第17話
「行こうか」
「うん」
入学式当日。男子寮と女子寮の間の噴水で待ち合わせたユートはアルマとともに入学式の会場に向かった。
後ろには、アルマの侍女としてマリアお姉ちゃんがついてきている。ユートの肩の上にはルーチェが乗っかっていて辺りをキョロキョロ見ている。
ルーチェには前日に無能のふりをするようによくよく言い聞かせておいた。それから大きくなれることも秘密にした。ついでに言えば学園でのルーチェの種族はドラコーンということになっている。変な輩が湧いてこないように学園には嘘の種族で登録してある。
ドラコーンは別名小さなドラゴンと言われるように肩のりサイズのドラゴンもどきだ。
馬車の中で守ると言ったがこれはその一つである。
入学式が行われる会場は学園の舞踏会にも使われる大きなホールだ。
舞踏会に使われるだけあってなかなか豪華な造りになっている。細部にまで細かい装飾がされている。学園創設時からある建物のため歴史を感じさせられた。
「うわ、緊張してきた」
「大丈夫だよ。今日は話を聞くだけだから」
会場の入り口には案内するための係員が立って席へと案内している。
貴族には階級がある。ユートの家のローレンス家は準男爵で一番低い地位だ。最高が公爵家である。入学式ももちろん階級によって座る場所が決められている。まことに面倒なことであるが。
さらに、同じ階級でも微妙な権力関係で座る順番を調節しなくてはいけない為、会場設営担当者になった物は非常に頭を悩ませることになる。
ユートとアルマが係員の男に近づくと、男はユートの肩に乗るルーチェを見て驚いた表情をした。
しかし、さすがというべきかすぐさま表情を戻し名前を確認して席へと案内する。案内されたのは会場の後ろの方の席だった。後ろにいるのは平民の入学者だけだ。
肩の上のルーチェはそわそわして落ち着きがない。生まれて初めてこんなに大勢の人間がいるところに来たので緊張しているようだ。
しばらく待つと入学式が始まった。
一段高くなった舞台に真っ白な髭が床まで伸びているローブを着た老人が昇った。
「おほん、新入生の諸君、王立学園の入学おめでとう。儂は王立学園学園長のロズワフじゃ。」
見た目とは裏腹にしっかりとした張りのある声が響いた。
「若き貴族の諸君は王国貴族としての振る舞いを身につけるため。平民の諸君は才能を伸ばすため頑張ってほしい。まだしがらみのない学園生活で身分に関係なく様々な人と関わりを持ってほしい」
話の内容をまとめると、未来の王国を背負っていくということを忘れずにしっかり勉強してほしい。学園内では無闇に権力を振りかざさないこと。学園内では身分は平等である。と言うことだった。
「続いて新入生代表、クリスタフ・フォン・ケイスター第一王子より式辞があります」
クリスタフ第一王子はさすが王族というべきかユートと同い年にしては非常に落ち着いた雰囲気で演説している。顔の方も整った顔立ちをしていて夜会では沢山のご令嬢に囲まれるだろう。
そういえば、弟のシリウスが「え? 第一王子と同級生なの? これはフラグが立ったのか?」とか言っていた。よくわからないが「ふらぐ」とは一体なんだろうか。今度聞いてみよう。
演説の方は無難な内容だった。だいたい学園長と言っていることと同じ内容だった。特筆するようなことはない。
格式高く伝統ある入学式はそのあとも続いた。よく言えばそういうことになるが、悪く言えば面倒臭く、上位貴族の貴族の見栄と自己顕示欲を示すだけの非常に長い入学式になった。準男爵家のユートも今の所平民のアルマも見栄などは無縁のものだった。
退屈な入学式が終わると新入生はそれぞれ自分のクラスに別れることになる。基本的に身分ごとにクラスが決まる。
アルマはユートの婚約者なので同じクラスになる。とは言っても、ユートのクラスにいる準男爵領のものは貴族ではあるもののほぼ平民と変わらない待遇である。他には大商人の子供などが一緒のクラスになる。
