初上陸5
「降下二分前!」
薄暗く、公衆便所よりも狭くて、機械油の臭いが染みついたコクピットの中、専用のヘッドマウントディスプレイに表示される自機の状況と、映し出される輸送機の機内。
二分後にはこの殺風景なキャビンを放り出され、かつてふわふわだと思っていた場所に降りていく。
「ダイモス1よりポラリス。降下地点確保。周囲に敵影なし。我が隊に損害無しオーバー」
「ポラリスよりダイモス1。降下地点確保了解。フォボス1、ダイモス隊が降下地点を確保したオーバー」
「フォボス1了解。ダイモスの協力に感謝する。フォボス1アウト」
パスファインダーを務める部隊からの報告がポラリス=作戦本部へ。その作戦本部からフォボス1=俺の部隊の指揮官へ。
「降下一分前!後部ハッチ開放!」
うつ伏せ状態で懸架された機体の中、その足側から外の光が入りこんでいるのがヘッドマウントディスプレイに映るリアルタイムの映像で確認できる。
青い空。どこまでも続く青。
その下に果てしなく広がる白い大地=雲。いつ見ても、ふわふわの綿菓子。
たとえその実態が、地面と変わらない硬い足場だったとしても。
そうだ。地面と同じだ。
この世界の、この雲は、単なる水蒸気でもなければ、ふわふわのメルヘンチックな綿菓子でもない。
硬く、全高6mの人型二足歩行兵器を軽々受け止める、空に浮かぶ大地。それが眼下に広がる白の正体。
「目標上空到達!降下用意……降下!降下!降下!」
「フォボス4降下」
シグナルの青と同時に、天井に設けられたレールを勢いよく滑り出す機体。
HMDの向こうで急速に光量が変化し、それに目が慣れた時には既に先程までいたティルトウィングは小さな点。
同時に背部パラシュートユニットによって、摘まみ上げられるようにうつ伏せから直立の姿勢へ。
「フォボス2降下。お世話になりました」
同じく放り出されたフォボス2の声。同時にパラシュート展開によるスイングされるような感覚が終わる。
それからすぐ、パラシュートユニットが切り離されて、腰部ブースターによる姿勢制御に移行――ここまで自動でやってくれるのだから、この世界の技術力は大したものだ。
と、感心している場合ではない。人型メカに乗ってのスカイダイビング体験が目的ではない。
「……ッ」
着地の衝撃を体で受け止め、その中で機体のセルフチェックを確認――着地の衝撃でいかれた箇所はない。
「フォボス4降着。機体異常なし」
「フォボス2降着。機体異常なし」
インカムに向けて、実際にはHMDに映し出されている先行した二機に報告する。
「フォボス1よりポラリス。フォボス隊全機降着。これよりダイモス隊に合流し目標に向かうオーバー」
「ポラリスよりフォボス1。了解した。健闘を祈る。ポラリスアウト」
衛星通信のやり取りを聞きながら、肩部ハンガーからライフルを取り出す。チャンバーチェック後に初弾を装填。セーフティ解除。
同様の手順を終えた俺ともう一機に、既に終えていた二機のうち一機=がそのゴーグル型のアイカメラを向けた。
「フォボス隊全機移動用意、当初の予定通り西進しダイモス隊と合流する。移動開始」
その号令一下、俺たちは真っ白な雲を踏みしめて、地上を進む歩兵のように銃を構えて前進を開始する。
歩兵のそれと動き方は同じ。クラウドウォーカーとして何度も何度も訓練し、そして前職では生身でこれまた何度も繰り返したその動作は、ようやくこの小隊の足を引っ張らないように出来るようになってきた。
「よし……」
無線に拾わない様に、息を吐くように呟いた声は最早聞き慣れた、現代のハイブリット車並みに静かな駆動音に消えた。
他の機にもついていけている。機付長提案の12番の汎用ソールも過不足なく衝撃を吸収できていて、このペースの維持に貢献してくれている。
「全機止まれ」
と、小隊長の指示に足を止めたのは、そんな風に少しだけ自信を取り戻すような気がしたのとほぼ同時だった。
「ダイモスリーダーよりフォボスへ。そちらの前に出る。撃つな」
前方に見えるヌアザ粒子により巨大な石筍のようになっている雲の陰から同じ装備を施したエトナが姿を現したのは、その通信のすぐ後。
俺たちと同じ四機編隊の彼らが、今回パスファインダーを務めてくれたダイモス隊。我々フォボス隊と共に中隊を構成するお相手だ。
「ダイモス隊、先導感謝する」
小隊長が代表してそう告げると、向こうの隊長機は左手を上げてから踵を返す。
「我々は我々の目標に当たる。健闘を」
それが彼らの中での号令だったかのように、一斉に動き出すダイモス隊。
雲を踏みしめ、或いは跳躍し、瞬く間に距離を離すと、我々の機体にも施されている白を基調とした塗装もあって、あっという間に姿が見えなくなった。
「さて、俺たちも仕事にかかろう」
彼らの背中が見えなくなるのと同時に隊長の声が無線に入り、それからダイモス隊と距離を開けるように反対側へと走っていく。
「全機停止、散開し隠れろ。遮蔽物後方でスリープ」
再び隊長の指示に足を止めたのは、それから一分ほど進んでからだった。
相変わらず斜面や突起、窪地などが地上と同様に広がっていて、衛星写真や輸送機から見るほど雲の上も平らではない。
「「「了解」」」
そのため、隠れられる場所はいくらでもある。前職の経験もここで活きた。
機体を停止指示のあったすぐ近くの、壁のようにそびえたっている雲の陰に隠して、機体をスリープモードへ。こうしている間は機体の発する熱や微弱な電波なども抑えることが出来る上に、再起動するときはボタン一つでいい。
「トルーパーだ」
その状況でも問題なく見ることが出来るアイカメラの映像が、ヘルメットのHMDに映し出されている。
「ッ!」
そして、小隊長が発したその名の持ち主を、その映像の中に見つけ出す。
2倍にズームして確認。見間違えることはなさそうな特徴的なフォルムが四個、等間隔でカメラの向こうに動いている。
先端を前方に向ける三角錐型の頭、人間を乗せる必要がない故の前後に細長く丸みを帯びた胴体。その背部にある単発ジェット戦闘機のエンジンノズルのような部分も併せて、ジェットエンジンそのものを胴体にしたような印象を受ける。
その独特な胴体を支えているのは大腿部が短く、ブーツのような形状の長い脛を持つ二脚。
トルーパー、その独特な形状の小型HLPSが四機、こちらに向かって歩いて来ていた
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




