大体わかるぞ!第二作『ドッペルライアー・ファンタズム』後編
【決戦】
ラキエス・シーシスはマールス・ブロワには及ばない。
善戦虚しく追い詰められ、それでも尚立ち上がるラキエス。
マールスはその足掻きを、抱いた信念諸共愚かと断ずる。
だが、ラキエスはそれを認めない。
「我らの様に命のやり取りをしている訳ではないのだろう。背負ったものなどありはしないかもの。こんな契機でもなければ、大っぴらに口に出されることなどありはしなかった、ささやかな日々の痛みや苦しみ……きっとそうした数多が折り重なって、センバホシミの心を苛んだのだろう」
「到底理解は出来んがな。全く、子供じみた瑣——」
「それを瑣末とは言わせん‼︎‼︎」
生まれた悪性は確かに、仙波星翠の内にあったもの。
だが同時に、それらから友を守ろうとラキエス達を生み出した善性も、同じ心から湧き出たもの。
『テサウル国物語』を参照しただけの虚構。
だが受け取った者の心に遺ったものがあった。
読み解いた者の心に響いた言葉があった。
ならば、応えたい。
少女の愛した幻想世界は、彼女の住まう現実を塗り潰す澱などではないのだと。誇らしく思われていた自分達は、確かに誇るに足る存在であったのだと。
及ばずとも。届かずとも。
センバホシミの抱いた夢は、夢のまま。
この先の彼女の生涯を照らす灯りで在り続けると。
最後の一撃が放たれる、正にその時。
雷翼竜がラキエスとマールスを分断する様に横断し、着陸した。その背に、逆理の徒・花蕗静を乗せて。
「——助けに来たぜ、ラキエス」
——————
紛い物でいい。
非実存で構わない。
幻想と現実に隔てられた憧れと友愛は、この一合のみ、確かに手を取り合った。
『パラドクス』と自身の右腕をブラフとして、誘い込んだ接近戦。ラキエスの助けを借りて生まれたただ一度の隙を突いて武器奪取に成功した静。その刹那を狙い澄ました、ラキエスの『飛行』魔法。
勝利する必要はない。
仙波星翠を救出している間、手出しの出来ないところに追いやるだけでいい。
静とラキエスが選んだ手段は、徒手空拳のマールス・ブロワを物理的に遥か遠方まで吹き飛ばすという力技であった。
策とも呼べない丁半博打の末、目論見を達成した二人は、軽口と共に、束の間の休息を取る。
マールスが仕掛けた、最後の罠には気付けずに。
【私は確かに、此処に居た】
奪取される寸前に起動された、魔導兵器『破禄の大葬』。遠隔での刺突が、静を襲う。
そしてその切先は、一瞬早くその存在に気付き、静を庇ったラキエスの腹部に深々と突き刺さった。
本当に、最後の攻撃が終わった。
その一撃は、ラキエスの肉体に取り返しのつかない深傷を負わせていた。
腹部に開いた大穴。
損壊し切った臓腑。
筆舌に尽くし難い、多量の出血。
回復魔法を発動させる事で、辛うじて即死こそ免れていたものの、ただそれだけ。ラキエスの絶命は、誰の目にも明らかだった。
自らの死を悟ったラキエスは、最後の力を振り絞り、傷付いた静の治療を開始する。
「私の、人生、最期の魔法だ——ありがたーく、受け取ると、良い——」
その行為を、静は止めることが出来なかった。
別れの間際。
もう叶わない、幾つかの軽口の果て。
ラキエスが大粒の涙を溢した。
——————
「私は〝ラキエス・シーシス〟ではない。選び取った真実は揺るがぬと言い聞かせてきたけれど。何者でもないまま、何者であるという証明も持てぬまま朽ち果てて、誰からも忘れ去られて、結局〝私〟が此処に居たことすら世界中からなかったみたいに扱われるのが、怖い。怖い、怖い……っ‼︎」
死をも恐れぬ幻想の賢人。そんな彼女が胸に宿した、身を裂かれる様な激しい恐怖。
その手を、花蕗静が強く握る。
「世界中がアンタを忘れても、俺が覚えてる。世の中の全部が、アンタなんか居なかったって宣うんなら、その中心まで出向いてってアンタが居たんだって吠えてやる。何者もクソもねーよ……アンタは俺のダチだ」
決して忘れないと。
生涯に渡って覚えていると。
ただ一つの約束だけを残して、別れは訪れた。
【仙波星翠のパラドックス】
静と別れた抄帷と『名無し』が、城内の玉座の間で女王デケムと対峙する。
異次元の天上兵器を操るデケムへの対抗策として抄帷が選んだのは、言葉。『名無し』の魔法……他者の心に直接語りかける意思疎通の超能を以て、仙波星翠の深層心理へと語りかける。
——————
何者にもなれない。
秀でた才能も、価値も無い。そんな自分が嫌で、変わろうともがいて、結局変われなくて。そんな辛さを『誰かに案じて貰った』なんて後ろ暗い愉悦で慰めていた、愚かな自分。
もう二度と立ち上がれないと嘆く、仙波星翠。
