第十九話 収束
裂かれたモエンの身体から放たれた炎は、一点へと収束する。小さな球体。だが、その中には書斎を焼き払うほどの熱量が凝縮されていた。
「ベルゼバブ君、これが例のやつか」
「あぁ、まさか本当になるとはな」
【知識・炎崩壊】、モエンの最終奥義。
それは一種のチート対策スキルだった。システム異常などの不正を検知した際、自動的に発動する最後の切り札。エデファンに存在するボスの中でも、その凶悪さは群を抜いていた。
耐性すら貫く即死効果はもちろん、防具や所持アイテムまでも強制的に破壊する。プレイヤーにとって、最悪の敗北を突き付けるスキルだった。
――凝縮された炎の球体が徐々に膨らみ始める。
「ベルゼバブ君。約束だ。必ず成功させろよ」
コロウスに迷いはなかった。
球体へと一目散に走ると――その身で球体を覆った。
「……ぐぅ」
その身を呈して球体を押さえ込む。膨らみはわずかに鈍った。
だが、圧倒的な熱量がコロウスの身体を焼き、HPはみるみる削られていく。
「……な、長くは持たん。ベルゼバブ君……頼むぞ!」
「あぁ」
(ササキはどうだ)
ベルゼバブはササキへと視線を送る。
地面へと突き刺された巨大な斧――呪鬼。その両刃、片刃ずつ両方の手で握り締めるササキ。滴り落ちる血は、まるで鳳凰を描くように広がっていた。
彼女の意識はない。それどころか、白に染まった瞳には生気すらも感じない。ただただ、強大な赤いオーラが彼女を中心として放たれていた。
(……よし)
「虹彩の盾よ、全てを護る虹となれ」
ベルゼバブが唱えた瞬間、砕け散った虹彩の盾の破片が宙へ舞う。
虹色の欠片はカルテットを含む、その場にいる全員の元へ集い、一つ一つが淡い光を放ち始めた。
「【彩成して無】」
それは、守護を告げる言葉であった。
虹色の欠片から溢れた光がプレイヤー達を包み込む。
『Damage Invalid』
僅かな時間、全てを護る。
そのスキルこそが虹彩の盾の本質であった。
「後は仕上げだ」
ベルゼバブは剣を投げ捨て、両手を横にかざした。燃えるような青いエフェクトが沸き上がり――その両手には青い宝玉が顕現された。
「えっ? それは」
バルバトスが声を上げた。
そう、それは彼にとっては嫌な思い出の品。
「あぁ、進化の秘宝だよ。一定時間レベルを上げる代わりに、暴走してしまう品だ」
進化の秘宝を握り締めると、ベルゼバブは静かにササキへと投げ放った。
「ササキのスキル【鬼気爆凰】は厳しい行動制限が伴う。一度発動すれば、誰にも止められない。……もちろん、暴走でもな」
進化の秘宝がササキに触れた、その瞬間だった。
紅きオーラが爆発的に膨れ上がる。
床を染めていた血は鳳凰の紋様を描きながら浮かび上がり、呪鬼へと絡みつく。
次の瞬間、呪鬼は紅蓮の炎に包まれ、その姿を巨大な鳳凰へと変えていた。
「【鬼気爆凰】」
鳳凰が翼を広げる。
ただ、それだけで書斎の壁は音もなく崩れ落ちる。
一声鳴けば、大気が震え、炎が空へと駆け上がる。
それは破滅であり、創生。
すべてを壊し、すべてを無へと還す一撃。
鳳凰はなおも膨れ上がり、書斎を越え、紅の館さえ飲み込むほどの巨躯へと変貌した。
鳳凰はゆっくりと首をもたげた。
虚ろな瞳は、遥か彼方を見つめる。
そして――世界を揺るがす咆哮を放った。
次の瞬間――。
世界は、一筋の白い閃光に呑み込まれた。
光が消え、世界が姿を現す。
紅の館は跡形もなく消え失せていた。
森も、大地も、視界に映るすべてが白く抉り取られている。
そう、彼等以外は……。
「……はっはーは! 死ぬかと思ったぜ」
「コロウス様。ご無事で何よりでございます」
「バブちゃんも無茶するわね。【知識・炎崩壊】発動前に全てを消すなんて」
「上手くいったろ! これがトッププレイヤーの実力よ」
夕日に照らされながら、談笑する面々。
「あ、あれ、ぼ、僕は、な、何を」
辿々しい声の主は、カルテットであった。
焦点の合わない瞳で辺りを見渡すと、無へと化した景色が視界に映り――その表情は凍りついた。震える両手で自分の身体を何度も確かめた。
やがて視線がベルゼバブへ向いた。
「あ、あぁぁぁーー!!」
鼓膜が破れそうなほどの悲鳴が響いた。
「あ、あなたは重課金勇者のべ、ベルゼバブ殿。ぼ、僕を、助けてくれた。……ですね」
「……それで呼ばないでくれる。まぁ、あんたも無事だったか」
「あ、ありがとう!!……ございますです!」
カルテットのその声は、今にも泣きそうに震えていた。
「とりあえず酒場に行こう。そこで何があったか教えてくれ」
「わ、分かった。……です」
一行は安堵と共に生まれた疑問を抱えながら、酒場へと足を進めた。
ただコロウスだけが特別な思いを抱いていたのは……言うまでもないだろう。
(うん、ベルゼバブ君が主人公みたいじゃね。……主人公って俺だったよね……)




