近づくな!」


「何で?」


「それ入れられる!」


「何を?」


「共生系!」


「あー」


 分かったのか分かってないのか。


 無常ちゃんは白い器具を覗き込む。


「今の?」


 小柄な女が反応した。


「そう。現行規格」


「へえ」


「旧形質を残す必要はない」


「そうなんだ」


「待て」


 主人公は二人の間へ入った。


「何で普通に話してる」


「話しかけられたから」


「それ危ないやつ」


「そうなの?」


「輪廻ちゃんにやった」


「あ、さっき厨房と繋がってたやつ?」


「見てたじゃん!」


「途中だけ」


 無常ちゃんが輪廻ちゃんを探す。


 厨房の奥から手だけ出た。


「便利ー」


「だって」


「だってじゃない!」


 背の高い男が主人公の肩を掴んだ。


「退け」


「嫌だ」


「本人は拒否していない」


 その言葉で。


 主人公は止まった。


「……無常ちゃん」


「なに?」


「嫌って言え」


「何で?」


「何でって」


 白い器具を見る。


 無常ちゃんを見る。


「身体、変えられる」


「うん」


「嫌だろ」


「今よりいいの?」


 小柄な女が答える。


「現在環境への適応性は上がる」


「じゃあいいかも」


「よくない!」


 主人公の声が大きくなる。


 無常ちゃんが瞬く。


「何で?」


 答えられない。


 自分なら嫌だ。


 だから嫌なはずだ。


 でも。


 昨日から、この店では何度もそれが外れた。


「……戻せないかもしれない」


「戻したくなったら考える」


「前と違う自分になる」


「今もさっきと違うよ?」


「そういう話じゃ」


「髪も変えたし」


 見る。


 確かに、さっき厨房から出てきたときと髪留めが違う。


「いつ」


「今」


「今!?」


「こっちの方が合うかなって」


 主人公は頭を抱えたくなった。


「身体の話!」


「身体も今のだよ?」


 意味が分からない。


 分からないまま。


 小柄な女が無常ちゃんへ確認する。


「施術に同意する?」


「痛い?」


「少し」


「すぐ終わる?」


「終わる」


「じゃあいいよ」


「待って!」


 主人公が手を伸ばす。


 無常ちゃんがその手を見る。


「君は嫌なんでしょ?」


「嫌だよ!」


「じゃあ君はやらなきゃいいじゃん」


「お前は」


「私はいいよ」


 軽い。


 あまりにも軽い。


 でも。


 誰も無常ちゃんを押さえていない。


 腕も掴んでいない。


 白い器具は、まだ触れていない。


 主人公の足が止まる。


 ここで止めたら。


 今度は自分が、本人の代わりに決める。


 その考えが、気持ち悪かった。


 彼は手を下ろした。


「……ほんとに?」


「うん」


 無常ちゃんは笑った。


「今のがいいなら、今のにする」


 器具が腕へ触れた。


 細い痛み。


「いた」


「動かないで」


「これくらい?」


「これから」


 透明な液体が入る。


 主人公は見ていた。


 輪廻ちゃんのときと同じように。


 どうせ。


 また変になる。


 入ったものを部品にする。

 対象が捕まらない。

 何か別の理由。


 この店の人には効かない。


 そう思っていた。


 無常ちゃんの腕の下に、細い線が浮いた。


 一つ。


 二つ。


 首元へ。


「始まった」


 小柄な女。


 無常ちゃんが腕を見る。


「へえ」


「気分は?」


「ちょっと熱い」


「拒絶反応なし」


「そりゃよかった」


 線が広がる。


 肌の色が、ほんの少し変わる。


 瞳。


 輪郭。


 呼吸。


 何かが一つずつ。


 現在の身体へ馴染んでいく。


 輪廻ちゃんのときのような横道へ行かない。


 秩序ちゃんのときのように、成立条件そのものが崩れない。


 真っ直ぐ。


 進む。


「……何で」


 主人公の声。


 背の高い男が初めて笑った。


「成立している」


「嘘」


「見ろ」


「何で」


 無常ちゃんが彼を見る。


「何が?」


「効いてる」


「うん」


「何で!」


「今のなんでしょ?」


 それだけ。


 身体の変化が止まる。


 器具が音を出した。


《適応安定》


 小柄な女が確認する。


「成立」


 背の高い男が息を吐いた。


「やはり可能だ」


 主人公は動けなかった。


 さっきまで少し減っていた怖さが。


 全部戻った。


 いや。


 前より悪い。


 効かないと思ったから、前に立てた。


 この店の人は違うと思ったから。


 無常ちゃんは自分の腕を眺めている。


「これで終わり?」


「経過確認は必要」


「仕事していい?」


「安静に」


「えー」


「無常ちゃん」


 主人公が呼ぶ。


「なに?」


「平気?」


「うん」


「ほんとに?」


「ちょっと熱い」


「それ以外」


「お腹すいた」


「……それ以外」


「髪、こっちとこっちどっちがいい?」


「知らない!」


「そっか」


 無常ちゃんは髪留めを直した。


 その仕草は。


 さっきと同じだった。


 でも主人公には、同じに見えなかった。


 見えなくなっていた。

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