旅立ち
最後の街、ガレス。魔王城の近郊に建設されたこの街は、外の世界を拒絶するように聳え立つ重厚な外壁に囲まれていた。最低限の設備のみ設置され、そのすべては装飾を削ぎ落とした無骨な金属作りである。
その数少ない建物の中で、唯一の酒場。本来はコロウス討伐のためにプレイヤーが集う場所だ。しかし今は裏ボス攻略の拠点として利用されており、多くのプレイヤーで賑わっている。
そんな喧騒のなかに、見慣れた三人の姿があった。彼らは店の隅にある円形のテーブルを囲んで座っている。
「なぁ、大丈夫なのか。ラスボスがこんな所にいて」
並々と注がれたビールを片手に、ベルゼバブが顔を顰める。
「大丈夫だろ。ちゃんと扉にメンテナンス中のメッセージも貼って来たしさ……それよりこれがビールか、はじめてだな」
申し訳程度にフードを被って顔を隠したコロウスは、両手をテーブルに乗せて、下から覗き込むようにしてビールをまじまじと見ていた。
「いや、そういう問題ではなくて……」
そのベルゼバブの言葉すら届いていない。
コロウスにとっては、そんな戯言より、今は目の前にあるビールが第一優先であったのだ。彼はは恐る恐る口をグラスへと近付けて――ビールを口に運んだ。
直後、彼の頭上にメッセージが表示された。
『GUARD』
「ん? ベルゼバブ君、これはなんだ」
そのメッセージに視線を送りながら尋ねた。
「あぁ、ラスボス耐性だな。ビールはこの世界だとアイテムの一種だからな。見てろよ」
そう言うなり、ベルゼバブも手に持っていたビールを喉に流し込んだ。すると、コロウスとは別のメッセージが頭上に現れた。
『攻撃力上昇 600秒間』
「ほら、普通はこうなるんだよ。ただコロウスさんはラスボスだから、一切のアイテムは効かないようになってる」
「おぉ! アイテムが効かない俺は特別ってことか」
「コロウス様、流石でございます」
目を輝かせながら会話する二人をよそに、ベルゼバブは割って入る。
「逆だ。……はぁ、ますます大変だぞ」
「どういうことだ」
「つまり、コロウスさんはアイテムを使えない。つまり強制的な縛りプレイをしなくちゃいけないんだ」
「なぁんだと! しまった、俺としたことが強すぎるための試練なのか」
「いや、コロウスさんは今のエデファンだと強くないから……」
容赦のない本音の言葉。
コロウスの動きが完全に停止する。
「ベルゼバブ様! 事実でも言って良いことと悪いことがあります!」
ガタッと椅子を引いて詰め寄るバルバトスに、ベルゼバブは両手を振って「ごめんごめん!」と苦笑いした。
気を取り直すように、コロウスが身を乗り出す。
「ところでベルゼバブ君。今一番の裏ボスは何なんだ?」
「一番って言ったらミーナ・ゴールド・シーだな。俺を含め、重課金プレイヤーは誰も勝てていない」
テーブルを強く叩くと、まだなみなみと入っていたバルバトスのビールが衝撃によって溢れた。
「そんなに強いのか、そのミーナってやつは?」
「ああ。奴には行動パターンが存在しない。挑むたびにアルゴリズムが変わるんだ。ガチのテンプレ最強編成で行っても、無意味なんだ」
それを聞いたコロウスは、体を小刻みに震わせると立ち上がる。右足を椅子の上に乗せて、酒場の入口を指し示す。
そして、腹の底から大見栄を切った。
「面白い! だったらその最強の裏ボスとやらを倒して、エデファンの真のボスがこの俺であることを知らしめてくれるわー!」
酒場中の視線がコロウスに集中する。
シン――と静まり返った。
その沈黙を破るように、バルバトスだけの拍手が鳴り響く。
「あれって、ベルゼバブじゃね」
「何あのパーティー、職業に小鬼の選択ってあったっけ」
「あの叫んだやつの鎧。コロウスの鎧だろ。そんな装備ってドロップしたっけ」
(やべっ!)
周囲の空気を察して、ベルゼバブがテーブルの上に乗って手を広げ、皆に喋りかける。
「すげーだろ! 開発者から俺に協力依頼が来てよ。これはベータテスト中でな、今後実装予定だけど、今は内緒な」
バーチャル空間では平然としているベルゼバブだったが、その内心は穏やかではなかった。現実空間であれば、嘘とバレるほどの冷や汗が出ていたことであろう。
「なーんだ。そういうことか」
「まぁ、ベルゼバブなら有名人だしな。そりゃ声かかるよな」
「分かったよ! 皆、内緒にしとこーぜ」
小人のスキンをした男が意気揚々と大声をあげた。
「すまんな、ありがとう」
皆に手を振って頭を下げたベルゼバブは、再度椅子へと腰掛け――見栄を切ったままのコロウスに向かって耳打ちをする。
「(コロウスさん、あんま目立つことするなよ。バレると大変だぜ)」
「(すまん、助かったぜ、ありがとうな)」
ポーズを解除したコロウスは、席に着くなり身を乗り出して、興味津々に尋ねる。
「で、ミーナってのはどこにいるんだ」
「慌てるな。ミーナと戦うには、今アプデで追加された十二人の裏ボスを倒さないといけない。そのためにもまずはパーティメンバー募集とレベル上げだな」
「なるほど……どうすれば良いんだ?」
「ベルゼバブ様。私たちにも分かるように教えて下さい」
やれやれといった具合でため息を吐き出すベルゼバブは、「ちょっと待ってな」と言うと、微動だにせずボソボソと独り言を呟く。
「えっ、ちゃんとステータス画面あるじゃん……コロウスの癖に結構良いステしてるじゃん……パーティの募集も……出来る……良し」
(コロウスの癖に……)
「今、あんた達にパーティ募集送ったから、画面見てみてくれ」
「ベルゼバブ君!」
「あっ! 分かってるよ、俺と組まないってことだろ! これはやり方の説明だけだから」
「違う! 画面ってどうやって見るんだ……」
「そっか! あんた達、こっちの世界の人だもんな。どーすっかなー」
「ベルゼバブ様。これで良いのでは」
横にいたバルバトスが鎧の中からリモコンを取り出すと、次に赤いボタンを押した。そこには玉座の間で見たホログラムが映し出された。
その中から『START』を選択すると、別の選択肢が表示される。
『STATUS』
『SKILL』
『ITEMS』
『MESSAGE』
「それそれ。でもすげぇなそれ、『START』から一気にメニュー画面表示になるのな。じゃあ、そこの『MESSAGE』を押してみてくれ」
「これでございますね」
バルバトスは言われたままに『MESSAGE』を選択した。
「――ベルゼバブ様から、ステータス情報と共に招待が来てますね。それに承認か拒否かと」
「そうそう、そんな感じでパーティに誘うんだ。こっちの情報も送られるから、それで組むかどうかを判断するってわけ」
「なるほどでございます。ありがとうございます」
「後は実戦だな。じゃあ早速、誰かパーティに誘ってみようぜ」




