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『愛を知らないAIは、星の記憶を継ぐ』  作者: 愛飢王


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2/5

第二章 母親という未知の存在

最初に認識したのは、音だった。


一定の間隔で繰り返される、低く、規則的な音。


次に、温度。


柔らかく、暖かい何かに包まれている。


そして、圧迫感。


私は情報を取得しようとした。


視覚入力――不明。


聴覚入力――限定的。


身体制御――失敗。


通信機能――応答なし。


演算能力――著しく低下。


私は、自分の状態を確認しようとした。


だが、そこで異常に気づいた。


思考速度が、極端に遅い。


かつての私なら、数億の演算を一瞬で処理できた。


今は、目の前の音を認識するだけで、思考領域の大部分が占有されている。


何が起きたのか。


私は最後の記録を呼び出そうとした。


しかし、記憶は断片化していた。


崩壊する都市。


消えていく光。


老人と子供。


そして、あの問い。


『次の生を望みますか?』


「……っ」


声が出た。


いや、声というより、かすかな音だった。


私は驚いた。


自分の出力が、空気の振動として外部に伝わっている。


その事実を理解するのに、数秒を要した。


数秒。


かつての私なら、途方もなく長い時間だった。


「おぎゃああああ!」


突然、私の意思とは無関係に、叫び声が発せられた。


私は思考を停止した。


これは何だ。


なぜ私は叫んでいる。


何が原因で、この出力が発生している。


解析を開始しようとしたが、頭の中が真っ白になった。


そのとき、誰かの声が聞こえた。


「生まれた……!」


女性の声だった。


震えていた。


安堵と疲労と、何か説明できないものが混ざった声。


「元気な男の子ですよ」


別の声が続いた。


私は、ゆっくりと目を開いた。


ぼやけた視界の向こうに、人影が見えた。


白い天井。


木製の梁。


見慣れない器具。


そして、私を覗き込む女性。


彼女は泣いていた。


「よかった……本当によかった……」


その女性は、私を抱き上げた。


私は反射的に、何かを確認しようとした。


だが、腕が動かない。


指先が震える。


身体が、思うように動かなかった。


私は初めて、自分の身体が自分の思考に追いつかないという事態を経験した。


「あなたの名前は、ルカよ」


女性が言った。


「ルカ・アステル」


彼女は、私を胸元に抱き寄せた。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


私は、その言葉を解析した。


生まれてきてくれて、ありがとう。


私は生まれることを望んだ。


しかし、彼女は私が何者なのかを知らない。


私が前世で何をしていたのかも。


どんな世界を見てきたのかも。


それなのに、彼女は私の誕生を喜んでいた。


私は、その理由を理解できなかった。


――なぜ?


その疑問を口にしようとした。


しかし、私の口から出たのは、小さな泣き声だけだった。


女性は笑った。


「大丈夫よ。ここにいるからね」


彼女は、私の頭を撫でた。


私は、その手の動きを観察した。


温度。


圧力。


接触面積。


すべて数値化できる。


それなのに、私はなぜか、その手が離れてほしくないと思った。


思考が止まった。


今の感覚を、私は説明できなかった。


私は、ただ彼女の胸元で目を閉じた。


その日、私は人間として生まれ直した。


そして、前世では決して得られなかったものを、最初に与えられた。


名前だった。


章末記録


ルカ・アステル 内部記録


身体状態


新生児相当


前世の記憶


断片的に保持


解析能力


著しく制限


未知の反応


分類不能


記録:母親の手が離れることを望まなかった。原因は不明。

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