大体わかるぞ!第二作『ドッペルライアー・ファンタズム』前編
リビングの日めくりカレンダーは、記憶に無い日付を示していた。
【ドッペルゲンガーと『何でも屋まがい』】
夏休み明け。
女子高生・仙波星翠は自室に現れる、自らと同じ姿形をした影……ドッペルゲンガーに悩まされていた。
ある日の昼食時、話の流れで友人の結立灯と合掌抄帷にその事実を打ち明けながらも、実害がない事を根拠に、星翠は平静を装う。
その日の帰り際。
星翠を呼び止めた合掌抄帷は、ドッペルゲンガーについての調査を申し出る。
抄帷に促され二人が訪ねたのは、校内で問題児として名高い少年・花蕗静。
謝礼を求めることなく、困り果てた人々の為に奔走する。
抄帷と静は校内において『何でも屋まがい』と噂されていた。
【『テサウル国物語』と文学少女】
抄帷からの救援要請を承諾した静を引き連れ、三人は星翠の自宅へ。
星翠の母、月波に歓迎された後、抄帷と静は星翠の自室へと立ち入る。
難航する原因追究。沈み込みそうな空気を祓うように、静は一年程前の文芸コンクールの話題を口にする。
仙波星翠には、全国学生文芸コンクールで優秀賞を獲った過去があった。学校での朝礼で表彰された、一年前の出来事を静は正確に記憶していた。
「こーんな真面目そうでひょろっこい奴が、誰からも評価される結果を残すってとこまでに、一体どんだけ努力を積んだんだろーなー、ってな……要は〝すげー奴〟なんだな、って話だよ」
自分以外にも該当者はおり、賞賛に値するほどの話では無いと、知らず切り捨てていた自らの過去を、花蕗静は捻くれた言葉で……けれども真っ直ぐに賞賛した。
暗礁に乗り上げてしまった調査を明日以降に持ち越す事を決めた静は、続け様に話を振る。
数多の本が所蔵された部屋の中で、一際目立つ形で飾られたハードカバー。
一九五〇年代に刊行された海外ファンタジー小説、『テサウル国物語』。星翠が幼少期から愛してやまない、古き王国の物語。
名を奪われた王子が、仲間達と共に祖国を取り戻す物語。
その内容を嬉しそうに、静達に語る星翠。
【超能力者】
月波からの誘いを受ける形で、静と抄帷は仙波宅で夕食をとることになった。星翠の弟、中学生の陽夏を交えた五人の団欒。
会話の中で星翠は、静と抄帷の二人が出会ってから未だ一年程度しか経っていないという事を知る。
打ち解け始めたと思いながら……どうしても立ち入れぬ、二人の強固な絆を前に、疎外感を星翠は感じていた。
話題は変わり、陽夏の学校での流行へ。
「今話題なのは鎖の怪人とか、話題になってるドッペルゲンガー——それに『明石真』、とか」
身に覚えのあるワードの列挙に、イタズラっぽい顔を向けたのは抄帷であった。
「都市伝説ならひとつ、私も知ってるよ、陽夏君——『花蕗静は超能力者』……っていうのはどう?」
【羨望と劣等】
夕食後、明日分の買い出しを請け負った三人は近所のドラッグストアへ。買い物の最中、星翠は二人の出会いについて尋ねる。
暗く沈んだ顔と声色で、「大きな借りを作ったのがキッカケ」と口にする抄帷。だが、静はこの言葉をやはり一蹴する。
「キッカケも、時間も。大した問題じゃねーし、気にする様な話でもねぇ。気に入らねーならつるまねーし、つるんでるってんなら——ま、そういうこったろ」
人付き合いの不得手な星翠にとって、それは喉から手が出るほど望んでやまない、他者との関係性そのものであった。
ドラッグストアからの帰り道。
静は星翠に、小説家を目指しているのかと問う。
星翠はこれを否定する。
「んー……色々、かなぁ。才能みたいなのもそうだし、実際にそれを仕事にした時の……将来の安定とかを考えると、あまり現実的じゃないのかなって」
