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オーバー風呂?

 ちゃぽん。


 水滴の音がする。


「はぁー、気持ち良いなぁ」

 

 白霧が舞う。白で統一された空間の真ん中には、ぽつりと小さな風呂桶があった。頭に手ぬぐいを乗せて、ボーッとする魔王の姿がそこにあった。


「いやー、オーバーフロー最高! 気持ち良いなぁ」


「あの、コロウス様。こんなので良いんでしょうか?」


 白霧に隠れて小さな風呂桶がもう一つ。そこにはバルバトスの姿があった。すっかりもとの小鬼の姿に戻っている。


「いいんだよ。そもそも、ベルゼバブが悪いんだよ。そりゃあんな人数で使ったら想定外エラー起きるって」


「はぁ」


「それに、オーバーフローだぜ! オーバー、風呂! 何年振りだ!」


 コロウスと呼ばれた魔王は、手でお湯を掬い、自身の逞しい肩へと無邪気に流した。


「バルちゃん、お前助かったじゃねえか。もう少しで袋叩きになるとこだったぜ。バルバトスだけバラバラです。ってか。はっーはっーは」


 口を大きく空けて豪快に笑うコロウスのその笑い声は、虚無な空間では山彦のように反響した。


「私は笑えません」


 バルバトスは不満げに口元まで湯船に沈め、ぶくぶくと泡を立てた。


「すねんなって、ほらっ見てみろよ。今メンテ中だってよ。後一時間はかかりそうだぜ」


 コロウスが指差した先には、虚空に浮かぶ二つのシステムウィンドウがあった。

 片方には、全プレイヤーに一斉送信されているであろう通知が表示されている。


――――――――――――――――――――

20:54

緊急メンテナンスのお知らせ。

処理エラーの為、

ただいま緊急メンテナンス中です。


再開は、22:00を予定しております。

――――――――――――――――――――


 そしてもう一つのウィンドウには、運営たちがリアルタイムで必死に書き換えているのか、生々しいプログラムコードが、滝のように流れ落ちていた。


「だから、ゆっくりしようぜぇ。風呂なんて次いつ入れるか分からねぇしさぁ」


 そう言ってコロウスは、桶の淵に両手をかけて、天井を見上げる。

 天井には何もない、制限もない。ずっとずっと、白が続いているだけだった。


「なぁ、バルバトス」


「なんでしょう?」


「俺たち、いつまでこんなことやらなくちゃならないんだろうなぁ」


 目を閉じて放たれたその言葉には、哀愁がこもっていた。


「嘆いても仕方ありません。それが我々NPCの運命でございますから……」


「世知がねぇな」


 コロウスはそう呟くと、再び白い天井を見上げた。


◇◇◇


――――――――――――――――――――

22:00

緊急メンテナンス終了のお知らせ。

この度はご不便おかけして申し訳ございません。

不具合の修正が完了しました。

お詫びとして、【黄金のオーラガシャ】

10連チケットを配布いたします


※不具合の対応の為、

魔王、コロウス・ゾ・コラのスキル

【闇の剣・終式】

を使用不可としております。


今後とも、エデン・ガーデン・ファンタジアを

よろしくお願いいたします。

――――――――――――――――――――


「うおぉおおい!!」


 メンテナンスが明け、元の禍々しい玉座へと強制転送されたコロウスは、腰掛けた状態のまま絶叫した。


「バルちゃん! 聞いたか! 俺は何もしてないぞ。 なのに何で俺なんだ!」


「そう言われましても……」


「し、か、も! あれは俺の唯一の攻撃スキルだぞ!」


 コロウスは両手を前、掌を上にし、空中を握り潰すように拳を握った


「何を、あなた様はもう一つのスキル【闇の剣・破斬】があります」


「いや、あれはバグってるだろ! 使うと強制的に全体のHPを1にする神スキルな筈なのに、1減るだけのゴミスキルになってるじゃねえか!」


「あぁ、そうでした。私はすっかり仕様かと思っていました」


「はぁ」


 コロウスは玉座の肘置きに突っ伏し、深く項垂れた。


「サービス開始当初は凄かったんだぜ。エデン・ガーデン・ファンタジア、略してエデファン。同接十万人を誇る大人気VR体験型MMORPG。そのラスボスだ」


 赤い絨毯の先、漆黒の扉をみながらコロウスは言葉を続ける。


「重課金勢はもちろん、無課金でも工夫して挑んで来る奴らとかよ。攻略情報とかも出回って――真剣なバトルだったよな」


「そうでございましたな」


「そこからアプデ、アプデで裏ボスがどんどん出て来て、俺なんか今となってはチュートリアルボス扱いだぜ。……昔が懐かしいよ」


「コロウス様……私がついています。気を落とさずに」


「バルちゃん……お前ってやつは」


 主従の絆が深まりかけた、まさにその時。

 感動的な空気を無残に引き裂くように、漆黒の扉が勢いよく左右に跳ね上がった。


「魔王! 覚悟!」

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