第16話
ケイスター王国の王都アナトアルは三重の堅固な城壁に囲まれた広大な都である。近くを大きな川であるヴァルーデ川が通っており守りやすい地形になっている。また、ヴァルーデ川を利用した船での物資の輸送により活発な経済活動が行われている。
もともと1つだけあった城壁は人口が増えるに従い増えていき現在の三重の城壁となった。今では一番外側の城壁の外にも街ができるほど発展している。
王都アナトアルは水の都として有名でいたるところに水路が張り巡らされて通常の馬車に加えて船も王都に住む人々の足と物資の輸送の役割を担っている。
その王都まで馬車で半日ほど離れた街道にユートとその婚約者であり幼馴染でもあるアルマは来ていた。もちろん王都にある王立学園に入学するためだ。
王立学園は貴族の子女は13歳から18歳までの6年間、学園で学ぶことが義務づけられている。
例外として該当する年齢でも家を継いで領地経営しているものには特例として免除される。
学ぶ内容は貴族社会で必要な知識や教養、マナー、ダンス、魔法。さらに女子は淑女教育、男子は剣術を習う。
平民であっても貴族の推薦があれば通うことは可能である。そして、ほとんどの平民卒業者はそのまま王城で役人として働くことになる。
父のアランが家の馬車を貸しでしてくれたので王都まで楽に来ることができた。それでもローレンス領から王都アナトアルまでは遠く、ここまで来るのに1週間かかった。
「うう、緊張してきた」
「今から緊張してると王都で持たないよ」
「でも、王都だよ。なんか緊張しない?」
「楽しみだけど緊張はしないな」
アルマは初めての都会に興奮しすぎて逆に緊張してしまった。対してユートは噂に聞く王都が申すぐ見られるのでワクワクしている。
「まあ、ルーチェ抱いて少し落ち着いて」
子犬ぐらいの大きさのルーチェだが、本当はユートとアルマ2人を乗せて飛べるぐらいの大きさだ。ユートの頭の上が居心地が良いらしくほどんど子犬サイズで過ごしている。
家でお留守番をさせようとしたところユートに張り付いて離れなかったため一緒に来ることになった。
ちなみにそのせいで学園にルーチェを同伴する許可を得るために出発が伸びた。
「きゅきゅきゅ!」
「ああ! ルーチェちゃん。癒される」
アルマは腕の中のルーチェに頭を擦り付けられながら甘えられて、その可愛らしさに悶えた。
「入学式は明後日だから明日は王都の観光をしようか」
「え、いいの?」
「うん。せっかくだからいろいろ見に行こうか」
「ありがとう!」
「でも、ルーチェはお留守番だよ」
「きゅ? きゅぅーーー!」
「なんで?」と首を傾けたルーチェは自分も行きたいと主張するように鳴き声をあげて抗議する。
「ルーチェはドラゴンの子供ということで目立つ。学園では自由にしていいみたいだから我慢して」
「きゅ、きゅるる!」
「お土産買ってきてあげるから我慢して」
「きゅぅぅぅ」
まだ不満そうなルーチェにユートは少し声を落として脅すことにした。
「攫われてどっかに売り飛ばされて、もう会えなくなるかもよ?」
「きゅわぁー!」
そんなのは嫌だとルーチェはアルマの腕の中で号泣した。尻尾を抱えながらブルブル震えている。
「ユートくん、そんなに脅さなくてもいいんじゃない。大丈夫だよルーチェちゃん。あんなユートくんなんか放っておきましょ」
「いやいや、実際あり得る話だから」
「王都だよ? ルーチェちゃんを誘拐したらすぐにばれるんじゃない?」
「相手が貴族だとばれないし、ばれたとしても問題にならない」
「どうして?」
ユートは幼馴染とドラゴンに説明する。
「もし、ルーチェが攫われて貴族が、正確にはローレンス家より格上の貴族がルーチェを手に入れたとすると僕たちがルーチェを返せと言っても、もともと自分たちのものだと主張して返してくれない可能性が高い。むしろ僕たちの方が偽証罪で訴えられる。僕たちのものだと証明できないから返してくれない。例えルーチェが懐いているのが証明だと言っても人懐っこい性格だと言われて仕舞えば終わりだ。
