タワーディフェンス9
「よし、全機前進」
小隊長が確認と同時に指示を出し、スイッチが切れたように動きを止めたトルーパーからナイフを抜いて放り出す。
隊長機が片手で操っていたライフルが、もう一体を撃った後で俺の上に落ちてきた相手に向いていたと気づいたのは、再びローレディの姿勢に戻って動き出してからだった。
――分かっていたのだ、俺の意識が一瞬上空から途切れた事など。
「一方送信。フォボス4」
不意に、その隊長機から通信。部隊間通信ではなく、個別の通信だ。
「分かっているならそれでいい」
ただそれだけで、コックピット内は駆動音だけの世界に戻った。
分かっていた。そして全てお見通しだ。
「……ッ」
一度だけ操縦桿から頬へ。メット越しに顔を叩く。
気合を入れなおし、意識を仕切りなおす。
部隊は進む。当初警戒していた通り崖の上からの襲撃を仕掛けてきた伏兵も、今や全て装甲を穿たれて転がっている。
程なく見えてきた正面の崖。
左右には何とか一機なら通れそうなぐらい細い道が伸びているものの、用があるのはそちらではない。
「この上だ。ロッククライミングといこう」
隊長機がその崖の足元に向かいながら通信で告げる。
幸い、これまでの左右のそれとは異なり、正面は多少の斜面と言った方が近い有様で、ごつごつした表面はエトナの推力と登攀能力を持ってすれば何とかなりそうな代物だった。
その崖に、隊長の号令一下飛びかかる。
ロッククライミングと呼ぶにはあまりに高速で人間離れした動き=腰部ブースターを使って跳躍し、突起というか突き出した足場へと飛び移っていく。
峡谷の入口より周囲の崖が下がっていたのも幸いだった。登り始めてすぐ、その頂上が目に入る――その手前で停止した隊長機の姿も。
「全機この高さまで来い。ただし飛び出すのは少し待て」
予備ハンガーの電波妨害弾への通電が、発射筒を垂直から前方へと向け直す。
「こいつを試すぞ」
その言葉とHMDに表示された光点が、崖の向こうに何がいるのかを雄弁に物語っている。
攻撃目標と、その護衛のトルーパーが二体。
「フォボス2配置つきました」
「フォボス3配置つきました」
ブースターの起動で即座に飛び出せる高さまで到着。
「フォボス4配置つきました」
俺も彼らに続いて同じぐらいの高さ=崖っぷちから頂上の様子が辛うじて見える程度のそこに陣取る。
「よし、電波妨害弾の炸裂と同時に攻撃を仕掛ける。護衛を最優先で始末。その後フラックに一斉攻撃だ」
「「「了解」」」
フラックにはまだこちらに気づいた様子はない。
その蜘蛛みたいな下半身で、だだっ広い山頂――と言うべきかは分からないが他に表しようのない崖の頂上に陣取って、右肩から伸びている長砲身を、僅かに仰角を持たせた状態で接近する侵略者に目を光らせている。
二機のトルーパーも同様、警備員よろしく目を光らせているのだろうが、まだこちらを見つけてはいない。
「よし……発射」
その間抜け三人衆の上空へ、シュッという空気の漏れるような音と共に一発のロケットが飛んでいく。
実際のロケット弾というのは、映画で見るような飛行機雲のような長い航跡を残すことはない。
ブースターでの加速は一瞬で、最後はただの砲弾になって飛んでいく。
今回もその例に漏れることはない。ほんの一瞬だけブースターに点火したと思った時=それを視覚で捉え、神経を通じて脳に情報が送られ、その情報を脳が処理する間に加速は終わっていて、更にその情報を処理し終えるよりも前に小さな閃光とともに空中に爆ぜた。
小さな、あまりに拍子抜けするような爆発。
安物のロケット花火のような、なんとも見ごたえのないそれは、しかししっかりとカタログ通りの性能を発揮している。
「全機突撃!」
左腕と一体化した盾状のレーダーが突然機能を失ったことに驚愕しているのか、辺りを見回しているフラックと、その姿に初めて異常が起きていると気づいたトルーパーたちに一斉に襲い掛かる。
「ターゲットダウン」
飛び出すと同時に近い方のトルーパーに20mm弾を叩き込む。俺と軍曹機の二方向同時射撃。仮に接近に気づいていても躱せまい。
ハチの巣になって崩れ落ちるトルーパーを踏み越えて更に先へ。
「ターゲットダウン」
もう一機も無力化されたことを無線で確認。同時にフラックがその鈍重な機体の旋回を終えた。
「ッ!!」
だが、前回ほどの恐怖はない。奴の砲身は、全く見当違いの方を向いていたから。
「よし、効いているぞ」
小隊長の声。それをかき消す破裂音のような砲声。しかし放たれた砲弾は遥か空の彼方。
恐らく次弾からは目測照準に切り替えるだろう――次があるのなら、だが。
そしてそれは、決してない。
奴の次弾装填と照準よりも、肉薄したこちらの方が速い。
「ッ!!」
銃弾を浴びせつつ突撃。
トルーパーよりは重装甲だが、それでも20mmAPDSの雨に耐えられ続けるはずもない。
四機分の掃射を受けて、奴の脚部が先にへたった。
生まれたての小鹿のようにぐらぐらと頼りなく揺れ、そのまま被弾した脚部が崩れていく。
続いて上半身もまた、脚部と、電波妨害弾の影響がなくなっても使い物にならないだろう左腕のレーダーの後を追った。
――それでも最後まで砲身をこちらに指向しようとしていたのは、奴らにも意地があるということなのだろうか。
「フォボス4、とどめを刺せ。お前が一番近い」
「了解!」
その最後の意地に向かって更に突撃する。
最早旋回も出来ないまま、何とかして唯一にして必殺の武器をこちらに向けようとするその懐に飛び込む。
砲口が視界の隅を駆け抜けて消える――こいつの最後のチャンスと共に。
「シャァッ!!」
その長砲身の下、装甲のめくれ上がった、人間で言えば脇腹に相当するだろう部分に対装甲ダガーをねじ込む。
機体ごと突っ込んだ衝撃と、その中で確かに操縦桿に返ってくる手応え。
そして目の前の巨体が、確実にその機能を停止したことを示すように、重力によって崩れ落ちていく。
「フォボス1よりポラリス。フラックを無力化した。繰り返す。フラックを無力化した」
隊長の通信が、俺の認識がぬか喜びではないと示していた。
通信に入らない様に小さくため息を一つ。とりあえず、当初に任務はこれで達成だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