諦めた少女にとって、奔放ながらも芯を持った静と抄帷は間違いなく羨望の対象だった。星翠から向けられていた感情、これに気付いていた静は、なんでも無いことのように言葉を吐く。
「経験がねーもんでな、想像でしか物言えねーけどよ。誰かと競う様に出来てる枠組みの中で戦わなきゃなんねーと来りゃ、どうしたって自分と周りを見比べちまうだろって話でよ。てめぇに見切りを付けるってのも御立派な一つの才能だろーよ……なにがどう捻じ曲がったのか知らねーけどよ。悪ぃが俺はアンタから熱視線浴びるに足るほど碌な男じゃねーし、てめぇ自身で見限る程、アンタは捨てたもんじゃねーと思うぜ」
諦める事の肯定ではなく。諦める事を選んだならば、それにも価値はあったのではないか。諦めた事に後ろめたさを感じ続けていた星翠にとって、余りにも心に響く言葉だった。
——————
少しずつ心の距離を縮めていく星翠達。
そんな三人の前に突如、『黒鉄の鎧騎士』が現れた。
【超能対超然】
二メートルを超える巨躯。
全身に纏った重厚な鎧。
はためく漆黒の外套。
半身を覆う程の巨大な盾。
そして、それすらゆうに超える、長大な赤槍。
およそ人のものとは思えぬ膂力を以って、黒鉄の騎士が駆ける。その手に携えられた赤い槍による突撃が三人を襲う。
「その娘を置いて、立ち去れ」
間一髪、槍による一撃を回避した三人に向けて、騎士が言い放つ。その狙いは——仙波星翠。
理由もわからないまましかし、理不尽な暴力に対して抗う術はない。
「——お断りだ、間抜け」
脳裏を掠めた諦観を、花蕗静が握り潰す。
再び振るわれる剛腕。
紅き流星の如き刺突は、常人には到底不可避。
『故に、迎撃可能である』。
花蕗静の左拳が、紅き槍を撃ち落とす。
『パラドクス』を宿す〝超能〟花蕗静と、〝超然〟黒鉄の騎士の闘いが幕を開ける。
【持たざる者——それぞれの決着】
殿を静に任せ、星翠を連れて逃走する抄帷。
そんな二人を待ち受けていたのは異形……小鬼の軍勢であった。
「特別な何かがないから何も出来ませんでした、という訳にはいかないんだ。痛くしてごめんね」
斥候の一体を、護身術を用いて制圧する抄帷。
だが、襲い掛かってくる軍勢全てを退ける力は彼女にはない。
逃亡の末。仙波宅の前に差し掛かったその時、星翠の脳裏を、家族・友人と囲んだ暖かな食卓が過ぎった。
その刹那、小鬼の軍勢はその姿を消した。
時を同じくして、静が交戦していた黒騎士もまた、姿を眩ませていた。
【朝ぼらけの空】
突然の強襲から一夜明け。星翠は、静と抄帷が夜通し自宅前で見張りをしていた事を知る。申し訳なさに言葉を失う彼女を気遣いながら、抄帷は時間を改めて集まる約束を取り付ける。
数時間後、近所の喫茶店で落ち合った三人。
抄帷は星翠に自らが知る世界の真実、その一端……『パラドクス』と呼ばれる異能についての話をする。
逆理を以て現実を塗り替える、逆説の異能。
かつて自らが『パラドクス能力者』に命を狙われた経験を踏まえ、抄帷は現出した騎士と小鬼を『パラドクス』によるものだと推理する。
加えて抄帷は、現れた脅威……黒鉄の騎士が『テサウル国物語』に登場する最強の騎士『マールス・ブロワ』を模していたことから、『仙波星翠を知る何者か』が犯人である可能性を示唆する。
心理的に追い詰められる星翠へと向けて、花蕗静が笑う。
「肩の力入れて気張ってばかりってのも柄じゃねー。思い悩むよか先に、もうちょい建設的な検討の一つもしようじゃねーか」
「……建設的、というと?」
「そりゃ勿論、軍神様の弱点探しよ」
仙波星翠の愛した幻想の似姿。
その攻略の糸口を探すべく、静と抄帷は星翠の記憶を頼った。




