第16話 人間を守る
彼は紙袋を左手へ持ち替えた。
右手が空く。
「離せ」
背の高い男が、店員の手首を掴んでいた。
「お前には関係ない」
「ある」
「なぜ」
答えようとして、止まった。
何でだ。
自分を追ってきた。自分が外へ出れば済む。そのつもりだった。
でも、店員は昨日からここにいる。
水を出した。注文を取った。残ったバーガーを袋へ入れた。
それだけだ。
「その人、何もしてない」
「だから?」
「だから離せ」
「未移行者なら保護対象だ」
「本人に聞け」
「理解していない」
「お前が?」
男の顔が固くなる。
彼は一歩出た。
「本人が」
店員が言った。
「あの」
二人とも見る。
「腕、痛いです」
背の高い男の指が緩んだ。
その瞬間、彼は間へ入った。店員を後ろへ押す。
「ちょっと」
「下がって」
「厨房側へは押さないでください」
「今それ?」
「危ないので」
彼は半歩ずれた。
「こっち?」
「はい」
「分かった」
背の高い男が言った。
「茶番は終わりだ」
速かった。
腕が来る。
避ける。
訓練で見た動きとは違う。拳ではない。掴む。押さえる。壊すためじゃない。捕まえるため。
彼はテーブルを蹴らないように下がった。椅子の脚に踵が当たる。
狭い。
地下の通路より広いのに、戦うには狭い。
客がいる。
右。
制服の少年が立ち尽くしている。
「外!」
彼が叫ぶ。
少年が動かない。
「出口!」
別の店員が少年の肩を押して誘導する。
小柄な女が入口へ回ろうとした。
彼はその前へ出る。
「邪魔をするな」
「そっちが」
「あなたも救済対象なの」
「いらない」
「知らないからそう言える」
「知っててもいらない」
「今より強くなる。病気にも」
「いらないって」
「あなたたちはいつも」
女が何か言いかけた。
彼は聞かなかった。
背の高い男が横から来た。
肩を掴まれる。
床が近づく。
受け身。
肘。
痛い。
紙袋が飛んだ。
「あ」
バーガー。
床を転がらなかった。
袋のまま、椅子の下へ滑った。
「よかった」
「何がだ!」
背の高い男が怒鳴る。
「飯」
「ふざけるな!」
「そっちが!」
彼は脚を払った。
倒れない。
重い。
いや。
強い。
人間より。
知っていた。教えられていた。でも、実際に腕を掴まれると違う。
指が食い込む。
振りほどけない。
「抵抗しないで」
小柄な女。
「すぐ終わるから」
「嫌だ!」
叫んだ。
自分でも驚くほど大きかった。
店の奥で何かが止まった。
油の音だけが残る。
「お客様」
店員の声。
「何!」
「頭」
見る。
トレーが飛んできた。
「うわっ」
避ける。
背の高い男の顔に当たった。
金属音。
「……何で!」
「そちらの方が投げました」
店員が、ほとんど人間に見える三人目を指す。
「俺じゃない!」
「そうでした?」
「お前だろ!」
店員は首を傾げた。
彼は笑った。
背の高い男が怒鳴る。
「全員拘束する!」
「営業妨害になります」
「知るか!」
その言葉で、店の空気が少し変わった。
店員が笑わなくなった。
「それは困ります」
声は同じだった。
大きくもない。
でも、さっきまでとは違った。
彼は気づいた。
ここから先は、自分の場所じゃない。
店の中だ。
「警察への連絡は済んでいます」
別の店員が言う。
「到着まで店内でお待ちください」
「誰が待つか」
小柄な女が入口へ向く。
自動扉が開く。
普通に。
彼女が一歩出る。
背の高い男も続こうとする。
彼は追おうとした。
「待って」
店員に止められる。
「逃げる」
「外です」
「だから?」
「外なので」
昨日の水溜まり。
彼は止まった。
小柄な女は外へ出た。
背の高い男は出ない。
彼を見ている。
それから店員を見る。
「お前、本当に何なんだ」
「店員です」
「旧人類かと聞いている」
「さっきから、それ必要ですか?」
「必要だ」
「私には必要ありません」
男の手が、白いケースへ伸びる。
彼は前へ出た。
「やめろ」
「お前は黙れ」
「嫌だ」
「守る価値があると思っているのか」
その言葉だけは、聞こえた。
「価値?」
「旧型かどうかも分からない。何者かも分からない」
彼は後ろを見る。
店員。
「何者?」
「店員です」
「だって」
「そういう意味じゃない!」
背の高い男がケースを開ける。
中に細い器具。
彼は構えた。
怖い。
正直、怖い。
自分が捕まるのも。
身体を変えられるのも。
でも。
後ろにいる人が、自分より強いか弱いかも分からない。旧人類かどうかも分からない。助けを求められたわけでもない。
それでも。
自分が前に立てる。
なら。
「俺が先」
「何?」
「やるなら俺からにしろ」
店員が言った。
「それはおすすめしません」
「今ちょっと格好つけてる」
「そうでしたか。すみません」
「台無し」
背の高い男が器具を持つ。
「望み通りにする」
彼は息を吸った。
足を決める。
逃げない。
ここに立つ。
入口の外。
小柄な女が戻ってきた。
一人ではなかった。
もう二人いる。
彼の喉が鳴った。
「増えた」
「見れば分かります」
「そっち何人いるの」
店員に聞く。
「今日のシフトですか?」
「戦える人」
「何で店員を戦力換算するんです?」
「今だから!」
「困ります」
「俺も困ってる!」
新しく来た一人が、店内を見た。
「対象は?」
背の高い男が彼を指す。
「旧人類一名」
それから、店員を指した。
「未確認旧型、一名」
「未確認って何ですか」
「検査する」
「勤務中です」
「終わらせれば戻れる」
「シフトが終わります」
会話が噛み合わない。
彼は思った。
でも、噛み合わなくても、向こうはやる。
白い器具が上がる。
彼は前へ出た。
背中で店員を隠す。
「下がって」
「お客様」
「何」
「そこ、配膳の通路です」
「今だけ!」
「では今だけで」
「いいんだ」
「はい」
妙な許可が出た。
彼は少し笑った。
怖いまま。
前を向く。
自分は役に立てる。
そう思うと、足が止まった。
それが昔から、自分の立ち方だった。
正しいかどうかは。
まだ、知らない。




