初上陸2
「ご搭乗の皆様に申し上げます。この度は第612戦術輸送飛行隊をご利用いただき誠にありがとうございます。当機は間もなく離陸いたします。どなた様もシートベルトをおしめになってお待ちください」
ティルトウィング輸送機VC-224シームルグ。
自分の機体と共にその後部ハッチから乗り込むと、冗談めかした機長のアナウンスに古馴染みの整備隊員が笑っている。
彼らにとっては慣れているのだろう。
「初陣だな」
「はい……」
同じくこの機体で運ばれていく軍曹もきっと。
頭の中に、今日までの日々が蘇る。フォボス隊に配属されてから今日までの日々。
――フォボス4!遅れているぞ!!
あの試験以降も、軍曹のしごきの手は全く勢いを緩めず続いた。
いや、むしろあれ以来一層遠慮がなくなったようにさえ思えるレベルだ。
――大葉!寝てんのか!!
そこに小隊長のそれも加わるとなれば、怒鳴り声が途切れることはない。
前職の経験がなければ挫折だってあり得ただろう。正直全体で見れば俺のいた自衛隊の方が厳しい気がするが、それでもだ。
――フォボス4!今日一日で何度死ぬつもりだ!!
怒鳴られるのには慣れた。
フォボス隊のしごきはきついと、同期の間で語り草になっているらしいというのはこの前風の噂で聞いた。
軍隊のしごきとは、つまり極限状況に追い込んで、その上でなお正確な判断を下せるようにするためのものだ。
頭では分かっている。経験もしている。
だが、だから実戦でも大丈夫だと思えるほどの成果は、今日まで一切残せていない。
「……硬くなりすぎるな」
「はい」
だから、軍曹のその言葉にも、口では返事をして、頭はそうしようと努力を続けている。
と、同時に先程の機長の冗談めかした指示に従ってシートベルトで体を固定。
冗談などいうタイプではない軍曹の指示には、どうしても応じられそうもない。
「コックピットよりキャビン。管制塔から許可。ストーク62発進する」
その通信で一度キャビンが静まり返り、代わりにエンジン音が大きくなって、尻の下にゴロゴロと衝撃が走っていく。
それがふわりと唐突に途切れた。第612戦術輸送飛行隊の二番機。ストーク62というコールサインのそれが地上を離れる――もう戻ることは出来ない。一戦交えるにせよ、そうならずに済むにせよ、全て終わるまでは。
「……」
隣に目をやる。作戦資料に目を落としている軍曹の横顔が見える。
落ち着いて真剣な表情。男であればきっとイケメンと言われているだろう涼やかな顔。女性隊員に隠れファンがいるなどという噂さえある人。
今はそんなこと気にする余裕もない。今俺の意識の中にあるのは、彼女の真似をして資料に目を通すことだ。
そうやって、不安を少しでも頭から排除することだ。
しばらくそれを続け、それから資料を閉まって仮眠をとった――軍曹に倣って、そして脳が擦り切れるような感覚に襲われて。
幸いと言うべきか、昨日の夜から緊張状態にあった体は、その眠りをすんなり受け入れてくれた。
そして肉体的な回復が精神の回復にも影響したのだろう、マノクワリ海上基地=インドネシア西パプア州の都市マノクワリ沖に造られた埋立地の基地に到着する頃には、俺の頭の中には飛び立つ前よりも少しだけ整理がついていた。
「ふぅ……」
基地に向かって高度を下げ始めたところで、誰にも聞こえないよう小さく息を吐く。
もう戻ることは出来ない。最悪ここで実戦となる。
だが、クラウドウォーカーに乗る以上元よりそれは避けられないのだ。
言わば背水の陣。もう逃げ道はない。だったら、今やることは悩むことではない。自分が何をするべきかを考え、生き残るためにそれに全てを賭けることだ。
その方向に結論が出て、それからその考えが揺らぐより前に話が進展したのは、中々に幸運と、無理にでも言えるかもしれなかった。
「さて諸君、残念だが南の海の素晴らしいバカンスはお預けになった」
フォボス隊を運ぶもう一機の輸送機=ストーク61から降りてきた緒方隊長がそう言ったのは、基地に到着してすぐ。荷物を置くのもそこそこにこの基地の作戦会議室に召集された時だった。
朝一で空を飛び、やって来た異国の地。そうとは思えない程よく似た作戦会議室。
「お集まりの諸君らの協力に感謝する。私は有志国連合南太平洋方面軍、ワヒド大佐だ。今回の作戦の指揮を執る」
集められた俺たち=日本部隊とオーストラリア部隊、そして現地インドネシア部隊の面々を一瞥しながら、立派な体格の老軍人が壇上からそう告げた。
「本来ならお互いの親交を深めたいところだが、生憎敵はそう猶予を与えてはくれないようだ」
どうも似ているのは、建物だけでなく副官との阿吽の呼吸ものようだ。
部屋の隅、コンソールの前に控えていた南太平洋方面軍の軍曹が慣れた手つきでコンソールを起動させると、大佐の前、ちょうど教室の生徒たちのように座っている俺たち全員から見えるように立体映像が浮かび上がる――この辺は我らが基地の設備より進んでいる。
その立体映像の中、精巧なジオラマのように再現されている、パプアニューギニア北の海域。
その上空に、俺たちが招集された理由が堂々と鎮座している。
「今から一時間前、有志連合軍気象観測センターはパプアニューギニア沖の低気圧をHLPSと認定。以降本HLPSを『アギリーズ』と呼称することとした」
有志連合軍気象観測センターではHLPSには通常の台風やハリケーンと同様、固有名が与えている。通常の台風やハリケーンが人名なのに対し、こちらの命名法則は世界各国の歴史上の兵器の名前からつけられるそうだ。人格など存在しない明確な破壊力を持った敵ということだろうか。
「アギリーズの中心気圧は994hPa、強風域の半径は190km、決して大きなものではないが、これでもクルーザーとして十分な能力を持っている。……まあ、諸君らには釈迦に説法だと思うが」
HLPSが通常の台風と異なる点のもう一つが、このクルーザーという階級だろう。
その外見からは想像がつかないが、トルーパーと呼称される人型二足歩行兵器=人類側のクラウドウォーカーのモデルとなった存在も、分類でいえば最も小型のHLPS、即ち敵性低気圧である。
HLPSはそのサイズや能力によっていくつかに分類されるが、狭義のHLPSと言った場合、つまり通常の台風のように雲を纏い、風と雨をまき散らすのに加えて、トルーパーを始めとしたより小型のHLPSを展開する能力を有する規模のものを指す。
そして、それに合致するとされたものに付けられる名称がクルーザーだ。
巡洋艦の名が示す通り、単体で外海を移動し他の陸地へと攻撃を行うことが可能なHLPS、シュトゥルムヤークトの対象となる存在だ。
そのクルーザーを再現した立体映像上に、イクラのような赤い点が無数に広がっていく。
その大多数はかなとこ雲のように平坦になった頂上部分に集中していて、更に言えば外縁部の強風域ではなく、中心の暴風域に固まっている。
そしてその赤い点全てが、後から表示された青い円の範囲に収まっていた。
(つづく)
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