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第15話 追ってきたもの


「昨日の人」


 店員が言った。


「一昨日も」


「そうでしたっけ」


「いた」


「毎日来てますね」


「今日は金ある」


 彼は得意げに言った。


 店員が少し身を引いた。


「その言い方、危ないですよ」


「何が」


「何でもないです」


 彼は端末の横へ小さな札を置いた。


 三番線の金属片ではない。


 訓練担当の男から借りた分を返すため、地上で使える支払い札を一枚だけ融通してもらった。


 交換比率は、まだ決まっていない。


「これ」


「はい。使えます」


「ほんとに?」


「使えます」


「金?」


「少なくとも、ここでは」


「じゃあ辛くないやつ」


「セットにします?」


「水」


「学習しましたね」


「炭酸はいらない」


 音。


《決済完了》


 彼は表示を見た。


「俺が払った」


「おめでとうございます」


「何でちょっと馬鹿にしてる」


「してません」


 している顔だった。


 昼前。


 昨日より空いている。


 彼は窓際ではなく、カウンターに近い席へ座った。


 食べるためでもある。


 今日はもう一つある。


 店長。


 昔の記録。


 PANDEMONIUM BURGERが、古い地図にも今の地図にも同じ場所にある理由。


 姉の名前に繋がるもの。


 バーガーが来る。


 食べる。


 先に食べる。


 昨日、それは覚えた。


 半分ほど食べたところで、店員が来た。


「店長、あとで少しならいいそうです」


「記録」


「見せるとは言ってません。話を聞くだけ」


「何で」


「古い記録は古い記録なので」


「店のなのに?」


「店のでもです」


「変なの」


「最近そればっかりですね」


 店員が戻る。


 彼は残りを食べた。


 急がない。


 店は逃げない。


 たぶん。


 入口が開いた。


「いらっしゃいませ」


 三人。


 最初は客だと思った。


 一人は背が高い。

 首の左側に、黒い筋が皮膚の下を走っている。


 一人は小柄な女。

 片目の虹彩が二重に見えた。


 もう一人は、ほとんど人間に見える。


 誰もメニューを見なかった。


 彼は食べる手を止めた。


 背の高い男が店内を見た。


 視線が止まる。


 彼に。


「あれだ」


 小柄な女が言った。


 彼の椅子が鳴った。


 立っていた。


「お客様?」


 店員が聞く。


 三人は答えない。


 背の高い男が歩いてくる。


「地下居住者だな」


 彼は何も言わなかった。


「研究棟の旧系統を開いた」


 腹の奥が冷えた。


 店の音が、少し遠くなる。


 油。

 換気。

 食器。

 注文端末。


 全部そのまま動いている。


「人違い」


「照合は取れている」


「何の」


「旧人類」


 その言葉で、近くの客が一人だけ顔を上げた。


 それだけだった。


 背の高い男は続ける。


「保護区域へ移送する」


「いらない」


「保護だ」


「帰る」


「地下へ?」


「うん」


「だからだ」


 意味が分からなかった。


「何で」


「旧形質のまま地下へ戻す必要はない」


 彼の右手が、腰へ動いた。


 何もない。


 今日は武器を持ってきていない。


 店へ来るだけだったから。


 小柄な女がそれを見た。


「抵抗しないで」


「何する」


「移行するだけ」


 椅子が倒れた。


 今度ははっきり。


「店内で大きな音は困ります」


 店員だった。


 倒れた椅子を起こす。


「すみません」


 彼は反射で言った。


「そちらの方々も、ご注文でしたら先にカウンターへお願いします」


 背の高い男が店員を見る。


「関係者か」


「店員です」


「こいつは旧人類だ」


「そうなんですか」


 店員は彼を見る。


「たぶん」


「たぶん?」


「俺はそう」


「そうですか」


 終わった。


 背の高い男の眉が動く。


「危険性を理解していないのか」


「何のです?」


「未移行者を放置する危険だ」


「店内で何かしました?」


「存在の話をしている」


「でしたら、私では分かりません」


「お前も旧型に見える」


 店員が自分の腕を見る。


「そうですか?」


「検査すれば分かる」


