初上陸4
設定を終え、試運転をこなし、問題がない事を確認したら仮眠をとる。正確に言えば何とか眠ろうとする――ここの医務室でも睡眠薬を処方してくれて、この時代には隊員1人1人に同時翻訳デバイスが支給されていて助かった。
「第357制空猟兵小隊、総員4名、現在員4名、事故なし!」
まだ日の昇らぬうちから起き出し、派遣された各部隊で点呼。小隊長から中隊長へ報告。
いよいよ朝が来た。一度は整理がついたはずの心が乱れ、睡眠薬で眠る夜が終わって、いよいよ本番の朝。
「――諸君らの健闘を期待する。解散!」
中隊長の訓示も短く終わり、それぞれの部隊がそれぞれの機体へ。
ここに来た時と――そしてこれまで毎日しごかれ続けた訓練と――同様に、俺と軍曹が同じ機体に乗り込むこととなる。
「大葉」
「はい!」
出撃前の最終チェックを終えたところで、その同乗者が俺に声をかけた。
思わず直立不動。習い性というのは恐ろしい。
「不安か?」
だが、意に反してというべきか、その声も、向けられた表情もこれからすることと結びつかないぐらいに穏やかだった。
「安心しろ。訓練程難しくない」
「は……?」
ぽん、と肩に柔らかな手が触れる。
「そのために、今日まであれだけきつく当たったのだからな」
お前は大丈夫――付け加えたその声は、これまでで一番ソフトなそれ。
その声と表情の柔らかさ、そして肩から伝わる手の温かさが、不思議な程に俺の中から吐きそうなほどの重圧を取り除いていった。
「そういう事だ」
その一部始終を見ていたのだろう、もう一組=緒方隊長と中津伍長が背後に立っていた――軍曹が一瞬赤面したのが見え、気づいていないふりをすることにした。
「大葉、お前は一兵卒で、兵卒の仕事は生き残ることだ」
その軍曹から引き継ぐようにして小隊長はじっと俺を見ながら、静かにそう告げた。
「軍事作戦である以上、乾坤一擲の大博打なんてめったなことではあり得ない。現場の損耗も作戦失敗時の対応も、司令部は当然想定している。兵卒が考えるのは生きて帰ることだけだ。全てが上手く行かなかった時に、すぐにそれを取り戻せるようにな」
駆け出しの新兵の内心など、この人もやっぱりお見通しだ。
「それじゃ、上で会おう」
「はい!」
去っていく小隊長。その背を追いながら、伍長が不意に振り向いた。
「まあ、そういう訳で……気張れよ」
「はい!」
ニッと笑いながら、先行する小隊長に追いつくと、二人は自らの機体の方へ。
「さて、私たちも行こう」
「はい!よろしくお願いします」
今なら同期に胸を張って言えるだろう。
フォボス隊の訓練はきつい。だが、上官には恵まれている、と。
「コックピットよりキャビン。ストーク62発進する」
昇り始めた朝日を受けながら、無数のシームルグが飛び立っていく。
その一団に混じって、俺たちの乗るストーク62も、太陽に向かって空を駆け上がる。
機内には俺と軍曹、そして飛行隊のキャビン担当要員たち。降下してからが仕事の俺たちと違い、彼らは今の時間も仕事だ。
「コックピットよりキャビン。降下十分前。クラウドウォーカーパイロットは機体に搭乗。最終チェックを行った後待機せよ」
いよいよ時間だ。すっかり頭が馴染んだヘルメットをかぶり、機体の大部分を占めるキャビンのうち、後方に当たる自らの機体へと歩いていく。
天井に設けられた専用レールにうつ伏せの状態で吊られているエトナ。その構造上本来なら胴体上部についている搭乗口は、今は機首側に向いている。
「機体のセッティングは完了している。ソールは12番。各所設定はレギュラーだ」
「了解。ありがとうございます」
搭乗ハッチの前で機付長と最終確認。敬礼を交わすと、俺はハッチの中に滑り込む。
いつものように背中側=今は機体の天井を向いているシートに収まるように、ハッチ横の手すりに手をかけて仰向け状態になり、足から中へ。シートベルトを締めると、改めてシートが180度回転する機能の意味を実感する。
「シートベルトよし!シート正面よし!シート固定よし!」
実感しつつ、機体正面=床側に向いて起動スイッチを押し込んだ。
「メインシステム起動!」
最早見慣れた立ち上げ画面。最早聞き慣れた起動時のハム音。
機体各所のサブカメラからの映像が補助モニターに届き、機体の最終チェックを終えたキャビンクルーが慣れた動きで左右一列に並ぶのが映し出される。
「3班退避完了」
「4班退避完了」
宇宙服のような専用作業服を着た集団が機体の左右に一列に並び、その宇宙服の上からつけられたハーネスのフックを、手すりのようなラッチに繋ぐ。
あと数分後には高度一万メートルで後部ハッチを開いてキャビン中央を占拠しているデカブツ二機を放り出すのに必要な装備だ。
足元=後部ハッチ付近を映す補助モニターに目をやると、後部ハッチ操作盤の前に陣取った整備班長が、その操作盤の隣に設置された四か所のランプ全てが点灯するのを待っていた。
それぞれの班長が、それぞれ抱える班員全員が、お互いに着装とフックの接続を確認し合い、異常なしの報告を上げた際に手元のボタンを押すと整備班長の前にあるランプが点灯する。全ての班のランプが点灯すれば、降下準備は完了という事だ。
「降下五分前!疑似ヌアザ放出開始」
コックピットからの声。
その耳慣れぬ報告が、外の様子が見えずとも機体がHLPSの索敵範囲に踏み込んだことを示す。
通常の方法では防空を担うフラックはじめ、HLPSの捕捉を逃れて接近するのは不可能といっていい。
そのため、機体に搭載されたディスペンサーから疑似ヌアザ粒子と呼ばれる物質を散布することで、連中の目を誤魔化しながら接近することになる。
恐らく連中からすれば、近寄ってくるのは自分たちと同様の存在だと判断するだろう――本当の所は分からないが、いままでそれが機能しているという事は恐らくそういうことだろう。
「降下三分前!」
「フォボス2、機体動作異常なし」
整備班長の声。それに応じるように軍曹の声。
「フォボス4、機体動作異常なし」
意識をそちらに集中して俺も応じる。
三分後、俺は雲の上に降りている――子供の頃に思い描いたようなメルヘンチックな姿からはかけ離れた金属の塊と共に。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




