初上陸3
「レーザー観測の結果、ソリッドクラウドの展開範囲はこの青枠の中、直径20kmと判明した」
大佐がその円を指さしながら説明する。
HLPSの展開するソリッドクラウド。地面のように固まった雲はHLPSの象徴のような現象ではあるものの、強風域の全域まで全てをこれで構成するケースはまずない。今回のように、暴風域のみに集中し、周辺の雲は通常の台風と同じものであることがほとんどだ――と、教育隊の座学で習った。
つまり、俺たちの仕事はこの20kmの範囲内に降下して中心を目指すことだ。
その段の説明に入るのだということは、青い円の中心、一際大きな赤い光点が現れたことで理解した。
続いて、その光点に向かって東西南の三方向から進む矢印も、その考えを補強する。
「そこで今回の作戦は、この密集したソリッドクラウドの東西端にバックアップチームが降下。周囲に展開しているトルーパー及びフラックを無力化してもらう」
大佐の説明と同時に矢印のうち二本が左右から青い円に触れ、それを合図に無数の赤い点のうちのいくつかが二倍近くに膨張する。
フラック。HLPS破壊における最大の障壁といっても過言ではない、連中の空の守り。
その姿は、ちょうど立体映像に映し出された通りの代物=トルーパーと同様の人型上半身に昆虫のそれに近い六本足、そこに二本のアウトリガを加えて蜘蛛のような八本足の形をとる。人型の胴体がその上に乗っているが、人型といっても胴体と首だけで、右腕は人間でいう肩の辺りから長砲身に置き換えられており、左腕にはカイトシールドのような板状のパーツに換装されている。
盾に見えるこのパーツがイージス護衛艦などに搭載されているフェーズドアレイレーダーのような役割を果たし、接近する航空機からミサイルまで複数目標を同時捕捉、右肩の105mmガンランチャーによる迎撃が行われる。
幸い個体数自体は少ないものの、高脅威目標であることに変わりはない。
そのため、シュトゥルムヤークトにおけるバックアップチームの仕事は、即ちこれの破壊と言っても過言ではないだろう。
「フラックの無力化により作戦空域の脅威レベルの低下が確認でき次第、南側からサックチームを投入。ルーラーへの肉薄を行う。これによるルーラーの浮上後、周辺空域に待機している攻撃機よりHGVによる攻撃を行う」
立体映像に追加される一個飛行隊。まるでプラモデルのようなそれぞれから伸びた直線が、南側からHLPSの中心に向かう矢印の一団を飛び越え、中心に鎮座した大きな点へと集中する。
陽動によってHLPSの守備戦力をかく乱し、その隙を突いてルーラーへ肉薄、ルーラーの浮上したタイミングを狙って極超音速滑空体による爆撃。古典的と言っていいシュトゥルムヤークトだ。
「サックチームは我々インドネシア部隊が担当する。集まってもらった日本部隊、オーストラリア部隊には東西より降下してフラックを無力化してもらいたい」
それぞれの国旗付きの矢印が改めて三方向から中心に向かう立体映像。
一番おいしいところを呼び出した本人たちが決めていく――とは誰も思わないだろう。
シュトゥルムヤークトのシュトゥルムヤークトたる所以のポジション、最もルーラーに肉薄する=最も敵陣奥深くまで突撃し、HGVによる攻撃までの間ルーラーを釣り上げ、万が一空爆が失敗した場合には自らルーラーにとどめを刺す。それがサックチームの役割だ。
サック、というのは元々アメリカンフットボールの用語だそうだ。
ディフェンス側の選手がボールを持ったクオーターバックにタックルする戦術で、成功すればそれで相手の攻撃を潰し、かつ後退させることが出来る。言いえて妙な表現といえるだろう。
有志国連合軍においては元々別の表現があったらしいが、最大規模の人数を誇るアメリカ出身の隊員たちにとって馴染みのあるアメフトに関係のあるスラングが、そのまま今では正式な言葉として使われている。
そのサックを成功させるべく、クオーターバックを守るオフェンスラインを潰しておくのが俺たちバックアップチームという訳だ。
「現在アギリーズはパプアニューギニアとの国境線北の沖合に停止中だが、明日の朝にかけて西進し、我が国の排他的経済水域に侵入するものと思われる。そこで、明日の朝0600に作戦を開始、領海に侵入される前にこれを排除する」
現在時刻は17:25。一晩で用意を終え、出撃前にひと眠りする時間はありそうだ――アギリーズが急加速しない限り。
いくらシュトゥルムヤークトが狂気の戦術といっても、夜間の攻撃はただの自殺行為だ。
単純に視界が悪く降下の難易度も急上昇するのに加え、碌な照明もない雲の上ではただまっすぐ進むだけでも一苦労だ。
幸い、HLPSの発達を抑制する方法は存在しているし、一晩で急激に巨大化した例はいまのところない。狂気の作戦であるが故に、少しでも成功率を上げておかなければならない。
そうだ、成功率を上げなければならない。成功しなければならない。失敗した場合、この基地のある海上から少し陸に行っただけの所に住んでいる多数の人間に被害が及ぶかもしれない――それこそ青朋島のように。
「……」
大葉青年としての記憶が呼び掛ける。あの日までの日々がごく短時間に数えきれないほどに再生される。
失敗すれば、母のような人間を無数に生み出すことになる。
「……ッ」
唾液が、まるで石を飲み込んだような質量で喉を落ちていく。
その感覚は、会議が解散となり、臨時に機体を預けることとなった借り物のハンガーで整備班と共に調整に入った段階でも残り続けた。
「向こうさんがデータを持ってきた。硬度は5だそうだ。ソールは12番で行くか?」
機付長=俺の機体を担当してくれる整備班のトップが、手元の資料と班員たちの仕事をそれぞれ目で追いながら提案してきた時も、喉の詰まったような感覚は消えなかった。
「えっ、あ、はい。12番でお願いします」
ソリッドクラウドにはその硬さによって8段階に分けられており、数字が大きくなるごとに硬さが増す。
クラウドウォーカーが運用できる最低の硬度が3で、今回は5。丁度F-1カーが路面の状態でタイヤを替えるように、雲の状態で機体の足の裏にあるゴム製の底部を変更する。
といっても大体の場合は今回のように12番と呼ばれる汎用ソールを使用する。
これはありがたい。今の状態で、頭の中で青朋島の映像が止まらなくなっている状態で細かな選択など出来そうもない。
「……ぶっ壊して帰ってくるんじゃねえぞ。それに、帰ってこないのも無しだ」
「……はい」
ベテランの機付長には、俺の精神状態など丸わかりという訳だ。
パチンと、両頬を叩く音が、整備班の声や機械の音に消えた。
(つづく)
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続きは明日に




