第十一話『鼻かみはしまっきー』
――『占い』の普及率増加と犯罪率減少は比例する。父さんが日々相手してんのは『占い』を無視して若気の至りで好き勝手やった馬鹿か、『占い』を信じているにも関わらず、一時の気の迷いや油断、偶然が事件を引き起こしてしまったっつー案件ばかりだ。
――ふーん。
――そいつに絡むのはやめておけ。ま、『タロット』に任せておきゃあ安心だがな。
『占い』を信じないなんて前代未聞、沙穂にとって未知の領域だった。
自分のクラスに着き、友達と別れる。沙穂はあえて後ろの扉から入った。喧騒の中奥から4列目、後ろから2番目の席を目指して進んでいく。そこには背中まで伸びた黒髪を垂らした紫水と、肩まで伸びた黒髪をルーズサイドテールにした香音がいた。
――紫水が座ってる?いつもなら逆なのに。
珍しいなとひとりごちる。香音と目が合ったので、小さく手を挙げた。
「はよ」
「おはよう」
「千ちゃんおあよー」
「・・・なるほどな」
紫水の様子を一目見ただけで、沙穂は現状を把握した。眼鏡の奥にある瞳は少し充血し、顔の半分は白のマスクで覆われている。そして挨拶は鼻声であることから、沙穂は――
「あーっ、くしゅん!はっ・・・っしゅん!」
「なんでよりによって今花粉症なんだよ・・・!」
――直治について問い詰める空気ではないと理解してしまった。
沙穂は内心頭を抱える。十中八九、香音も朝紫水を見て『あ、コレ今日無理だな』と思ったに違いない。
「なんでって?」
「あー、あれだ。はぎゃ男のこと聞きたかったんだよ」
『sou』は何て言ってたんだと聞くと、紫水は鼻をかみ始めたので香音が代わりに説明する。
「家出る前にしっかり花粉症対策したから、午後には収まるって」
「コンタクトやめたし、箱てっしゅと薬持ってきた!」
「目と鼻が大分キてんな。喉は?」
「今んとこへーき」
「今日はあんま喋んない方がいいかも」と香音は横目で沙穂を見る。
「そうだな」沙穂も香音を見つめ返した。
「えー話せるよ?私ね、なんと空井君の連絡先ゲットしたんだ!」
昨日勢いでお礼Chat送ったの!と話したくて仕方ないオーラが全身から溢れている。
『新しい友達』の項目に『空井直治』とフルネームで書かれたアカウントを目の当たりにした沙穂は、持ったままの荷物が急に重くなっていくのを感じた。
「長くなりそうだから昼に聞く」
「私も、今日の古文当たるから」
その場から逃れた2人はアイコンタクトを交わす。今日一日紫水に直治のことを話させない。8時30分、試合のゴングならぬ始業のチャイムが鳴り響いた。
私は今、人生最高の絶頂期だと思っている。朝から花粉に悩まされても、電車で座れなくても気分上々でいられたのは『恋』のお陰だ。
――勿論、そうなることを事前に教えてくれた『sou』にも十分感謝だけど。
富潟駅で降り、ずっとつけていたマスクをホームに設置されているごみ箱に捨てた。
深呼吸して鼻の具合を確かめる。悪化する前に薬を飲んだ甲斐あって、予定通り鼻水と目のかゆみは収まっていた。
――花粉症にはなるけど軽めのタイプでよかった。後はしっかり水分を取って寝れば完治するはず。
改札を出て、駅前ロータリーに向かう。今日の腹ごしらえ場所はここらしい。ロックオンしたベンチに荷物を置き、座ってお茶を飲んだ。今回は無事ご飯を食べれそうだと安心する。空井君に会えないけど、『占い』の助言は聞かなきゃいけない。
空井君といえば――私は今日の千ちゃんとかんちゃんの奇天烈な行動をふと思い出す
――真中祭の日、私服が汚れそうなもの食べちゃいけなかったんだよね。
――よく行ったな!
――流石紫水、持ってる。
――なのに先輩から強烈なはしまきアピール受けて、勢いに負けて買っちゃったんだけど、その場で食べて欲しいって言われて。
――はしまきって何。
――話の腰を折るな。それで?
――オロオロしてたら、空井君が連れだしてくれてはぎゃーーーーなった!ッシュン!しかも、そのまま・・・。
――香音、はしまきは祭りとかの屋台料理として売っているもので、要は薄いお好み焼きだ。焼き上げた生地を箸を使って巻き上げ、最後につなぎの生地をかけて焼き、ソースとマヨと鰹節と青のりをかければ完成。地域によって名称が異なるそうだが、発祥は・・・。
――千ちゃんさっき話の腰折るなって言ってなかった!?
