第17話 成立しない
白い器具が、彼の肩を越えた。
店員へ向かう。
「下がれ!」
彼が腕を伸ばす。
届かない。
その前に。
「そこ、邪魔」
横から声がした。
女の子だった。
エプロン。
片手に工具。
もう片方の手に、細い管。
店員が言う。
「輪廻ちゃん、床」
「見えてる」
「さっき水拭いたので」
「乾いてる」
「なら大丈夫です」
会話の間に、輪廻ちゃんは背の高い男の手から白い器具を取っていた。
「返せ!」
「これ何?」
「医療機器だ」
「ふうん」
蓋を開ける。
「開けるな!」
「開いた」
「壊すな!」
「壊してない」
透明な液体。
内部で糸のようなものが動いている。
「それで、変えるのか」
主人公が聞く。
「適応させる」
「何に」
「現在に」
輪廻ちゃんが液体を光へ透かした。
「入れればいい?」
「触るな」
「さっき入れようとしてたじゃん」
輪廻ちゃんは自分の腕を見る。
「じゃ、試す?」
「え」
遅かった。
器具が皮膚へ触れた。
「何してる!」
「痛いから待って」
「だったらやるな!」
「もう入った」
数秒。
輪廻ちゃんの腕の下で何かが動いた。
細い線が枝分かれする。
「始まった」
小柄な女が言う。
輪廻ちゃんが眉を寄せた。
「これ、配線じゃない」
「当然だ!」
「でも繋がる」
腕の形が少し変わる。
次の瞬間、エプロンの脇から伸びていたケーブルが腕へ沈んだ。
「は?」
「ちょっと便利かも」
輪廻ちゃんが指を曲げる。
厨房の機械が鳴った。
《接続確認》
「店に繋がった?」
「うん」
「何で!」
「使えるから」
小柄な女が輪廻ちゃんの腕を掴む。
「共生系は?」
「これ?」
輪廻ちゃんが腕を振る。
侵入したものは消えていない。
筋肉とケーブルと一緒に、輪廻ちゃんの身体の一部へ組み込まれていた。
「安定化しろ」
「してるよ?」
「そうじゃない!」
「じゃあ何」
「宿主系との相互補完を」
「してる」
輪廻ちゃんが厨房を指す。
「ここと」
「店は宿主じゃない!」
「私には繋がってるけど」
沈黙。
「平気?」
主人公が聞く。
「ちょっと増えた」
「何が」
「私」
「それ平気って言う?」
「動くから」
背の高い男が器具を取り返した。
「異常例だ」
「そっちが異常なんじゃない?」
「黙れ」
でも、主人公の怖さは少しだけ減った。
成立しない。
そう見えた。
「別個体で確認する」
小柄な女が言った。
「やめろ」
「一例では判断できない」
「今の見ただろ」
「特殊な身体構成だっただけ」
背の高い男が店内を見る。
客はほとんど避難している。
厨房はまだ動いていた。
その脇で。
「三ミリ」
別の女の子が、床を見ていた。
「何が」
店員が聞く。
「ずれてる」
「何がです?」
「そこ」
椅子を動かす。
三ミリ。
「秩序ちゃん、今?」
「今だから」
「そうですか」
背の高い男の視線が止まった。
「次はあれだ」
「人をあれって言うな!」
主人公が前へ出る。
小柄な女の方が早かった。
白い器具が秩序ちゃんの腕へ触れる。
「危ない!」
秩序ちゃんは器具を見る。
それから自分の腕。
「異物」
「何?」
皮膚の下へ、細い線が入る。
一つ。
二つ。
秩序ちゃんの眉が寄った。
「基準外」
「適応が始まっている」
小柄な女が端末を見る。
「今度は」
「違う」
秩序ちゃんが言った。
「何が」
「ここにないものがある」
床に、小さなものが落ちた。
ぬいぐるみ。
主人公は瞬いた。
「何それ」
もう一体。
さらに一体。
小さなぬいぐるみたちが秩序ちゃんの足元へ集まる。
「かわいい」
「そこ?」
「だって」
ぬいぐるみの一体が秩序ちゃんの腕へよじ登った。
皮膚の下の線がある場所を、ぺちぺち叩く。
「何をしている」
「掃除」
秩序ちゃんが答える。
「体の中を?」
「異物だから」
ぬいぐるみが腕へ沈んだ。
「え」
次の瞬間。
秩序ちゃんの指先から、透明な雫が落ちた。
その中で細い糸が丸まっている。
もう一滴。
もう一滴。
入ったはずのものが、順番に外へ出されていく。
床へ落ちる前に、別のぬいぐるみが小さな容器で受けた。
「待て!」
背の高い男が手を伸ばす。
「触らないで」
秩序ちゃんが言う。
「今、片づけてる」
「それは共生系だ!」
「異物」
「身体へ適応する!」
「してない」
「させろ!」
「何で?」
「そのための施術だ!」
「頼んでない」
最後の一滴。
ぬいぐるみが容器へ蓋をする。
秩序ちゃんは腕を見る。
「戻った」
それから床を見る。
さっき動かした椅子。
「まだ一ミリ」
直す。
「そこ!?」
主人公が言った。
「そこ」
椅子の脚が揃う。
秩序ちゃんは満足した。
背の高い男は端末を奪うように見る。
「反応消失」
小柄な女が言った。
「排除された」
「何で」
「分からない」
「二人目だぞ」
主人公が言う。
「二人とも駄目だった」
「失敗理由が違う」
「でも駄目だった」
輪廻ちゃんは入ったものを自分の部品にした。
秩序ちゃんは入ったものを異物として片づけた。
逆みたいなのに。
結果だけは同じ。
「じゃあ無理なんじゃん」
主人公が言った。
背の高い男は答えなかった。
その顔から、さっきまでの余裕が消えていた。
主人公は息を吐いた。
この店の人には、あれは効かない。
そんな気がした。
厨房から声が飛ぶ。
「無常ちゃん、そっちお願いー」
「はーい」
明るい返事。
主人公は、そちらを見なかった。