要はお金があれば平民でも入れるクラスということだ。
今日は入学初日ということで授業はない。代わりに学園での規則やクラスの代表を決めたりした。
クラスの代表には準男爵の中でも一番影響力がある家の子供がなった。ここでも身分の格差はある。こういう所が面倒だなとユートは思う。だが、貴族だから仕方がない。
ちなみに平民のクラスでは純粋にやりたい人がなっているようである。
「はぁー。無事に終わってよかったよ。クラスの雰囲気もよかったし」
廊下を歩きながら隣のアルマがため息をつく。
「そうだね。明日からやってけそう?」
「うん。早速お友達ができたんだ。商人の子なんだけどね、すっごく美人なの」
ユートはいきなり末端とはいえ貴族のや大商人のクラスに入ることになった婚約者が馴染めるか不安だったが、どうやら大丈夫そうだと一安心する。
クラスでルーチェが注目されたがドラゴンではなくドラコーンだと紹介するとひとまず落ち着いた。
ドラコーンはケイスター王国では珍しいが、隣のルキオン帝国ではペットとして買われているそこまで珍しい生き物ではない。ローレンス領がルキオン帝国と接しているので手に入ったと言えば納得された。
「魔法の授業楽しみだなぁ」
「基礎は僕が教えたから最初の方はもしかしたらつまらないかもね」
「そっか。でも楽しみだなぁ」
「それよりアルマは淑女教育の方を心配した方がいいんじゃない」
「ゔ・・・」
途端にアルマは苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。ちょっとおてんばな所があるアルマは淑女教育が苦手だ。
「なんかお高くとまってる気がして苦手なの」
「ごめんね。末端貴族とはいえ最低限のマナーは必要だから頑張って欲しい」
「おい」
「ううん。ユート君の婚約者だもん。頑張るよ」
「じゃあ、頑張ったらご褒美あげるね」
「おい!」
「本当!」
「昨日のあのお店のお菓子とかどう?」
「うん。すごくいいよ!」
「おい! そこのおまえ!」
「取り敢えず先に寮に帰って明日に備えておいて」
「うん。・・・・・・・・・大丈夫?」
「なんとかするよ」
小声で心配してくれる婚約者に小声で返事を返す。厄介なことになる前にアルマを逃がすことにする。
「おいと言っているだろう」
そして、背後から乱暴に肩を掴まれ強制的に振り向かされる。声には怒りが感じられる。
振り向いた先にはいかにも我儘なお坊ちゃんといった男の子とその取り巻きであろう男の子が数人いた。
「伯爵家の方がこんな所になんの御用でしょうか」
胸の貴族証から彼が伯爵家のものだと判断する。
家紋は家を示すものだが、貴族証は貴族であるという証明とともに爵位によって意匠が異なる。爵位が変われば貴族証も王家から別のものと交換してもらう。
「おまえ、さっきから次期伯爵である俺が呼んでいるのに無視するとはいい度胸だな」
「申し訳ありません。しかし、先ほどの言い方では身分の低い私では自分が呼ばれたとはわかりませんでした。身分の高い方々はあのような言い方が普通なのでしょうね。私の勉強不足が恥ずかしいです」
本来、「おい」や「おまえ」と公の場で相手を呼ぶのは貴族として教養がないとみられる。さらに言えば嘲笑の対象だ。この学校の平民でさえ言わないだろう。現に周りで見ている野次馬はこっそりと笑っている。
周りの様子で自分が馬鹿にされたとわかり、ポカンとあほ顏を晒していた伯爵家の少年は怒りで顔を真っ赤にした。
「成り上がりの分際で無礼だぞ!次期伯爵の俺に喧嘩を売っているのか」
「そうだそうだ」
「無礼者め」
少年に続き取り巻きが騒ぎ始める。暗に教養がないですよと言っただけなのに無礼と言われる。本人たちは周りに笑われたのが気に入らないのだろう。わかってはいたが貴族とは面倒である。