吐露された痛みを認めた上でただ一つ、抄帷は彼女の弱さだけを否定する。
「見知らぬ誰かの為じゃない。花蕗静への憧れでもない。今ここに居る私が、私自身のために、仙波さんの力になりたい。だからもう一度——あと一度だけ、力を貸してほしい——だって、私は知ってるから……あなたはもう何度も、顔を上げている。倒れても、何度でも立ち上がってる。もう二度となんて嘘だって、私は知ってるから」
その気になれば、いつでも殺せた。
にも関わらず、静も抄帷も未だ生きている。
ラキエスや『名無し』は勿論、デケムやマールスですら。仙波星翠の無意識が、友を手にかけることを拒み続けていた。
自我と実存を取り戻した星翠は、遂に己の『パラドクス』……そして自らが生み出した虚構の実存・女王デケムと真っ向から向き合う。
【ドッペルライアー・ファンタズム】
抄帷達の協力を得て、星翠は女王デケムの封印に成功する。
消滅の間際。未だ機能を残していた『名無し』の意思疎通の魔法が、星翠とデケムの心を繋ぐ。
——————
デケムは言う。
仙波星翠は唯一無二にはなれない。
その才能も、人格も。幾らでも換えの効く程度でしかない。
『———だからお前は、私になりたかったのでしょう?』
美しく可憐で、気高く奔放。
誰に疎まれても、傷つけられても決して揺るがない。
何者にもなれない伽藍堂の夢見た幻想。
いつからか、愛した物語でさえ、自らを否定する棘の様に感じていた。漠然とした閉塞感と鬱屈に苛まれ、好きだったものを嫌いだと、諦めてしまっていた。その果てに、何者かになどなれる訳もないのに。
デケムは言う。
それでも再び立ち上がり進むなら、その生涯は地獄かもしれない。誰もお前を助けられないその時、お前はどうするのか。
「———貴女たちが、いるよ——!
嫌いだなんて嘘だよ。好きじゃなくなったなんて嘘だよ。皆の物語は今でも、これからもずっと。ずっとずっとずっと、ずっと!大好きだから!大好きだから、だから——
ありがとう、ごめんね」
何者になれなくとも。
価値がなくても。
意味が、なくても。
「私、頑張るから!貴女みたいにはなれなくても!誰かみたいじゃなくても!私には価値があるんだって、意味があるんだって!たとえ嘘でも、ずっと言い張り続けてみせるから!そんな人間に、なってみせるから‼︎‼︎」
憧れていた幻想の女王に、確かな決意と別れを告げる。
女王デケムは、光となって消えていった。
【蒼穹の汀、星翠の微睡】
『名無し』に別れを告げ、『パラドクス』を解除する星翠。
そんな二人の前に、静達が弾き飛ばしたはずの『マールス・ブロワ』……否、その器を満たした負の感情の亡霊が現れる。
強制中断された『パラドクス』の解除。
崩落する幻想世界の只中、亡霊が星翠達へと襲いかかる。
絶体絶命の窮地に、仙波星翠は決然と立ち向かう。
「抄帷ちゃん!私の後ろに!」
何も選べなかった、弱いばかりの少女はもう居ない。
そこに居るのは、数多の解釈と物語によって現実を超越する逆説の能力者。
女王デケムの光の柱を操る、幻想世界の創造主。
そんな彼女の心に呼応する様に、花蕗静が場に召喚される。
静・抄帷の力を借りながら、仙波星翠は幻想の剣を振るう。
——————
「『十六小渡る翁、八獄統べる八逆、七天貫く審判の楔。
夜の帳、静の先。捧げるは我が心、欲するは安寧の籠。
暗澹照らす燦然を、契約の下、今こそ此処に示せ』」
——応えたい。
私の為にずっと闘ってくれた友に。
支え続けてくれていた、かけがえの無い二人に。
私を救ってくれた、私の愛した物語に。
——応えるんだ、私が‼︎‼︎
「『隔てるを払い、遮るを明ける。名を——』」
——名を、汀の聖剣。
その光は、別離の灯火。
互いに離れ難く、けれども交じり合うことのない——それでも永く、共に歩み続ける現実と幻想を分つ、境界の楔。
【家路】
幻想世界は掻き消え、現実が舞い戻る。
時間の流れが違っていたらしい。
星翠達の戦いは、現実では数分に満たない出来事であった。
階下には静と抄帷。
朝から買い物で出掛けており、丁度帰宅した月波と陽夏と鉢合わせた二人は、朝食をご馳走になる事に。
戻ってきた日常の中、静と抄帷が冗談めかして陽夏に告げる。
——————
「そいや陽夏。おもしれーネタがひとつあんだけどよ、ことのついでに聞いてくか?都市伝説絡みの奴な」
「ええー……また超能力者みたいな話ですか?あれだって結局、眉唾だったじゃないですかー……」
「馬っ鹿テメー、今度のはもっとぶったまげな話だぜ。とびきり荒唐無稽で、ガタガタ震えちまう様な代物よ」
「あぁ、それなら私も知ってるよ。今一番、最新のお話なんだけどね——」
——————仙波星翠は、実は魔法使いだった。