「勤務中なので遠慮します」


 彼は店員を見た。


 声が変わっていない。


 昨日、水を出したときと同じ。


 注文を聞いたときと同じ。


「あなた」


 小柄な女が店員へ一歩近づいた。


「怖がらなくていい。今は昔と違う。安全に移行できる」


「今、注文を取ってるので」


「仕事はあとで続けられる」


「休憩はあとです」


「休憩ではなくて」


 奥から声がした。


「注文止まってるぞー」


「今行きます!」


 店員が返事をする。


 背の高い男が腕を伸ばした。


 店員の手首へ。


 彼の身体が先に動いた。


 その手を払った。


 乾いた音。


 店内が静かになった。


「触るな」


 自分の声だった。


 背の高い男が彼を見る。


「お前から先にするか」


「何を」


「移行だ」


 彼は一歩下がった。


 店員が後ろにいる。


 それに気づいて、止まった。


「警察呼びます?」


 別の店員がカウンターから聞いた。


 普通の声だった。


 背の高い男がそちらを見る。


「必要ない。医療行為だ」


「本人が嫌がってますけど」


「判断能力が偏っている」


「それ、うちで決めることじゃないので」


 端末を持つ。


 小柄な女が言った。


「待って。騒ぎにする必要はない」


「もう騒ぎです」


 店員は端末を操作した。


 背の高い男の顔が変わる。


「お前たちは何なんだ」


「PANDEMONIUM BURGERです」


「そういうことを聞いてるんじゃない」


「じゃあ分かりません」


 彼は一瞬だけ笑いそうになった。


 今は笑うところじゃない。


 たぶん。


 入口近くの客が席を立つ。


 逃げるのかと思った。


 トレーを返却口へ置いてから出ていった。


 最後まで普通だった。


「外へ出ろ」


 背の高い男が彼に言う。


「嫌だ」


「ここに迷惑がかかる」


 それは効いた。


 彼は店内を見る。


 客。

 店員。

 厨房。


 自分が来なければ、この三人は来なかった。


「……俺を追ってきたんだろ」


「そうだ」


「じゃあ俺が出れば」


「待ってください」


 後ろの店員が言った。


 彼は振り返る。


「何」


「お会計、済んでます」


「うん」


「お食事も途中です」


 テーブルを見る。


 バーガーが半分残っている。


「今それ?」


「店内のお客様なので」


 背の高い男が息を吐いた。


「ふざけているのか」


「食べ終わるまで待てってこと?」


「そうは言ってません」


「じゃあ何」


「勝手に連れていく話にはしてません」


 店員はそれだけ言った。


 彼を守る、とも言わなかった。


 外の社会がどうだ、とも言わなかった。


 ただ、店の中で勝手に客を連れていくなと言った。


 昨日、外の水溜まりは直さなかった。


 店内へ入った水だけ拭いた。


 彼はそこまで考えて。


「同じか」


「何がです?」


「何でもない」


 背の高い男がもう一歩出る。


「時間を無駄にするな」


 その手に、小さなケースがあった。


 白い。


 医療用に見える。


 彼は知っている。


 注射器とは少し違う。


 でも、身体に使うものだ。


 小柄な女が入口側へ回る。


 ほとんど人間に見える男が、まだ何もしていない。


 逃げ道を見ている。


 彼は自分の位置を確認した。


 前に三人。


 後ろに店員。


 右にテーブル。


 左に通路。


 外へ出れば、店から離せる。


 ここにいれば、店員が巻き込まれる。


 彼は半歩、入口へ動いた。


 背の高い男も動く。


 店員が言った。


「お客様」


「何」


「忘れ物です」


 紙の袋を差し出された。


 残りのバーガーが入っている。


「今?」


「持って出るなら」


 彼は受け取った。


 温かい。


 馬鹿みたいだった。


 こんなときに。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 背の高い男が、また店員の腕を掴もうとした。


「お前も来い。調べれば」


 そこで。


 彼は入口へ向けていた足を止めた。


 紙袋を持ったまま、振り返った。


 追ってきたのは、自分だった。


 でも。


 今、触られようとしているのは、自分じゃなかった。

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