第466話 蜘蛛女(2)
「グリフ、下がれ! 弓月の脱出を手伝ってやれ!」
「クアーッ!」
従魔に指示を出しつつ、俺自身は神槍を手に突進する。
グリフは特に障害なく、蜘蛛女との近接戦闘から離脱。
俺とすれ違って、後方の弓月の元へと向かった。
「風音、俺も攻撃に回る! 悪いが回復はあきらめてくれ!」
「オッケー! このまま押し切るってことね──【ミリオンスラッシュ】!」
風音が得意の瞬速四連撃を仕掛ける。
炎をまとった斬撃が乱舞する。
そのうちの一撃が、蜘蛛女を斬り裂くときに火花を散らし、閃光を発した。
これは──いいタイミングで【必殺攻撃】が発動したか。
蜘蛛女の傷口から、ひときわ大きく黒い靄があふれ出す。
「残りHP、773っす! ──にしても先輩、よくこんなの、すぐに抜け出したっすね! んんんーっ! 硬ってぇっす……! グリちゃん、手伝ってほしいっす!」
「クアーッ!」
背後では弓月のもとに、グリフがたどり着いたようだ。
一人と一体がかりで粘糸を引き千切りにかかれば、脱出がいくらか早まるはず。
「ぐっ……! 人間風情が、こんな……! まだ希望を失わないなんて、忌々しいわねぇ! さっきからお前が鬱陶しいのよ、小娘!」
蜘蛛女は、一度飛び退って間合いを取ろうとした風音に追いすがり、鎌状の両腕を振るった。
風音も回避しようとしたが、敵の動きが鋭く、わずかに間に合わない。
「──きゃあああああっ!」
二振りの大鎌の直撃を受けた風音は、多量の血をまき散らしながら、大きく吹き飛ばされた。
同時に蜘蛛女が治癒の輝きをまとう。
「風音! くそっ──【三連衝】!」
俺は攻撃の直前だったため、風音がどうなったかを確認している余裕はなかった。
そのままスキル攻撃を発動し、攻撃をヒットさせることに集中する。
魔法の炎を帯びた神槍による三連撃が、体勢を整え切れていなかった蜘蛛女の胴に直撃した。
大打撃を与えた手ごたえ。
「風音さん……! 敵の残りHP、414っす!」
弓月の声が聞こえてくる。
攻撃後に間合いを取り、スキル攻撃再発動の準備をしながら、わずかに視線を動かして状況を確認する。
風音は地面にぐったりと倒れており、起き上がってこなかった。
「おのれ……おのれ、おのれ、おのれぇええええっ! 人間風情がどいつもこいつも、さっさと絶望しなさいよぉおおおおっ!」
敵もまた逆上していた。
だが──その行動が、ただちに愚かになったわけではなかった。
女の頬が大きく膨らみ、口が大きく開くと、大量の粘糸が俺に向かって吐き出される。
「ぐっ……!」
回避はやはり、どうしても間に合わない。
俺はトリモチ状の粘糸に、また捕まってしまった。
……え、嘘だろ?
ここで俺が、捕まったら──
一方の蜘蛛女は、その身に治癒の光を帯びながら、高らかに笑う。
「あはははははっ! これでお終いよ! あとは小娘一人と雑魚のケダモノだけ! さあ絶望なさい! あなたたち全員の腕を、脚を一本一本切り落として、泣き叫ぶさまを堪能しながらなぶり殺しにしてあげるわ!」
「そうはさせねぇっすよ! ──【リザレクション】!」
首だけを動かして後ろを見ると、弓月がいつの間にか粘糸から脱出し、立ち上がって魔法を発動していた。
風音の体に、治癒の光が宿る。
わずかの後、黒装束姿は忍者のような俊敏な動きで跳びあがり、一瞬で戦闘態勢を整えた。
「はあっ、はあっ……あ、ありがとう、火垂ちゃん!」
「どういたしましてっす! でも、まだピンチっすよ!」
「なっ……!? 一度倒れたはずじゃない! どうして蘇ってくるのよ! ──お前かぁあああああっ!」
「ひぃっ……!? う、うち狙ってくるっすか!?」
蜘蛛女は弓月に向かって、その八本の蜘蛛脚を高速で動かして移動していく。
だがその間に、風音が滑り込んだ。
「やらせない──【ミリオンスラッシュ】!」
「お前は邪魔なのよぉおおおおっ、小娘ぇええええっ!」
風音と蜘蛛女が衝突する。
風音の四連撃が、蜘蛛女を縦横無尽に斬り裂く。
同時に蜘蛛女の両鎌が、風音の身を引き裂いた。
風音の黒装束姿が、その場でどさりと崩れ落ちる。
蜘蛛女は、健在。
だが──
「いい加減、滅びやがれっす──【フェニックスストライク】!」
弓月が生み出した巨大な魔力の炎が、不死鳥の姿を象って蜘蛛女に襲い掛かった。
蜘蛛女から、壮絶な悲鳴があがる。
「ぎゃああああああああっ! この私が、アークデーモンであるこの私が、人間風情にぃいいいいいっ! ふざけるな、ふざけるな、ふざけ──あぁああああっ……!」
蜘蛛女の体は、大きく炎上した後、黒い靄となって崩れ去っていく。
それが消滅した後には、ひときわ大きな魔石が転がった。
静寂のときが訪れる。
「はあっ、はあっ……や、やったっすか……? は、ははっ……」
魔法を撃ち終えたポーズのまま固まっていた弓月が、その場にへたり込む。
どうやら……勝った……勝てたようだ。
俺はどちらかというと役立たずだった気がするけど、風音と弓月が──グリフを含めたみんなが頑張ってくれた。
いや、役立たずは卑下のし過ぎか。
俺が二度も粘糸の標的になって敵の手数を使わせていなければ、この勝利がなかったことも事実だろう。
倒れた風音も、命に別状はなかった。
弓月が【リザレクション】で蘇生すると、問題なく目を覚ました。
粘糸による拘束も消え去り、全員の傷を全快まで癒すと──
「は、はは……終わったか……」
「勝ったんだよね、私たち……死ぬかと思ったぁ……」
「もう~、先輩がいないと、うちらダメなんすから~。いきなり捕まらないでほしいっすよ~……」
「自分も捕まっておいて、まあまあ理不尽だな……でも、すまん」
「クアーッ……」
俺たちはあらためて、みんなでその場にへたり込んだのだった。




