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大体わかるぞ!第一作『望遠のパラドクス』後編

【異界再び】

再び現れた男。

紙袋ではなく、目出し帽を被った奇怪な出で立ち。

男は明確に、静達に敵意を向ける。

 

非能力者である小理を逃し、静は男と対峙する。

能力の規模で勝る『鎖のパラドクス』を掻い潜り、紙一重でその身を拘束する事に成功する。


「……私のなんだ。私の手元に……私の……」


組み伏せられたまま、呪詛の様に呟かれる言葉に苛立った静が、目出し帽を剥ぎ取る。


——男の顔は、人の形をしていなかった。

無数の鎖が絡まり、蠢く。それは、人の形をしただけの、真性の人外であった。


四方に爆散する鎖。中心から周囲へと放たれた、自爆めいた一斉攻撃はしかし、救援に駆け付けた阿島京介によって粉砕された。


【亡霊の逆理】

異界を脱出した静のもとに、稔から連絡が入る。

有力な犯人候補として挙げられた男。

名を『菅野友尚《すがのともひさ》』。


表向きはパン屋の主人として暮らしながら、未成年の少女に対して盗撮行為を繰り返し、やがてこれが露呈……妻子は彼のもとを去っていた。


醜悪な嗜好、歪な自我。

『鎖のパラドクス』から逆算された人物像を満たしながらしかし、彼を今回の一連の犯人と断定するには大きな問題が残されていた。


菅野は数ヶ月前、自死している。故人だったのだ。


抄帷が戦慄する。

彼女は『痣』が現れる前日、家族から頼まれ、あるパン屋に足を運んでいた。

店の名はサンセッテ。

菅野が営んでいたパン屋であり、既に廃墟と化している筈の場所だった。


犯人は、現実に属する異常者ではなかった。

既にその命を落とした亡霊の妄執こそ、合掌抄帷を付け狙う悪意の正体であった。


亡霊は廃墟に。

今は伽藍堂と化した自らの店を異界として復元し、少女達を呼び込む。誘い込まれた者にのみ刻まれる——『痣』は異界に立ち入った印であった。


サンセッテの場所を突き止めた京介と小理が現地に赴く。

そこには、虚ろな人形と化した『菅野友尚』がいた。

菅野は周囲を巻き込みながら、京介へと攻撃を開始する。

だが、京介が対峙していたのはデコイ……本体たる『亡霊』は既にその場を離れ、逃亡を図っていた。


京介が取るべき道はただ一つ。

即時サンセッテを離れ、逃亡した『本体』を叩く。

だがその為には攻撃を継続するデコイを捨て置く必要がある。


目の前の被害と、未来の被害。

選び取れるのは、ただ一つ。


それを拒んだのは、花蕗静だった。


【望遠】

時は少し遡り。

京介達がサンセッテに立ち入った、ちょうどその頃。

 

京介と小理に待機を命じられた静と抄帷は、二人揃って公園で放心していた。


「アンタってさ、自分に興味ない感じ?」

 

弛緩した空気の中。

静は長く抱いていた疑問を抄帷にぶつける。

それは言葉にされることのなかった、合掌抄帷の真実。


生まれてからずっと、自分を大切に出来ずにいた。

だから本当は、自分がどうなっても構わなかった。

ただそれは、人間としてはおかしい気がして。

ただそれだけで、彼女は花蕗静に助けを求めた。


「自分を大事に……大切に思えないのは、やっぱり〝人間〟としておかしいのかな」


抄帷は問う。

思い悩み続けた、積年の違和感。

それを花蕗静は、


「いや、知らん。後、主語がでけぇ」


あっさりと一蹴した。


【岐路】

通話越しに情報共有を済ませた後。

京介は最後の選択を静に委ねた。


自らがデコイを足止めしている間に、逃亡した本体を花蕗静が打倒する。到底現実的とは言えない、甘えも怯えも許さないその信頼にこそ応える為に、花蕗静は立ち上がる。

そして、合掌抄帷もまた、自らの進むべき道を選ぶ。

確信も、信念もない。それでもこのままではいられないという一心が、少女の足を前へと運ぶ。


巻き込まれた訳ではない。

強いられた訳でもない。

それでも。少年少女は今こそ、各々が自らの意思で、逆理の亡霊へと挑む。


【決戦】

阿島京介は一度捕捉した対象を知覚するパラドクスを有していた。そんな彼からの情報を頼りに二人がたどり着いたのは、今や倒壊した廃ビル。奇しくも、二人が最初に『鎖のパラドクス』と遭遇した場所であった。