――うるせー鼻ブー子
――鼻かみより、はしまきの話したい。
――今日2人変じゃない?私4月にもこういうことあったけど、そのときはいつも通・・・かんちゃん何そのサイン。
――タイムアウト。バスケをプレーする上で、このサインは重要。
――へー!一時中断ってこと?Tだー!
――演劇部がどこ目線で語ってんだ。
――トイレ行ってくる。だから、T。
――うまいこと言ったからってドヤ顔すんな・・・トイレはウチも行く。
――んん。私もついでに・・・。
――香音にはしまきにの魅力を延々と語るつもりだが、紫水も聞くか?
――い、行ってらっしゃい・・・。
花粉症の私に遠慮してか、2人は一日中会話の主導権を譲ってくれなかった。
――明日こそ報告するぞ。きっと2人共、私の話を心待ちにしてただろうに。
塾のテキスト片手におにぎりを齧った。環里高校では来週からテスト週間に突入してしまう。今月、私の勉強運は悪くない。なので取れる時に良い結果を残しておきたいと思っている。
――今回の試験範囲だと、現代社会と漢文は100点狙えるかな。
隣に誰かが座るも、私はおにぎりと予習に集中していた。ちなみに、今日は数学Ⅰと数学Aの日だ。
――連立不等式はケアレスミスさえなければ解ける。三角比や二次関数は応用レベルだとつまずいちゃうから、また数学重視でやっていこうかな。
おにぎりを食べ終わり、ちらと横目でどんな人が座っているのか見ると――
「・・・よ」
「はぐっ!?」
――まさかの知っている人(空井君)だった。
何でここに・・・と目で訴えると、彼は有無を言わさぬ顔をした。周囲を歩く大人達より迫力がある。
「偶々見えたんだよ」
――え?そうなの?富潟中って反対の方向だよね。
「はっ・・・ぶしゅっ!」
寄り道?と聞く前にくしゃみが出た。
「風邪?」
「ううん花粉症で・・・大分引いたんだけど」
「あぁ通りで」空井君は私の目を覗き込む。
「今日は眼鏡なんだな」
――はぐああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!は、鼻血出る!鼻水と一緒に出ちゃう!
「赤けぇぞ」
「え、ええぇ!?」
――もしかしてもう出てた・・・!?
「目。ちょっと充血してる」
――そ、そっちか!危な!
私は空井君に背を向け、極力静かに鼻をかんだ。まだ鼻血は出てなかった。
「マスクは」
「耳痛くなったから捨てちゃった」
「アホか。花粉症舐めんな」
「だって『占い』ではお昼には治るってー!」書いてあったから!
私はごみをまとめ、おにぎりを入れていた巾着袋の中にしまう。ついでに塾のテキストもリュックに戻そうとしたが、いつの間にか空井君の手に渡っていた。
「あ」
「『富潟ゼミナール専用テキスト 数Ⅰ 数A』・・・これから?」
「うん。今日は塾の日」
空井君は黙ってパラパラとテキストをめくる。殴り書きの字を見て引かれないか不安だったけど、一通り見て満足したのか、何も言わず返してくれた。
「空井君は数学得意?」
「別に・・・普通だな」
「そっか。私はあんまし好きじゃなくて。やっぱ富潟中はテスト範囲広いの?」
「そうでもねーよ」
――どうしよう。会話繋げられる自信がない。『占い』・・・は駄目だ。NGなんだった。
焦って空井君の顔色を窺うと、彼の顔は僅かに――愁いを帯びているかのように見えた。
「空井君・・・何かあった?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
彼は長い足を組み、私の目を見る。
「んん・・・疲れてるのかなって、勝手に思っただけ」
――『悲しいことでもあったの?』と迷ったけど、大丈夫かな。
ビクビクしながら反応を待つ。不快にさせたらすぐに謝ろうと身構えていると、空井君が大きなため息を吐いた。
「体育祭だるかっただけ」
口がえの形に開く。
――私はそんなビックイベントの日にテストの話なんかして!現実に戻すの早すぎでしょ!
「ごめん!余韻に浸ってたいよね!テストもっ、青春っちゃ青春だけど、今じゃないよね!ごめん勉強のこと思い出させちゃって」
「いーよ。てか、ねーよ余韻なんて。」
「あれ、でもリレー見るのとか楽しくない?」
「『占い』で結果がほぼ決まってるのに、見る必要なんてねーだろ」
「んん・・・まぁ、張り合いはないかもね」
『占い』はいわば『予言』のようなものなので、自分が出る種目でどれだけの成績を収められるのか、自チームの最終結果なども手に取るように分かる。だから体育祭に勝ち負けはない。あっても生徒たちの意識向上の妨げになってしまう。私達にとって体育祭とは、『勝ち負けを気にしなくていい、体育の延長戦』だ。