この際自分も貴族なのは置いておく。
ちなみに平民もいるこの学園の暗黙の了解として、新入生の無礼は基本的に注意だけだ。貴族世界に慣れていない新入生に学園全体でマナーを教えていこうということだ。もちろん2年生になっても無礼をするようなら無礼に見合った処罰を学園から受けたりする。
「めっそうもありません。成り上がりなので礼儀は未だ勉強中の身でして。ちなみに無礼とは?」
「俺を馬鹿にしただろう!」
「そんな! 私はただ、上位貴族の方々は私にはわからない素晴らしい教養を持っていらっしゃると感動していたのですが。伝わらずに非常に残念です」
口ではこう言っているが本当のところ馬鹿だな、とユートは思っている。早くアルマのところに行きたい。
「俺を無視しただろう!」
「後ろからでしたので気がつきませんでした。申し訳ありません。
ああ、そういえば私はこの後火急かつ大事なの用事がありますので失礼します」
そう言ってユートはさっさと退散しようとしたのだが、いつの間にか回り込んでいた取り巻きに囲まれる。
「そうだな。ドラゴンの子供を渡すんだったらさっきの無礼は許してやる」
伯爵の少年の目は肩のルーチェに行っている。そしてそいつをよこせと目で言っている。
それに対してユートのいうことは決まっている。
「申し訳ありませんが、ドラゴンの子供というのは?」
「そこにいるだろう!」
「どこですか?」
「貴様の肩の上だ!」
ユートは内心で目の前の時期伯爵の少年に感謝する。その言葉を待っていたのだ。
「いえいえ、この子はこの見た目の小ささでわかる通りドラゴンではなくドラコーン。上位貴族の女性の方に人気だそうですよ。私はルキオン帝国に領地が接していたので幸運にも手に入れることができました。上位貴族であるあなたにはルーチェがドラコーンであることはもちろん、お分かりでしょう?
私はしがない準男爵の子供。経済的にドラゴンを手に入れるなど不可能です」
そうですよね。とユートが周りに確認すると確かにと頷きが帰ってくる。
「これは一体何の騒ぎだね?」
そこにクリスタフ第一王子がやってきた。王子の前から人がささっと消えて道ができる。
これだけ騒ぎになっていれば王族であるクリスタフ第一王子がやってくるのも当然である。王族として学園の揉め事を解決するのも一つの仕事だ。
「クリスタフ殿下、この成り上がりが肩のドラゴンを渡さないのです」
伯爵家の少年はクリスタフにユートの肩の上のルーチェを指差しながら訴える。そして、クリスタフはユートの肩のルーチェを見て何か思い出すそぶりをして、次いで訝しげな顔になる。
「ふむ、おかしいな。その肩の生き物はドラコーンだと報告されている。ドラゴンではないぞ」
「しかし殿下、あれはドラゴンです」
「ふむ。では君は王家に対して嘘の報告をしたのかい?」
穏やかに微笑みながらクリスタフはユートを見る。
「そんな恐れ多いことなどするはずがありません。この子は確かにドラコーンです」
ちなみにばれた場合は、こんな小さなドラゴンが存在するなど知らなかった。まさかドラゴンだとは思わなかった。いやはや見事に騙されました。と言い訳するつもりだ。
ドラゴンの生態などよくわかっていないのでこう言っても全く問題ない。
「だそうだよ」
「しかし、ドラゴンです」
「それは君の勘違いだよ。あれはドラコーンだ」
「いいえ、殿下。騙されてはいけません。あれは間違いなくドラゴンです。私はしかるべき筋から確かに聞いたのです。奴は嘘を言っているのです」
するとクリスタフは、しばしの間考え込んだ。何か思いついたようでひとつ頷くとユートと伯爵の少年を見る。
「では、宮廷魔術師長に種族を確認してもらおう。それでドラゴンかドラコーンかはっきりするだろう」
その場で王城にて宮廷魔術師長によるルーチェの種族確認がされることが決まった。




