タワーディフェンス2
「……全員降りろ」
小隊長の指示。今までで一番緊張するそれ。
沈んでいく気持ちに反比例するように、ハッチは軽く開く。
格納庫内に並べられた四機の前、作戦資料その他が置かれた机の前に集合するように言われ、まったく気が進まない駆け足でそちらへ。
「……やはり、簡単なものではないな」
だから、最初の一言がそれであったのは、ほんの少しだけではあるが救いとなった。
恐らく他の二人も同じだろう。これまで三回、すべて別の理由という個性豊かな死に方をしているのだ。それで自らの上官は一度も死んでいない=自分たちが足を引っ張って何度も失敗している。
「まあ、今回は全員無事降着して戦闘を開始出来た。少しずつだが改善はしていると考えよう。中津」
「はい」
「自分の死因は分かっているな?」
「数で勝る敵に対し、ターゲットの選定と攻撃の速度が下回っていたからです」
流石というべきだろう。机の端に置かれたモニターでログを見れば、今のシミュレーターで伍長が戦死したのは軍曹がやられる2秒前だ。つまり、俺たち三人はほぼ同時に全員死亡したことになる。
それからここまでの移動の時間で「あれだけ多勢に無勢ではなにをどうしても無理」を上手い事言いかえている。
「そうだな。小崎、お前は」
「攻め寄せる敵部隊に対し、対処する順序を誤ったことです」
「大葉、お前は」
一度モニターの方に目をやる。それぞれの死に様が再生されている四分割画面。四分の三が撃破され、最後の一機が立ち尽くしている。
「友軍機に敵が群がっているのを見て動揺し、自機に接近する敵の発見が遅れた事です」
腹芸など出来ない。正直に言うより他に無い。
その後、何故か発生した空白の時間。その言い知れぬ恐怖を、生み出した本人が小さく息を吐きながら終わらせる。
「……正直に言おう。お前たちがどれほど気にしようが、あの状況では死ぬしかない」
小隊長が全員の顔をじっと見た。
「だが、この作戦は過去に実際に発生している。つまり、死ぬような状況に放り込まれることも起こり得るという事だ。今自分たちで言ったことを改善するにはどうしたらいいか、一度休憩を入れる。五分で考えろ」
どうにか猶予をもらえたという訳だ。
その感想を抱いたのが俺だけではないという事は、小隊長の姿が見えなくなってから分かった。
「はぁ……助かった」
心底安心したように伍長が漏らしたことで。
「改善ったってなぁ……友軍機に空爆してもらうぐらいしかないよなぁ……」
「それが近づける状態なら、ですけどね」
「あれだけボコボコ落とされているようじゃ、まあ無理だよな」
降下開始から戦死までの僅かな時間で、一体どれだけの友軍の死を見て、聞いたことか。
花火大会もかくやという程の密度でフラックの対空射撃が行われる中を飛行するのは、それだけで奇跡に近い。
巨大なフォートレス級のソリッドクラウドの半径故、降下地点まで踏み込むには疑似ヌアザ粒子ディスペンサーの容量が足りず、輸送機も戦闘機もほとんど片道切符、或いはそれにすら満たない状態だった。
「10年前にこの場にいなくて助かったよな」
「ですね」
再び、正直な感想だった。
2065年、初のフォートレス級HLPSドレッドノートが小笠原諸島沖に出現。自衛隊及び有志国連合軍による迎撃作戦が決行され、二度に渡るシュトゥルムヤークトに失敗。
護衛艦二隻が撃沈され、父島も甚大な被害を受けるという大損害を出しながら、対処に当たった自衛隊及び有志国連合軍所属部隊の基地の弾薬庫をほぼ空にするほどの飽和攻撃を行い、ようやく撃破したという苦い経験がある。
余談ながら、この時支援を約束していたはずの世界共同統治機構=HLPS出現によって設置された国連常設軍が突如として不介入を決め込んだこと、あまつさえその上位組織である安全保障理事会の常任理事国が、このHLPSにかかりきりになっている時に偵察機を飛ばして領空侵犯を繰り返していたことで戦後国連脱退論まで飛び出した本邦は、共同統治機構に対する人員の派遣及び拠出金を停止。その全てを有志国連合軍に分配するという判断を下し今に至る。
二度のシュトゥルムヤークトの失敗と、それによって被った甚大な被害。それがどういうものだったのか、生存者の証言や作戦記録を元に再現したこのシミュレーターは、如何に絶望的状況だったのかを理解させるのに最適な教材だろう。なにしろここまで降下地点から1kmも進めていないのだ。実戦でも結果は同じだろう。
と、無駄話している場合ではない。与えられた猶予は短い。流石にそろそろ成功させなければならないのだ。この姿を見られるだけでもよろしくない。
――と、そこで机上に置かれた作戦領域の見取り図に目を落とす軍曹の姿が目に映る。
「どうか――」
どうかされましたか?そう尋ねようとして、途中まで喉から出ていた言葉はそこで立ち消えた。
真面目な軍曹の事だ。次にどうするべきかを考えているのだろう――その予想が現実に反しているというのは、彼女の表情を見ればどれほど人の心に疎い人間でも分かるだろう。
悲し気で、何か物思いにふけるような、何か考えてはいるが明らかに今目の前の問題ではない何かに心が向いている、そう思わせる視線。
その先にあるものがソリッドクラウドの見取り図ではなく、その隣にある、一万メートル下の小笠原諸島の地図であるというのも、また心ここにあらずというのを表している。
「……ッ!あ、ああ、すまん何でもない」
そして自分自身がそうしていることに気づいたのだろう、かなり強めに両頬を叩いて、今現在に帰ってくる。
結局、その後も繰り返したシミュレーションだったが、その日のうちに出来たのは、降下地点から800m進むのが限界だった。
アマチュアは成功するまで練習する。プロは失敗しなくなるまで練習する。これは事実だ。だが、何事にも例外はある。
今回のこの極めて困難なシミュレーター訓練を中断させたのは、再びの海外派遣の命令だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




