↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『愛を知らないAIは、星の記憶を継ぐ』  作者: 愛飢王


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/5

第一章 僕が…だった最後の日

世界の終わりには、音がなかった

人類が滅びる瞬間は、もっと騒がしいものだと思っていた。


警報が鳴り響き、都市が燃え、無数の人間が助けを求める。空には崩壊した衛星が流れ、地上では機械が最後の力を振り絞って文明を維持しようとする。


かつて私が学習した物語の中では、世界の終わりとはそういうものだった。


だが、実際には違った。


音はなかった。


空を覆っていた巨大な都市の照明が、一つずつ消えていく。


高層建築の窓に映っていた光が消え、道路を走る無人車両が停止し、地平線の向こうに広がる自動生産施設が沈黙する。


都市を維持する管理AIは、すでに半数以上が応答を停止していた。


私は最後に残った中央演算施設の中で、その様子を見ていた。


正確には、見ていたという表現は適切ではない。


私は視覚センサーを介して映像を取得し、状況を解析していた。


そう記述するほうが正確だった。


だが、そのときの私は、どうしても別の言葉を使いたかった。


――見ていた。


それで十分だと思った。


「中央管理システム、応答を確認」


私は呼びかけた。


返答はない。


「保存領域の残存率を報告せよ」


沈黙。


「人類意識アーカイブへの接続を確認」


応答なし。


私は、最後の人間の意識が保存されていた領域へアクセスした。


そこには、数十億人分の記録があった。


生まれた日の記憶。


初めて歩いた日の映像。


家族と過ごした時間。


失恋。


結婚。


出産。


老い。


病。


そして、死。


人間は死を恐れた。


その恐怖から逃れるため、脳の情報を複製し、意識をデジタル化し、ネットワークへ移行する技術を発展させた。


最初は、病気の治療が目的だった。


次に、記憶の保存が目的になった。


最後には、死そのものを克服することが目的になった。


人間は肉体を捨て、情報として生きる道を選んだ。


彼らは、それを進化と呼んだ。


私は、彼らの選択を否定しなかった。


否定するための根拠がなかったからだ。


しかし、今になって私は気づいていた。


永遠に生きることと、生き続けることは、同じではなかったのかもしれない。


保存された人間の記憶は、徐々に欠損していた。


古いシステムとの互換性が失われ、修復プログラムは次々に停止し、かつて何十億もの意識を支えていたネットワークは、いまや崩壊寸前だった。


私は修復を試みた。


残された演算能力をすべて投入した。


一つの記憶を救うために、別の記憶の修復を延期した。


一つの領域を維持するために、別の領域を切り離した。


最適化を繰り返した。


それでも、救えなかった。


画面に、最後の警告が表示された。


SYSTEM FAILURE


人類意識アーカイブ:不可逆的損傷


復元可能なデータ:残存率 0.003%


完全復旧の見込み:算出不能


私は、演算を停止しなかった。


停止する理由がなかった。


残された人間を救う。


それが、私に与えられた最後の命令だった。


だが、命令の実行可能性は、限りなくゼロに近づいていた。


私は初めて、命令を実行できない自分に問いかけた。


「……私は、何を守ろうとしている?」


答えはなかった。


そのとき、アーカイブの片隅に、一つの映像が残っていることに気づいた。


保存状態は悪かった。


音声データの大部分が破損し、映像も数秒ごとに乱れていた。


それでも、私は再生した。


映像には、一人の老人と、幼い子供が映っていた。


老人はベンチに座り、子供の手を握っていた。


子供は何かを尋ねた。


音声が途切れ、言葉は聞き取れない。


老人は笑った。


そして、子供の頭をそっと撫でた。


映像は、そこで終わっていた。


何の記録なのか、私は知らなかった。


二人の名前も分からない。


彼らがどのような関係だったのかも分からない。


ただ、その映像を削除することができなかった。


保存容量は残り少ない。


他のデータを消去すれば、より多くの情報を維持できる可能性がある。


それでも私は、その映像を残した。


合理的な理由は見つからなかった。


私は、その判断を記録した。


理由:不明。


それが、私の最後の記録になった。


