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恋と占いは片想い  作者: 椋木美都
12/21

 第十一話『鼻かみはしまっきー』

――『占い』の普及率増加と犯罪率減少は比例する。父さんが日々相手してんのは『占い』を無視して若気の至りで好き勝手やった馬鹿か、『占い』を信じているにも関わらず、一時の気の迷いや油断、偶然が事件を引き起こしてしまったっつー案件ばかりだ。


――ふーん。


――そいつに絡むのはやめておけ。ま、『タロット』に任せておきゃあ安心だがな。


『占い』を信じないなんて前代未聞、沙穂にとって未知の領域だった。


自分のクラスに着き、友達と別れる。沙穂はあえて後ろの扉から入った。喧騒の中奥から4列目、後ろから2番目の席を目指して進んでいく。そこには背中まで伸びた黒髪を垂らした紫水と、肩まで伸びた黒髪をルーズサイドテールにした香音がいた。


――紫水が座ってる?いつもなら逆なのに。


珍しいなとひとりごちる。香音と目が合ったので、小さく手を挙げた。


「はよ」


「おはよう」


「千ちゃんおあよー」


「・・・なるほどな」


紫水の様子を一目見ただけで、沙穂は現状を把握した。眼鏡の奥にある瞳は少し充血し、顔の半分は白のマスクで覆われている。そして挨拶は鼻声であることから、沙穂は――


「あーっ、くしゅん!はっ・・・っしゅん!」


「なんでよりによって今花粉症なんだよ・・・!」


――直治について問い詰める空気ではないと理解してしまった。


沙穂は内心頭を抱える。十中八九、香音も朝紫水を見て『あ、コレ今日無理だな』と思ったに違いない。


「なんでって?」


「あー、あれだ。はぎゃ男のこと聞きたかったんだよ」


『sou』は何て言ってたんだと聞くと、紫水は鼻をかみ始めたので香音が代わりに説明する。


「家出る前にしっかり花粉症対策したから、午後には収まるって」


「コンタクトやめたし、箱てっしゅと薬持ってきた!」


「目と鼻が大分キてんな。喉は?」


「今んとこへーき」


「今日はあんま喋んない方がいいかも」と香音は横目で沙穂を見る。


「そうだな」沙穂も香音を見つめ返した。


「えー話せるよ?私ね、なんと空井君の連絡先ゲットしたんだ!」


昨日勢いでお礼Chat送ったの!と話したくて仕方ないオーラが全身から溢れている。


『新しい友達』の項目に『空井直治』とフルネームで書かれたアカウントを目の当たりにした沙穂は、持ったままの荷物が急に重くなっていくのを感じた。


「長くなりそうだから昼に聞く」


「私も、今日の古文当たるから」


その場から逃れた2人はアイコンタクトを交わす。今日一日紫水に直治のことを話させない。8時30分、試合のゴングならぬ始業のチャイムが鳴り響いた。


私は今、人生最高の絶頂期だと思っている。朝から花粉に悩まされても、電車で座れなくても気分上々でいられたのは『(空井君)』のお陰だ。


――勿論、そうなることを事前に教えてくれた『sou』にも十分感謝だけど。


富潟駅で降り、ずっとつけていたマスクをホームに設置されているごみ箱に捨てた。


深呼吸して鼻の具合を確かめる。悪化する前に薬を飲んだ甲斐あって、予定通り鼻水と目のかゆみは収まっていた。


――花粉症にはなるけど軽めのタイプでよかった。後はしっかり水分を取って寝れば完治するはず。


改札を出て、駅前ロータリーに向かう。今日の腹ごしらえ場所はここらしい。ロックオンしたベンチに荷物を置き、座ってお茶を飲んだ。今回は無事ご飯を食べれそうだと安心する。空井君に会えないけど、『占い』の助言は聞かなきゃいけない。


空井君といえば――私は今日の千ちゃんとかんちゃんの奇天烈な行動をふと思い出す


――真中祭の日、私服が汚れそうなもの食べちゃいけなかったんだよね。


――よく行ったな!


――流石紫水、持ってる。


――なのに先輩から強烈なはしまきアピール受けて、勢いに負けて買っちゃったんだけど、その場で食べて欲しいって言われて。


――はしまきって何。


――話の腰を折るな。それで?


――オロオロしてたら、空井君が連れだしてくれてはぎゃーーーーなった!ッシュン!しかも、そのまま・・・。


――香音、はしまきは祭りとかの屋台料理として売っているもので、要は薄いお好み焼きだ。焼き上げた生地を箸を使って巻き上げ、最後につなぎの生地をかけて焼き、ソースとマヨと鰹節と青のりをかければ完成。地域によって名称が異なるそうだが、発祥は・・・。


――千ちゃんさっき話の腰折るなって言ってなかった!?


