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第14話 帰り道


「帰れない」


 訓練担当の男が言った。


 彼はバーガーを飲み込んだ。


「何で」


「西側が閉まった」


「また?」


「今日はお前じゃない」


「今日はって何」


「そのままの意味だ」


 男の手には小さな受信機がある。


 短い文が出ていた。


《西側接続口 一時閉鎖》

《地上側設備点検》

《再確認 十五時》


 彼は店の時計を見た。


 十二時四十七分。


「三時間?」


「二時間ちょっとだ」


「長い」


「三時間って言ったのはお前だ」


「だいたい」


「だいたいで道は開かん」


 帰り道がなくなった。


 前なら、別の穴を探した。今はそれをやると、たぶんまた怒られる。


「他は」


「勝手に使える状態じゃない」


「大扉」


「論外」


「研究棟の方」


「確認中」


「じゃあ」


「待つ」


「ここで?」


 男が食べ終わった包み紙を丸めた。


「外で立っててもいいぞ」


 雨が降り始めた。


「ここで」


「そうしろ」


 待つ。


 それだけだった。


 彼は待つのが苦手だった。壊れたものがあれば直せる。運ぶものがあれば運べる。探すものがあれば探せる。


 待つものは、待つしかない。


「何かない?」


「何が」


「やること」


「ない」


「店の手伝い」


「客が勝手に厨房へ入るな」


「椅子直すとか」


「壊れてない」


「壊れてから?」


「店員に任せろ」


「暇」


「知るか」


 訓練担当の男は受信機を見ている。


 彼は席を立った。


「どこ行く」


「水」


「それは行け」


 水を取りに行く。


 昨日の店員がトレーを積んでいた。


「まだいたんですか」


「帰れない」


「追い出してませんよ」


「道が閉まった」


「ああ」


 店員はそれ以上聞かなかった。


「水」


「どうぞ」


「ただ?」


「お水は」


「ここの金なくても?」


「お水は」


 彼はコップへ水を入れた。


「変なの」


「またですか」


「地下だと水の方が面倒なときある」


「へえ」


「聞かないの」


「何をです?」


「地下のこと」


「今、仕事中なので」


「そっか」


 店員はトレーを持って行った。


 彼は水を飲んだ。


 一時を過ぎると、客が減った。


 空いた席を店員が拭く。厨房から油の音が続いている。入口が開けば「いらっしゃいませ」と声がして、閉じ、またしばらくすると開く。


 制服の子供が二人入ってきた。


 片方の頬に、小さな鱗が並んでいる。


「ポテト一個」


「二人で?」


「金ない」


「俺ある」


「じゃあ二個」


「一個でいい」


「足りないって」


「じゃあ二個」


 揉めた末に、結局一個になった。


 二人は窓際へ座り、ポテトを一本ずつ数えながら食べ始める。


 彼はその様子を眺めていた。


「見るな」


 後ろから言われた。


「見てない」


「十三本目だぞ」


「そっちも数えてるじゃん」


 男は受信機から目を上げなかった。


 やがて雨が強くなった。


 道路の端に水が溜まり、店の前を走っていた三人が軒下へ逃げ込んでくる。誰も店には入らない。


 そのうち一人が入口のすぐ横まで寄った。


 店員が扉を開ける。


「そこ、雨落ちますよ」


「え?」


 次の瞬間、屋根の端からまとまった水が落ちた。


「うわっ」


 一歩ずれた場所へ直撃する。


「ほら」


「先に言ってくださいよ!」


「言いました!」


 扉が閉じる。


 店員は戻って、テーブルを拭き始めた。


 彼は立ち上がった。


「外の人、濡れてる」


「雨だからな」


「店員、傘出さない」


「店の人間じゃないだろ」


「でも今、助けた」


「水が落ちるって言っただけだ」


「じゃあ、あの水溜まり」


「市の仕事だ」


「店の前なのに?」


「歩道だ」


 彼は窓の外を見る。


 雨水の中を車が走り、軒下では三人が雨宿りを続けている。誰も店から出て、街を直しには行かない。


 地下なら、水が入ってきたら近くにいる全員で塞ぐ。


「変」


「何が」


「ここ」


「地上全部をこの店が直してたら、バーガー焼く暇ないだろ」


「それはそう」


 そのとき、入口の下から細い水が入ってきた。


「あ」


 店員が気づく。


 別の店員が奥からモップを持ってきた。入口に吸水材を置き、濡れた床を拭き、滑りやすい場所に小さな表示を立てる。


 早い。


 彼は立った。


「手伝う」


「お客様は座っててください」


「でも水」


「店内なので、こっちでやります」


「俺できる」


「知りません」


「できるって」


「滑るので座ってください」


 追い返された。


 彼は座った。


 店員たちは三分で片づけた。


 外の水溜まりは、そのままだった。


「……そこまでなんだ」


「何が」


「店」


 男が彼を見る。


「店は店だろ」


「うん」


 それだけだった。


 二時十二分。


「暇」


「知ってる」


 二時二十六分。


「まだ?」


「時計見ろ」


「見てる」


 二時四十一分。


 彼は紙の割引券を出した。


 さっき使ったので、端に穴が開いている。


「これ、もう使えない?」


 通りかかった店員に聞く。


「一回だけです」


「じゃあゴミ?」


「記念に持って帰ってもいいですよ」


「何の」


「初めてのお買い物?」


「買ったの俺じゃない」


「借りたんでしたっけ」


「返す」


「律儀ですね」


「普通」


「そうですか」


 店員は行った。


 彼は券をポケットへ戻した。


 捨てるほど邪魔でもない。


 二時五十分。


 訓練担当の男が立つ。


「行くぞ」


「まだ十五時じゃない」


「十分かかる」


「だいたい?」


「きっちり」


「じゃあ行く」


 外は小雨になっていた。


 入口で店員が言う。


「ありがとうございました」


 彼は止まる。


「昔の記録」


「はい?」


「今度聞く」


「店長に言っておきます」


「見せてくれる?」


「それは店長次第です」


「分かった」


 扉を開け、外へ出る。


 西側接続口へ着いたのは、三時一分だった。


「一分遅い」


「お前が水溜まり避けたからだ」


「靴濡れる」


「雨だからな」


 扉の表示はまだ赤い。


「開いてない」


「待て」


「また?」


「一分だ」


 三時二分。


 表示が変わった。


《確認済》

《通行可》


「開いた」


「見れば分かる」


 男が認証する。


 扉が開いた。


 地下の空気が流れ出してくる。


 湿っている。狭い。暗い。


 彼は少しだけ肩の力を抜いた。


「帰るぞ」


「うん」


 一歩入って、振り返る。


 道路の向こうにPANDEMONIUM BURGERの看板が見える。


 店の前の水溜まりは、まだ残っていた。


 店は営業していた。


「何してる」


「別に」


 扉が閉じる。


 帰り道は、今度はそこにあった。

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