異界への間口となる、不気味に自立する鎖を掴み、花蕗静は今度こそ自らの意思で異界に侵入する。


対峙した『亡霊』を圧倒する静。

優勢に戦闘を進めていたその最中、『鎖』が周囲へと向けて無差別に放たれる。

それらの攻撃は、あらゆる敵意を迎撃する静のパラドクスの前では意味を為さない。勝負を決する為、肉薄する静。

その眼前に、現実世界で待機していた筈の抄帷の姿が現れる。


劣勢を察した亡霊がとったのは、合掌抄帷を盾にするという、非人道的な策だった。

能力によって迎撃を行えば抄帷を傷付ける。

止むを得ず、静はパラドクスを解除する。

抱き止めた少女と共に、少年は地に撃ち落とされた。


【今際】

血が流れる。

鎖の攻撃による開放骨折。静の右腕から鮮血が溢れる。

既に重体の身である静を、鎖による追撃が襲う。


凄惨なその姿を目の当たりにして、抄帷の無表情が崩れる。


「——あなたの目的は私ですよね。私のことは好きにしていいです。だからこれ以上、もうこれ以上彼に危害を加えないでください。お願いします、お願いします——」


その懇願を拒んだのは、誰あろう花蕗静自身だった。


亡霊の見せた一瞬の隙を突き、抄帷を連れて一時退避する。

だが、その体は既に満足に駆ける事すらままならない惨憺たる有様であった。


「——もう、いいよ」

抄帷が小さく笑った。

「私のせいっていうのは、別に今この瞬間だけじゃなくて。最初からここまでずっと、私のせいで色んな人に迷惑をかけて、花蕗君にも大怪我させて。だから、ありがとう。もういいよ、ごめんね。ごめんなさい——」


その謝罪を、花蕗静は許さなかった。

 

「俺が未だ、卓に残ってるのに!アンタが勝手に、アンタを諦めてんじゃねぇよ‼︎」


満身創痍のまま。

血と埃にまみれた顔で、それでも。


「アンタが俺のとこに来てから、今この瞬間まで! アンタが悪かったことなんざ一度もなかったし、アンタが謝んなきゃなんねーことなんざひとつもなかった‼︎ だから、中途半端で、アンタが勝手にアンタを、投げ出すんじゃねぇ‼︎」


【夜の抄帷、静の先】

再びの鎖の強襲。静と分断された抄帷に、鎖の亡霊が迫る。

その窮地の中で、抄帷は己を恥じていた。


私が犠牲になれば。

私なんかどうなっても。


自分のことなど大事では無いといいながら、考えているのは自分のことばかり。


「——冗談じゃない」


見知らぬ誰かを救う。そんな生き方をしてみたいと思った。そうやって生きた先に、こんな自分でも居ていいと思える場所があるのかを知りたくなった。だから今こそ。今だからこそ。

 

「——静ぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」


 私を、助けて。


「——んなでけぇ声じゃなくても、聞こえるってんだよ」


【決着】

矢面に立つ抄帷。

鎖による全ての攻撃は、その後方に控える静へと誘導される。

ならば、届かない。

全ての鎖は花蕗静の逆理に阻まれ、撃ち落とされる。

そうして生まれた隙に繰り出された、決着の一撃。


フライング・ヘッド・シザーズ。


頭部を寸断された亡霊は、砂のように散り、消えていった。

長く続いた逆説の戦いは、ここに幕を閉じた。


【跋文】

得難い信頼と絆を結んだ静と抄帷。

その一方、菅野の亡霊によって攫われた他の少女達の行方は結局分からずじまい。菅野自身の望みも、最早確かめる術はない。


事件は収束し、合掌抄帷は解放された。

だが、救われなかったものもまた、多くあった。


【望遠のパラドクス】


巡った先の、いつか。

一人の少女が、合掌抄帷のもとを訪ねる。

家族や友人にはし辛い、奇妙な相談を抱えているという少女。そんな彼女に、抄帷ははっきりと言い切った。



「貴女は、相談する相手を間違えなかった」



——————

それは、一人の少女の物語。

 

無力で非力な少女のまま。それでも、狂気の亡霊を打倒した、一人の少女——合掌抄帷は、小さく笑った。

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