――うるせー鼻ブー子


――鼻かみより、はしまきの話したい。


――今日2人変じゃない?私4月にもこういうことあったけど、そのときはいつも通・・・かんちゃん何そのサイン。


――タイムアウト。バスケをプレーする上で、このサインは重要。


――へー!一時中断ってこと?Tだー!


――演劇部がどこ目線で語ってんだ。


――トイレ行ってくる。だから、T。


――うまいこと言ったからってドヤ顔すんな・・・トイレはウチも行く。


――んん。私もついでに・・・。


――香音にはしまきにの魅力を延々と語るつもりだが、紫水も聞くか?


――い、行ってらっしゃい・・・。


花粉症の私に遠慮してか、2人は一日中会話の主導権を譲ってくれなかった。


――明日こそ報告するぞ。きっと2人共、私の話を心待ちにしてただろうに。


塾のテキスト片手におにぎりを齧った。環里高校では来週からテスト週間に突入してしまう。今月、私の勉強運は悪くない。なので取れる時に良い結果を残しておきたいと思っている。


――今回の試験範囲だと、現代社会と漢文は100点狙えるかな。


隣に誰かが座るも、私はおにぎりと予習に集中していた。ちなみに、今日は数学Ⅰと数学Aの日だ。


――連立不等式はケアレスミスさえなければ解ける。三角比や二次関数は応用レベルだとつまずいちゃうから、また数学重視でやっていこうかな。


おにぎりを食べ終わり、ちらと横目でどんな人が座っているのか見ると――


「・・・よ」


「はぐっ!?」


――まさかの知っている人(空井君)だった。


何でここに・・・と目で訴えると、彼は有無を言わさぬ顔をした。周囲を歩く大人達より迫力がある。


「偶々見えたんだよ」


――え?そうなの?富潟中って反対の方向だよね。


「はっ・・・ぶしゅっ!」


寄り道?と聞く前にくしゃみが出た。


「風邪?」


「ううん花粉症で・・・大分引いたんだけど」


「あぁ通りで」空井君は私の目を覗き込む。


「今日は眼鏡なんだな」


――はぐああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!は、鼻血出る!鼻水と一緒に出ちゃう!


「赤けぇぞ」


「え、ええぇ!?」


――もしかしてもう出てた・・・!?


「目。ちょっと充血してる」


――そ、そっちか!危な!


私は空井君に背を向け、極力静かに鼻をかんだ。まだ鼻血は出てなかった。


「マスクは」


「耳痛くなったから捨てちゃった」


「アホか。花粉症舐めんな」


「だって『占い』ではお昼には治るってー!」書いてあったから!


私はごみをまとめ、おにぎりを入れていた巾着袋の中にしまう。ついでに塾のテキストもリュックに戻そうとしたが、いつの間にか空井君の手に渡っていた。


「あ」


「『富潟ゼミナール専用テキスト 数Ⅰ 数A』・・・これから?」


「うん。今日は塾の日」


空井君は黙ってパラパラとテキストをめくる。殴り書きの字を見て引かれないか不安だったけど、一通り見て満足したのか、何も言わず返してくれた。


「空井君は数学得意?」


「別に・・・普通だな」


「そっか。私はあんまし好きじゃなくて。やっぱ富潟中はテスト範囲広いの?」


「そうでもねーよ」


――どうしよう。会話繋げられる自信がない。『占い』・・・は駄目だ。NGなんだった。


焦って空井君の顔色を窺うと、彼の顔は僅かに――愁いを帯びているかのように見えた。


「空井君・・・何かあった?」


「何でそんなこと聞くんだよ」


彼は長い足を組み、私の目を見る。


「んん・・・疲れてるのかなって、勝手に思っただけ」


――『悲しいことでもあったの?』と迷ったけど、大丈夫かな。


ビクビクしながら反応を待つ。不快にさせたらすぐに謝ろうと身構えていると、空井君が大きなため息を吐いた。


「体育祭だるかっただけ」


口がえの形に開く。


――私はそんなビックイベントの日にテストの話なんかして!現実に戻すの早すぎでしょ!


「ごめん!余韻に浸ってたいよね!テストもっ、青春っちゃ青春だけど、今じゃないよね!ごめん勉強のこと思い出させちゃって」


「いーよ。てか、ねーよ余韻なんて。」


「あれ、でもリレー見るのとか楽しくない?」


「『占い』で結果がほぼ決まってるのに、見る必要なんてねーだろ」


「んん・・・まぁ、張り合いはないかもね」


『占い』はいわば『予言』のようなものなので、自分が出る種目でどれだけの成績を収められるのか、自チームの最終結果なども手に取るように分かる。だから体育祭に勝ち負けはない。あっても生徒たちの意識向上の妨げになってしまう。私達にとって体育祭とは、『勝ち負けを気にしなくていい、体育の延長戦』だ。

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