嵐の中、過ぎ去った後8
「了解」
銃を向けあっていたフォボス3が構えを解き、大破していたフォボス2がそれまで通り二本の足で歩きだす。
その背中を追いながら、俺の心臓は一度鼓動する度に楽観と悲観を血液と同時に全身に送り出していた。
楽観論:コースを回った感触は決して悪くなかったし、襲撃に対しても即応出来たと言っていい。
悲観論:その即応において失敗した。最後のスモークからの突撃は他に何かやりようがあったはずで、最終的に俺は頭を撃ち抜かれて撃破されている。実戦であれば、大破したバディ機を連れて帰ることが出来る唯一の存在がその目の前で死んだという事になる。
「……」
尻に振動が伝わる度に少しずつ近づいてくるハンガー=合否発表場所。鏡がないので今自分がどういう顔をしているのかは分からない。
「最後のアレ、惜しかったな」
ハンガーについて、機体を降りるなり笑いながらそう言ってきたのは、その時対峙していたフォボス3=中津伍長だった。
この人が小隊のムードメーカーだというのは、配属されてすぐに分かった。
陽気でノリの軽い、小崎軍曹とは対照的なイメージのその伍長は、本人曰く地毛だという茶色の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
「あと少しずれていれば、俺が死んでいた……まっ、その逆もしかりだろうけどな」
笑いながらそう結んで俺の背中をバシッと叩く。それが発表の合図を兼ねていたと分かったのは、同じく乗機から降りてきたフォボス1=緒方小隊長の姿に姿勢を整えた時だった。
緒方直巳中尉。空挺団出身のベテランは、既に40に達しようという年齢でありながら、俺たちの誰より鍛え上げられた肉体をしていた。体のラインが分かりやすいパイロットスーツでなくてもそれが分かるぐらいに。
「よし、全員だな」
隊長のその声で、初めて軍曹が俺たちの横に並んでいるのに気づいた。
――引き締まった表情といい、うなじの辺りで一本に結ったすこしウェーブしている黒髪といい、こうして並ぶと伍長と対照的だ。
「簡潔に行こう。軍曹」
「はっ」
「随分しごいたな」
「ありがとうございます」
そのやり取りの意味を咀嚼しきるよりも、隊長の鋭い目が俺を捉える方が早い。
「大葉」
「はい!」
「色々言う事はあるが……まずは、合格と言ったところだ」
「ありがとうございます!」
合格の喜び――というよりも、最悪の事態は回避したという安堵の方が強かったのは嘘ではない。
「今後は正式にフォボス隊四番機として扱う。勿論、今後もしごき倒す。軍曹だけではない、小隊全体で、だ。死にたくなければ食らいついてこい。いいな」
「はっ!」
「今回の合格はあくまでお前を便所掃除と書類作成の専門職にするつもりはないという程度のものだ。今後はフォボス2とコンビを組むことになる。気を抜くなよ、小崎のバディとして使い物になって初めて一人前だ」
「そういう事」
小隊長の言葉を続けるようにそう言って、軍曹が俺に正対する。
そして初めての動き=さっと差し出された握手。
「今日からよろしく。相棒」
「……っ、よろしくお願いします!」
握り返したその手は意外な程に柔らかくて、これまで散々に怒鳴りつけしごき倒してきたこの人も血の通った人間なのだと、仮に口に出せばどういう目に遭うか分からない感想が頭をよぎり――そして初めて見たその微笑みに、小隊長に合格を伝えられた時以上に喜びを覚えていた。
「……さて、ところでだ大葉」
「はっ」
ポン、と一拍。
喜びを嚙みしめるのを中断し、即座にその音の主の方へと向き直る。
「今回はペイント弾を使った訓練だった、だからこそこうやってお前は生きて帰り、喜んでいられる訳だが、もしこれが実戦だったらどうなっていた?」
考えるべくもない。
実戦なら、即ち実弾なら被弾した時点で機体の頭部が破壊されていた。
いやそれだけではない。視界が奪われたところで、敵が攻撃を辞めてくれる保証などどこにもない。
当たり前の話だ。余程の乱戦や数的不利にない限り、まだ動ける敵の目を奪っただけで放置する理由はない。
加えて本来の俺の相手はHLPS、即ち人に対して明確な敵意を持った存在だ。交戦規定や、或いはロマンチックな戦場の美談といった人間の理屈が通じる相手ではない。
「死んでいます」
という理屈でもそうであるし、こういう聞き方をされた場合にどういう回答が求められるのかもまた、考えるべくもない。
――そしてこういう場合、この後何が続くのかが前世の職歴がなんとなく教えてくれている。
「そうだな。だが訓練だったからこうしてお前は生きている。なら生きていることを噛みしめろ。腕立て伏せ用意」
その指示が飛んだ場合、どういう行動をとるべきか――これもまた考えるべくもない。
両腕を肩幅よりやや広く、足は肩幅に開いて地面につけ、腕を地面に対して垂直に、肩から足首までのラインは一直線。
「早速洗礼って訳だ」
「楽しそうだな伍長。最後の一発、相手が新兵でなければお前も死んでいたな」
その伍長以上に楽しそうな声の小隊長にそう言われて俺を見る伍長。
そして見上げる俺。目が合うのは一瞬。小さく頷き合い口元だけで笑い合うのも一瞬。何をするのか理解するのも一瞬。
「「1……2……3……4……」」
これが俺の制空猟兵としての最初の一歩だった。
(つづく)
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続きは明日に




