嵐の中、過ぎ去った後5
それから半年と少し。
俺は久しぶりの新兵訓練と、初めての経験を積んで、新たな部隊に配属された。
敵性低気圧対策有志国連合軍西太平洋方面軍第357制空猟兵小隊。通称『フォボス隊』
この耳慣れない組織の、耳慣れない兵科が、この世界での俺の仕事だ。
そしてその耳慣れない仕事の先輩にして、俺の練兵係を担当している軍曹に敬礼する。
「本日の訓練を開始する」
「よろしくお願いします」
年齢は恐らく一つか二つ上。身長は俺と同じぐらい――即ち、性別的には長身に分類される。
小崎絢軍曹。357小隊唯一の女性隊員にして、配属以降俺をしごき続けている練兵係。
「今回はこれまでの訓練の成果を見る。この小隊でやっていけるかどうかを決める。食らいつく気があるのなら死ぬ気で食らいつけ。いいな」
「はい!」
「よし、メット着装し直ちに搭乗!」
号令一下、目の前の机に置かれていた自分のフルフェイスヘルメットをかぶり即座に180度回れ右。自らの後ろにそびえ立つロボットアニメから出てきたような代物へ駆け寄ると、設置されているタラップを駆け上がる。
M6A1エトナ。有志国連合軍制式採用の、全高6mの人型二足歩行兵器クラウドウォーカー。
対HLPSにおける最も有効かつ狂気の戦術=シュトゥルムヤークトの中核を担う兵器。即ち、それを操縦する俺たちが制空猟兵と呼ばれる理由そのもの。
「……よし」
タラップの一番上に足をかけ、息を吐くのに声を乗せる。
最後の一歩を力強く踏み込み、第三世代MBTの砲塔を彷彿とさせる直線的で角ばった胴体部分によじ登ると、10式戦車の車長用ハッチに似たそれを開けて飛び込んで、機体の背中側を向いているシートに体をフィットさせ、即座にシートベルトを固定。それからシートを回れ右。正面に向けて固定する。
一見すると無駄なプロセスだが、これは輸送機で高度一万メートルから放り出す際に必要な機能だ。
そう、高度一万メートルから、このロボットを放り出すのだ。中に人間を詰めて。
HLPSが展開する足場となる雲=ソリッドクラウドに乗り込み、台風の目に相当するルーラーへ直接殴り込みをかける。それが、戦闘機でもないこの兵器の操縦者に“制空”の名が与えられた所以だ。
制空猟兵。文字通り、空の敵を制圧することを主任務とする者。
それが今日で終わるか、明日以降も続けられるかは、今日次第のようだ。
「シートベルトよし!シート正面よし!シート固定よし!」
指差呼称で一つずつ確認するのは、訓練時に徹底的に叩き込まれた。恐らくどこの工事現場でも通用するだろう。
「メインシステム起動!」
シートの正面にあるコンソールの右下。一番大きなボタンを、カバーを外して押し、即座にカバーを戻す。万が一にも何かの拍子に触れてしまえば、それが実戦なら即死に繋がりかねないし、訓練では後で何が待っているか分からない。
動力を賄う燃料電池が目覚めて甲高いハム音のようなものがコックピット内に響き、コンソールと正面のモニターに電源が供給されたことを伝える光が走る。
そして仕上げ――フルフェイスのバイザーに表示される、機体各部の状態。エトナの操縦にはこの専用のヘッドマウントディスプレイ付きヘルメットが不可欠だ。正面のモニターはあくまで補助用で、必要な情報はほとんどがこのバイザーに直接表示される――公衆便所より狭いコックピット内でシートを回転させることができるのは、これによって機材や計器類を減らしたことで余裕が生まれたのが大きい。
「システム起動よし!機体各部異常なし!」
機動と同時に自己診断プログラムが走り、整備班の仕事の正確さをしっかりと教えてくれる。
それを確認したら、いよいよ操縦桿に手を伸ばす。戦闘機のそれのような一本の操縦桿を右手に、アームレストのような場所にあるシフトレバーを左手に。この二つのレバーと、それについたいくつかのボタン。そして足元にある二種類のペダルが、この巨大な人形を人間同様に動かすための一式だ。
「フォボス4、起動完了」
「フォボス2よりフォボス4、無線感明度問題ないかオーバー」
「こちらフォボス4。感明度良好ですオーバー」
機体各所のモニターから送られる情報が目の前のバイザーに表示される。
この機体と同じ機体が、右斜め前に立って金属製のヘッドギアのような頭部の、スキー用ゴーグルのような形をした保護パーツ下のアイカメラをこちらに向けている。
「了解した。そのままハンガーを出てコースに向かえ」
「了解。ハンガーを出てコースに向かいます」
指示に従い、一歩ずつ外へ向かって歩き出すと、一歩一歩尻に伝わる振動と共に、薄暗いハンガーが後ろに流れ、大きく開いたゲートの向こうに見える自動車教習所を何倍も広げたような訓練用コースが近づいてくる。
ここ数日、散々しごかれながら走り回ったコースは、既に頭の中に地図が出来上がっている。
「今回は私が先行する。全武装コンディションレッド。ツーマンセル維持距離でついてこい。状況に応じて指示があった場合はそれに従え」
「了解しました。全武装コンディションレッド、ツーマンセル維持距離で後続します」
ツーマンセル維持距離とは、文字通りツーマンセル。つまり二機一組で行動する際に適切とされる距離だ。お互いの行動を阻害しないぐらいの距離を開け、しかし同時にお互いが即座に援護できるように離れすぎない。当然ながら状況によってその距離は変わるが、この指示が出た場合の意味は「どのような状況でも適切な距離を維持しろ」ということ。
つまり、今後の部隊単位で動く場合には必須になる技能ということだ。
応答しつつ、肩部ハンガーからアサルトライフルを取り出し、ローレディ=銃口を下に向けつつ、肩にストックを当てて即応できる姿勢を取る。
M99対HLPSライフル。20mm機関砲にそのままブルパップ式のアサルトライフルの外装をつけ、クラウドウォーカー用アサルトライフルとして運用できるようにした代物。ロボットの手でも扱えるようトリガーガードを大型化している以外は元いた世界でのVHS-2アサルトライフルによく似たシルエットだが、当然ながらサイズはクラウドウォーカー用のデカブツだ。
プルパップ式の弱点である射手の耳や目の障害のリスクを気にしないでいいこれが、M6A1エトナと一緒に有志国連合各国に配備されている。
そのセーフティを解除し、初弾をチャンバーへ。この辺の動作は人間のライフルと同じだが、ボタン一つで自動的に処理してくれるのだから簡単なものだ。
(つづく)




