初上陸1
フォボス隊に正式に迎え入れられて一か月が経過した。
俺=大葉辰人二等兵は、来る日も来る日もこの新しい部隊に馴染むように訓練三昧だ。
二等兵、即ち一番下の階級でありながらクラウドウォーカーを任されるというのもおかしな話のような気がするが、2075年の科学力においては、そのレベルの兵器ということだろう。もっとも、クラウドウォーカーパイロットは通常の二等兵と異なり、機体搭乗中に限り特技兵として扱われる。
特技兵というのはその名の通り特殊技能を有する兵士であり、たとえこの世界では特別高価な兵器ではなく、大量に運用されているとはいえ二足歩行兵器の操縦もまた、立派に特殊技能扱いだ。
現在でも所属はフォボス隊だが、正式に特技兵になってからがクラウドウォーカーパイロットとしてのスタートラインだ――方々で何度も言われた言葉。
つまり、あと一年は下積みということだ。
――そう思っていた矢先、午前の課業を終える頃に小隊全体の呼び出しがかかった。
「全員そろったな」
普段は――幸いなことに――ほとんど顔を見ることのない基地司令殿が会議室の前側、学校の教室のようにホワイトボードが占拠する壁の前で、所属部隊ごとにまとまって座っている俺たちを一瞥した。
「早速だが本題に入ろう。本日正午、南太平洋方面軍より応援の要請があった。これを」
阿吽の呼吸というのだろう。脇に控えていた古参軍曹がそのタイミングを分かっていたかのように即座にホワイトボードに映像を映し出した。
ニュース番組の天気予報で――そしてこの組織でもおなじみの気象衛星からの映像。パプアニューギニア北の沖合に瘤のように結集しつつある雲をレーザーポインターで示しながら基地司令が再び口を開いた。
「この低気圧だ。現在は自然低気圧との判別中だが、今後HLPSに発達する可能性が高いと国連気象台及び連合軍気象観測センター共に判断した。これに伴い、インドネシア政府及び南太平洋方面軍司令部より、我々西太平洋方面軍に応援要請がなされた。我が国政府及び西太平洋方面軍司令部はこれを受け、ここに集まっている面子が選ばれた」
突然の海外出張という訳だ。
だが、こういう事態も決して珍しくないというのは教育隊時代から教わっていたし、部隊配属後に他所の基地から同様のケースがあったとも聞いている。
要は、俺たちの番が来たというだけだ――ここまで唐突に言われるものとは思っていなかったが。
「早速だが、明日0800に出発となる。飛行隊は担当各隊のCW及び制空猟兵並びに整備中隊要員を乗せてマノクワリ海上基地へ向かえ」
俺たちからは少し離れた場所に集まっていた飛行隊の面々の方に目をやると、流石に慣れたものなのかその表情に変化はない。
俺たちの敵であるHLPSは敵性低気圧という名前の通り空の遥か上に構えている。となれば、そこまでCWを運ぶ手段が必要になる訳だが、その際に力を借りることになるのが彼ら飛行隊だ。
CW輸送用の専用機を用い、上空まで俺たちを運んで、HLPSの上に落とす――こういうと簡単な仕事のように思われがちだし、実際に同じ輸送機でも空自のパイロットに比べれば倍率も低いそうだ。
だが、彼らの仕事はただ運ぶだけではない。
クラウドウォーカーを投下するということは、俺たちを抱えたままHLPSに接近するということを意味する。
それはつまり、明確にこちらに敵意を抱き、超音速の飛翔体を捕捉する防空能力を持った敵に、人類で最初に突っ込んでいくという意味だ。
整備隊が俺たちを作り、飛行隊が俺たちを運び、俺たちはただ歩くだけ――クラウドウォーカーパイロットを一か月もやると、先輩たちから語り継がれるその言葉の意味は十分すぎるほどに理解できる。
「週末は潰れたな」
解散後、会議室を辞しながら伍長が笑いながら漏らした。
「まあ、何もなければ南の海でバカンスだ。そう願おうじゃないか」
彼と馴染みのダイモス隊の隊員が同じく笑いながら応じる。
金曜の朝にインドネシアまで飛んで行って、もし必要に迫られればそのまま一戦交えることになる。
「週末ね……」
漏らした声は誰にも聞こえなかったのだろう。
俺自身、別にそれが惜しい訳ではなかった。
ただ、そうやって身近な問題に目を向けたかったのだ――異国の空の上で死ぬかもしれないという恐怖から。
「……」
一日の課業を終えて自室に戻る。
ベッドと事務机とロッカー、それらの隙間で暮らしていると言われる鰻の寝床でも前職で俺がいた田舎の駐屯地に比べれば個室があるだけ素晴らしい進歩と思っていたが、こういう時に相談できる先輩=経験者がいないというのは欠点と言えるかもしれなかった。
「……」
薄暗い天井の照明を見るでもなく見続けていると、降下訓練で見た太陽の姿が重なっていく。
「空の上……」
空の上には何もない。
陸も、海も、足元の遥か彼方。何百万人が暮らす都市ですら、地面に描いた絵のように立体感を失うのに、離陸から数分とかからない。
空の上には何もない。青い空と白い雲と太陽だけ。
本当に天国が雲の上にあるのなら、随分寂しい場所だ。
「……」
その寂しい場所で、俺は死ぬかもしれない。
「……ッ」
どこまでも続く青い空の下、たった一人で死んでいく――その光景が妙に生々しく頭の中に浮かんで、俺は自分の頬に両手を強く叩きつけた。具合の悪い機械を叩いて直すみたいに。
「……寝よう」
ネガティブな――そしてそれ故に妙に具体的なビジョンを持った映像を無理矢理頭から追い出して部屋の明かりを消すと、消灯時間よりも早く俺は部屋を暗くして無理矢理に眠りについた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




