第二十話 いろんな静寂
ガレスの街へ戻って来た一行は、足早に酒場へ向かった。
プレイヤー同士の交流でいつも賑わい、席を見つけるのも一苦労、それがいつものガレスの酒場――の筈だった。不思議なことに、今の酒場にはコロウス達を除けば、プレイヤーは数える程しかいない。そこにいるプレイヤー達も言葉を発することなく、ただ呆然しているだけであった。
「やぁ、ベルゼバブ。あなたも早くログアウトした方がいいよー」
少女のようにあどけない声で語りかけて来たのは、後ろで一つ括った白髪と尖った耳が特徴的な精霊人。白い装束の上に羽織った緑のマントを椅子からはみ出すようにして、カウンター席に座っている。小柄なせいか、足は地面まで届いておらず、空中でぶらぶらとさせている。
「マイリスか。……これは何があったんだ」
ベルゼバブが呼んだマイリス――彼女もまたベルゼバブと肩を並べる熟練プレイヤーだ。二人の付き合いは長く、何度もパーティを組んで裏ボス討伐を行なって来た。
「そう、今話題になってるよー。ボスに倒されたらログアウト出来ないってー」
椅子からくるりと一行の方へと振り向く。大きな緑色の瞳、頬に薄く塗られた赤いチーク、そして、おまけのように存在している小さな口。その愛らしい顔立ちは、どこかあざとさすら感じさせた。
「おー! 誰だ、誰だ! この可愛い小娘は?」
コロウスが鼻の下を伸ばしながら、にやにやとマイリスと呼ばれた少女に近づく。
「いやぁぁぁああ! 変態ー!」
――水平一閃。
パチーン、といった凄まじい衝撃音が酒場に広がる。
よろめくコロウス。その右頬にはしっかりと手の跡が残っていた。不意打ちを喰らったその身体はゆっくりと地面に倒れた。
「コロウス様。大丈夫ですか」
颯爽と近づくバルバトスに気付いたコロウスは、「あぁ、問題ない」と言って、身体を起こしてその場に座り込む。
(痛ったー! パチーン、てなりましたけど。パチーン、て。初対面の人にすることですか)
「ベルゼバブ君。その小娘……いや、お嬢さんが誰か教えてくれるかね」
片膝を立て、その膝に肘を乗せる。顎に手を当て、何事もなかったかのように咳払いをした。
「彼女はマイリス。今まで何度もパーティを組んできた、かなりの手練れだぜ」
「なるほど」
何かを考えるように、顎に当てられた手が右頬へと移動する。
(……うん、なら納得。ベルゼバブ君と同じぐらい強いなら、そりゃ痛いわ)
「で、どうして……お嬢様はここにいるんだ? ログアウトすべきじゃないか?」
「そうなんだけど、ここって人がよく集まるでしょー。知らない人もいるかもしれないし、可愛くて優しい私が教えてあげよかなーと思って」
マイリスは首を右斜めに傾げて、人差し指を口の先に当てる。
「ところで、その人はだぁれ?」
彼女が指差した先、そこにはカルテットの姿があった。
「あ、ぼ、僕ですか僕カルテット。……で――」
「そうだった! その話を聞きたいんだった!」
カルテットの話を区切るように、ベルゼバブが声を上げる。
「……とりあえず、立ち話もあれだ。どっかに座ろう。……コロウスさんは座ってるけど」
(感じる、感じるぞ。ベルゼバブ君の冷たい視線を)
「座っているのではない。あのー、えーっと、カッコつけているのだ!」
――その場が静まり返った。
「……あ、あっちだったら皆座れそうよ」
ササキが何事もなかったかのように、遠くの丸テーブルを指差す。
「ササキさんだー。久し振りだねー」
「あれ、マイリスってササキと会ったことあったっけ?」
「と、トッププレイヤーばっかりで凄い。……です」
(うん、分かるよ、無視したい気持ち。でもここまで完璧に無視されると、元ラスボスでNPCでも普通にメンタルにくるよ?)
「コロウス様。床が冷とうございます、行きましょう」
「……バルちゃん。お前だけが俺の癒やしだ」
カルテットの背中を見つめながら、コロウスは思う。
――何故だろう。これからカルテットが語ろうとしていること、それは自分にも関わりがあるのではないか。そう思えてならなかった。