これが学園内で攫われれば学園にはルーチェのことを話してあるから学園が証明してくれる。上位の貴族でも無理やり手に入れることは難しい。警備も厳しいしね。
だから、ルーチェはお留守番しててね」
ブンブンと首が取れそうな勢いでルーチェは首を縦に振った。誰だって誘拐されるのは嫌なのである。
「けど、王都はそんなに危ないの?」
「王都は国では一番治安が良くて安全な場所だ」
「じゃあどうして?」
王都が危険な場所だと不安になったアルマに王都は安全だと言い聞かせて頭を優しく撫でる。
もちろんルーチェの頭も撫でて安心させる。
「ルーチェが珍しいからだよ」
ユートは1つため息をついて続ける。
「まずは、ルーチェがドラゴンの子供だということ。これだけで売れば一生金に困らないだろう。さらに、白銀色の鱗だ。装飾関係の人間は喉から手が出るほど欲しがるだろう。もちろん貴族も」
「ひどい」
「世の中そんなものだ。金に群がる亡者ばっかだよ」
忌々しげにそう告げたユートの瞳は暗く影を帯びていた。
その様子を不安そうに婚約者のアルマは見つめる。
前世で家族を殺され、その恨みをぶつけようにも300年後の世界。せめて仕返しするとするならば自分たちの魔石を取り戻すぐらい。国相手に個人でケンカを売るにはルキオン帝国は大きすぎる。
行き場を失った憎しみは2回目の人生で人間は基本悪だという考えに歪み、自分の大切なものを失うことへの過剰な恐怖を生み出した。
ローレンス領では人間関係に恵まれていたため表面化してこなかっただけだ。
アルマは自分の婚約者の少年の思わぬ負の部分、言い換えれば弱い部分を見て、彼の支えになりたいと考えた。
ここで、負の部分を心の弱い部分と考えて支えてあげたいと思うのはアルマの優れた部分である。
「まあ、僕が守るから大丈夫だよ」
パッといつもの表情に戻ったユートに馬車の中の空気が明るくなる。
「でも、一応気をつけてね。予想外の出来事もありうるから。
ーーーー面倒なのがたかって来ないのを願おう」
後半のセリフは表情が変わらなかったことと、口をほとんど動かさずに小声で言ったためアルマには聞こえなかった。
「アルマは王都でどこか行きたい場所とかある?」
「えええ、わかんないよ。王都なんて行ったことないから」
「美味しいお菓子系の店はどうかな」
「お菓子! 食べたい!」
「ふふ、じゃあ、お菓子屋さんにしようか。エリザさんからいい店教えてもらったんだ」
「・・・・・・エリザさんいつの間に調べたの」
「侍女として当然ですって教えてくれた」
ポカンと口を開けて唖然としているかわいい婚約者に和まされつつ馬車は王都へと向かった。
「止まれ!」
王都に入るために検問を受けたら止められた。
「怪しい奴め! さては誘拐犯だな。皆のもの、捕えよ」
こうなるのも仕方がないかもしれない。
なぜなら、御者をしているのがあの警備隊の人間なのだ。これでも警備隊の中で一番穏やかな顔をした人間を連れてきたのだが王都の門番には犯罪者に見えたらしい。
一応、馬車に家紋と貴族証をつけているんだけど気がついていないな。
「お待ちください。彼は私の家臣です。決して誘拐犯などではありません」
「おお、貴族の方ですな。ささ、今の内にこちらへ。賊は我々が責任を持って預かります」
「いえ、本当に彼は・・・・・・」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。そう言うように言われているのですね。しかし、もう大丈夫ですぞ!」
は、話が全然通じない。
わかっていますとわけ知り顔で頷かれるが、誤解だ。
彼はただ、ちょっと顔が厳しいだけだ。
最終的にこの門の警備の責任者を交えての大騒動になってしまった。
昼についたはずなのに説得に時間がかかり夜になってしまった。
もう初日からぐったりと疲れた。主に精神面で。




