ラスボスの日常
大理石の床に真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯。その先には、黒い真鍮と金で装飾された豪華絢爛な椅子が鎮座している。まさしく玉座。
そこに、漆黒の鎧を身に纏い、赤いマントを靡かせる人物がいた。整った顔立ちに美しい青い瞳。艶のある黒い長髪からは、二本の角が突き出ている。――この世界の魔王である。
「……重い」
玉座に深く腰掛けたまま魔王が呟く。
「はっ?」
魔王の横には、小さな緑色の小鬼が立っていた。銀の鎧を身に着け、身の丈に合わない宝飾された剣を背負っている。
「……だから」
その美貌が歪む。眉間に皺を寄せ、魔王が続けざまに言葉を放つ。
「いつになったら勇者来るの? もーこの格好で待ち続けるのしんどいんだけど! トイレもしにくいし、暑いし、……臭いし」
「えーっと、ですね。ID3252のベルゼバブ様が新規参加者を連れて向かって来ているところですね」
「えっ? あいつまた来んの?」
「ってかさ、その名前俺よりラスボスっぽくね」
「いやはや、そう言われましても……」
「何人?」
「はい?」
「今日の参加者」
「あ! 十二人でございます」
「は!? 十二人! 多くね。昨日は多くて六人だったぞ」
「今日から、経験値アップイベントがはじまりましたので……」
魔王は目を丸くして、頭を抱えると屈み込むような姿勢を取る。
「……運営よ。NPCの気持ちも考えてくれ」
その時だった。
「魔王! 覚悟!」
人にとってはあまりにも大きすぎる漆黒の扉、生半可な力で開くことはない筈の扉。それが、鈍い音を立てながら開いた。
扉から現れたのは、金髪の青年、ベルゼバブだった。光輝く剣を持ち、黄金の鎧を装備している。さらに、纏うオーラは金色に可視化されて、まるで神のような神々しさを放つ。
「よく来たな、勇者よ」
(ってかあいつ、また課金してんじゃん)
魔王は頭を抱えたまま、ゆっくりと勇者へと顔を向けた。
「(……おいバルバトス、今の俺の姿勢間に合った? 格好良かった?)」
ベルゼバブに聞こえぬように、コソコソと小鬼に語りかけた。
「(はい、大丈夫かと)」
「(適当なタイミングでやられろよ。きっと他のやつがまた来るし)」
「(承知しました)」
小鬼は、赤い絨毯の中央まで進むと、背負っていた剣を滑らかに引き抜く。
「ここからは通さん! 魔王と戦いたくばこの小鬼、バルバトス・アレクサンドを倒してからにしろ」
バルバトスと名乗った小鬼は、背筋を伸ばし、真っ直ぐに立ち、剣を縦に構えた。一切の隙はない。
「望む所だ!」
ベルゼバブはそう言うと、後ろを振り返った。後ろには、十一人の仲間がいた。戦士らしき重厚な鎧を身に着ける鬼人、魔法のローブを羽織る精霊人、質素な薄着の人間、多種多様な仲間がそこにいた。
「皆、さっき渡した進化の秘宝は持ってるか?」
「小細工など私には通用せんぞ」
バルバトスは凛と構えたまま動こうとしない。
(えっ! 進化の秘宝……魔王様、約束守れそうにないです)
ベルゼバブの仲間は「あぁ」と返事をすると、各々の手からは青い宝玉が浮かび上がった。
「よし! 投げろー!」
ベルゼバブが叫んだ次の瞬間、青い宝玉が雨あられとバルバトスに向かって投げつけられた。
宝玉が接触すると、バルバトスの頭上に『LEVEL UP』が浮かび上がる。それは一度でない。点滅するように爆速で同一のメッセージが重なり合って表示されていく。
(あぁ、暴走しちゃうよ。可哀想に)
そう思いながら、魔王は玉座からその様子を静観する。
「が、が、ガァァァアー!!」
バルバトスはみるみるうちに巨大化し、その肌は深い赤に染まる。口からさらに巨大な牙が生え、全身の筋肉は肥大化する。あのベルゼバブですら片手で握りつぶせそうだ。
その姿を見て、ベルゼバブは嬉しそうに笑っていた。
「へっへっへ! これで経験値大量ゲットだー!!」
魔王は思う。
(どっちが魔王だよ)
「グァ、ガッ、アァー!」
暴走により、自我をなくしたバルバトスの咆哮が響き渡る。
ベルゼバブが光輝く剣を構え、その巨躯へと肉薄した――まさに、その瞬間だった。
前触れもなく、視界のすべてが漆黒に染まった。すべての光が剥ぎ取られ、世界が強制的に闇へと還っていく。
(あーあ、だからやり過ぎだっての。オーバーフローしたんじゃね。まっ、俺的にはありがたいけど)
暗闇の中、魔王はそんなことを考えていた。
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