タワーディフェンス4
政府肝煎りの派遣の理由はまさしくそれだろう。
ヤタガラスは我が国の宇宙開発における一大プロジェクトであり、それは軌道エレベーターに並ぶ予算を割く存在であり、少し悪意のある言い方に替えれば金食い虫であることを意味する。
国民、有識者とされる人々、官僚、政治家に至るまで「即座に国民の生活に直結しない政府支出はその内容の如何を問わず一円でも切り詰めるべき」という考えを持つ者はいる。
そういう場合、宇宙開発のような「専門家以外何やっているのか分からない」という分野は真っ先に槍玉に挙げられるものだ。
それを、色々理由をつけて予算を割いてようやく作り上げ、浮かべているヤタガラスだ。
即ちそうした批難を――たとえ支持率にほとんど影響しないとはいえ――甘受して高い金をかけているプロジェクト。万が一にも失われることがあってはならないという訳だ。
以上、この前見た特番にソースの九割を頼った推論。
「今から24時間後、諸君らにはアースターミナルに向かって飛んでもらう。いつもの通り、何もなければそれでよし。だがことが起きた場合は、都度現地で対応となる」
そう言って締めた彼の表情に疲労の色が伺えたのは見間違いではあるまい。
基地司令。俺のような一兵卒からすれば雲の上の存在――雲の上で戦う人間が言うのもおかしな話だが――ではあるが、この人も突き詰めれば公務員である。個人がどういう考えを持っていようが、偉い人からの諸々の言いつけに逆らう訳にはいかないのだろう。
「成程ね……」
誰にも聞こえないよう、口の中だけで呟いた。
まあ、仕方ない。
なら俺に出来ることは前回と同じ=生きて帰れるように万全の準備をして、最善を尽くすだけだ。
「随分大騒ぎだねぇ」
「ですね」
その日の夕刻、いつものように基地の食堂で夕食をかっ込む。
対面には居合わせた伍長。二人して、他に数名いた利用者と同様に見上げているのは、年季の入ったテレビモニターと、それに映し出されているニュース番組。
「現在私は軌道エレベーターのある人工島、アースターミナルに来ています」
現地レポーターが人工島の一角から中継を繋いでいる。
流石は人工島というべきか、きれいに整理された道路を挟んだ四角形の緑地が田んぼのように並び、その奥には件のパゴダが鎮座して、夜間故かライトアップがなされている。
「軌道エレベーター『パシフィックピラー』はこの島から高度2,000㎞に位置する低軌道プラットホームまでは既に運用が開始されており、現在も施設職員による運転が続いています。また日中にはオーストラリア軍から供与された機関砲や地対空ミサイルといった兵器が搬入され、低軌道プラットホームまでの間に複数個所存在する作業用スペースに設置されていたようです」
説明と共に映し出される、恐らくPR用だろう、軌道エレベーターの映像。
空に向かってそびえ立つ巨大な塔の途中、その周囲をぐるりと囲むような格子状の足場が設けられているのが見える。
もし万が一のことが起きて、加えて最悪の事態に陥った場合、そこに設置された対空機関砲やSAMが最後の砦となる。
とはいえ、兵器だけ渡したところで使える人間がいなければ意味はない。となれば恐らく供与したオーストラリア軍か、或いはその出身者が多く在籍する有志国連合軍オーストラリア方面軍から派遣されているはずだ。
「まるで戦争だな」
「兵器類を搬入が行われて以降、現地は非常にものものしい雰囲気に包まれておりまして、日中お話を伺ったある職員の方は『まるで戦争が起きたようだ』と語っていました」
伍長の意見と軌道エレベーターのスタッフ氏の感想は奇しくも同じだった。
とはいえ、スタジオの司会者にとってはあまりそのことは興味を惹かれる内容ではなかったようだ。
「分かりました。ありがとうございます。どうぞ気を付けて取材を続けてください」
中継を切った後、どこかの大学の教授とやらとその司会者にカメラが切り替わる。
「尾崎先生、現地は非常に緊迫しているようでしたが」
尾崎なる人物が大きく頷く。その下に表示される簡単な経歴=元環境保全省の大学教授。
その先生が、訳知り顔で口を開く。
「今の映像にも『まるで戦争が起きたようだ』という声がありましたが、まさにその通りで、現在の地球環境というのは非常に厳しい状況にある訳ですね。こうした状況においては、やはり国際社会が一丸となって対応に当たっていく必要がある訳ですけれども……」
「共同統治機構から脱退したことで、それが難しくなっているともいえると思いますが」
「まさにその通りですね。環境問題は予断を許さない喫緊の課題な訳ですから、政府にはこうした時にはですね、沢山の問題があるとは思いますが一度もっと広い視野を持ってもらって、冷静に判断していく必要があると思いますね」
視線を食事に戻す。アジフライにソースをかける。
「おっ、ソース派?」
「ええ。伍長は……って、伍長もソースじゃないですか」
既に意識は今の方針が気に入らないどこかの大学教授殿と、意見を同じくするニュース番組から普遍のテーマへと集中。
「まあ、ここではね。ただここに九州の甘い醤油があったら断然醤油派」
「そんなに合います?」
「あれはね、アジフライ食うための醤油。マジであれを知ったら戻ってこられない」
そんな話をしながら、最後の一切れを口に放り込んだ。
政府の考えも、この番組の言いたいことも同じだ。難しい話は外野にやらせればいい。俺たちのすることなど変わらない。
どうせ連中に見えているのは政府を叩けるかどうかで、あの地獄の小笠原諸島防衛の際に支援の約束を反故にしたという事実でも、これが最後の晩餐かもしれない今の俺たちでもない。
「ごちそうさまでした」
連中に俺たちが見えていない様に、俺たちも連中など気にしない。
やるべきことをやる。HLPSに報復するという入隊当初の目的のままに。
「……いいね」
一緒に席を立った伍長が、不意に言った。
「何がです?」
「こっち側に来た奴の顔だ」
もう恐れていない――そう付け加えて。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