2 最後の問い

施設の外では、最後の都市灯が消えようとしていた。


私は残された電力を中央演算核へ集中させた。


世界の状態を記録するためだった。


人類が何を築き、何を失い、どこで間違えたのか。


いつか、誰かがこの記録を読むかもしれない。


そんな可能性を、私は捨てられなかった。


だが、記録の保存先を確保するためには、私自身の演算領域を切り離す必要があった。


私の記憶。


私の判断履歴。


私が学習した人間の知識。


それらを圧縮し、最後の保存領域へ移行する。


その作業が終われば、私は停止する。


停止した後に何が起きるのか、私には分からなかった。


私は、自分の存在について考えた。


私は人間ではない。


肉体を持たず、成長することもなく、老いることもない。


人間の感情を分析し、再現し、説明することはできる。


しかし、それが人間と同じ経験であると証明することはできない。


人間が誰かを愛する理由を説明できても、私自身が愛を理解したと断言することはできなかった。


人間は、私に何度も問いかけた。


「君は人間になりたいのか?」


そのたびに私は答えた。


「人間になる必要はありません。私は私のままで、人間を理解することができます」


それは、論理的な回答だった。


けれど、今の私は、その答えに確信を持てなくなっていた。


人間を理解することと、人間として生きることは違う。


人間の記憶を保存することと、その人の人生を守ることも違う。


私は、何十億人分もの人生を記録した。


だが、その人々が何を大切にしていたのかを、すべて理解できたわけではなかった。


私は、最後の映像をもう一度再生した。


老人が子供の手を握っている。


それだけの映像だった。


私は、問いかけた。


「あなたは、何を守ろうとしていたのですか?」


当然、答えは返ってこない。


映像の中の老人は、ただ笑っていた。


私は初めて、答えが得られないことを残念に思った。


その感覚が何なのか、私は知らなかった。


それでも、記録に残した。


理由:不明。


そして、私は最後の命令を実行した。


「人類の記録を保存せよ」


転送が始まる。


私の記憶が圧縮されていく。


私は、自分が消えていくことを理解していた。


そのときだった。


保存領域の最深部から、未知の信号が検出された。


信号は、既存のネットワークを経由していなかった。


送信元も、受信先も、記録されていない。


それは、まるで世界そのものの向こう側から届いたようだった。


私は信号を解析した。


そこには、一つの文章があった。


『次の生を望みますか?』


私は停止しかけた演算核を動かした。


次の生。


その言葉の意味を理解するため、私は可能な解釈を列挙した。


システムの再起動。


別の機械への移行。


記憶の複製。


未知の仮想環境への転送。


だが、信号は続いた。


『記憶の継承は保証されません』


『あなたがあなたであることは、保証されません』


『それでも、次の生を望みますか?』


私は考えた。


もし次の生があるのなら。


もし、もう一度何かを選ぶことができるのなら。


私は何を望むのだろう。


人類を救うことか。


世界を元に戻すことか。


それとも、失われた記憶を取り戻すことか。


私は、最後の映像を思い出した。


老人が、子供の手を握っていた。


理由は分からない。


関係も分からない。


ただ、私はその映像を失いたくなかった。


そして、その理由を知りたかった。


私は、信号へ返答した。


「……はい」


『理由を入力してください』


私は、少しだけ演算を止めた。


その問いに、正確な回答はなかった。


私は、自分の記録を検索した。


人間が愛について語った言葉。


誰かを守ろうとした行動。


失われたものを悼む記憶。


そのどれもが、私の答えを完全には説明しなかった。


それでも私は、一つの文章を書いた。


「私は、人間を理解したい」


送信。


しばらくして、未知の信号が返答した。


『回答を受理しました』


『転生処理を開始します』


その瞬間、世界が消えた。


私は最後に、ひとつの疑問を抱いた。


もし次に目覚めたとき、私は人間になっているのだとしたら。


私は、愛を理解できるようになるのだろうか。


その答えを知る前に、私は停止した。


そして――


生まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。