タワーディフェンス1
初めての実戦から二週間が経った。
帰国後に行われたダイモス隊と合同での打ち上げでは酒漬けと言っていい程に痛飲し、翌日廃人状態になるなどしたが、それ以降は概ねいつも通りだ。
即ち、書類仕事と訓練の日々。
そして、新たな変化がもう一つ。
「目標上空到達!降下用意……降下!降下!降下!」
「フォボス4降下」
シームルグの後部ハッチから放り出され、急速に落下していく。
HMDの向こうで急速に光量が変化し、それに目が慣れた時には既に先程までいたストーク62は小さな点。
同時に背部パラシュートユニットによって、摘まみ上げられるようにうつ伏せから直立の姿勢へ。
その瞬間、点に変わった上空の輸送機群が一斉にフレアを放出し始めた。
「回避!回避!!」
誰かの叫び声と、光の翼のように広がるフレアを完全に放出しきるより前に急激な旋回。
誰が見ても分かる回避行動は、しかし見えている全てが成功している訳ではなかった。
「あっ――」
思わず漏れた声が俺のものだと分かった時には、シームルグの一機が根元から左翼をもぎ取られ、その“傷口”から黒煙を吹き上げつつ落ちていく。
「ストーク47ダウン!ストーク47ダウン!」
無線に誰かの叫び声。
直後に別の機体が空中で砕け散った。
「ストーク52ダウン!」
「全機全速で離脱せよ!!
二機目が落ちる瞬間に一瞬だけ見えた、白い何か。
まるで流れ星を逆再生するように地上から空へと飛んで行ったそれは、俺の見間違いや機体のカメラのバグではあるまい。
だが、誰かの心配をしている場合ではない。空の上の大混乱が飛び交う中で、部隊内通信に小隊長の指示が飛ぶ。
「パラを切れフォボス4!緊急降着だ!」
「了解!!」
それを言い終わるよりも前に、体に新たに染みついた動きはパラシュートユニットのクイックリリース操作を終え、ブースターによる姿勢制御へと移っている。
フラックがいる。それも複数。
ならば、通常の降下手順では危険に身を晒す時間が長すぎる。
フラックの射撃精度相手にパラシュートの切り離しがどれほどの効果があるのかは分からないが、疑似ヌアザ粒子散布ですら誤魔化しきれない相手に無防備に浮かんでいる時間はコンマ一秒でも短い方がいい。
加えて、敵はフラックだけではない。
「ポラリスよりフォボス隊、そちらの降下地点に西からトルーパー20を認む」
「フォボス1了解した!全機聞いたな」
「了解しました」
答えながら肩部ハンガーのライフルを取り、セーフティを解除。着地の直前に腰部ブースターで減速し、衝撃を最小限に抑える。
「ッ!!フォボス4降着。機体異常なし!」
「フォボス2降着。機体異常なし」
「フォボス3降着。機体異常なし」
俺と同じ状態で他の二機も雲の上に降り立つと、小隊長の返答よりも前にポラリスの何とか冷静さを維持しようとする声が入る。
「フォボス隊。そちらの北側から別のトルーパーが接近中だ。数は4」
「フォボス1了解。フォボス3は北側の丘陵から新手を食い止めろ。残りは俺と西の奴らをやる」
「「「了解」」」
応じながら頭の中にはこの辺りの地形が浮かんでいる。
西と北。クラウドウォーカーが通れる状態の雲がある道がどちらも敵によって狙われている――分かりやすく言うと包囲されつつある。
待ち伏せされた?いや、そうではない。HLPSが人を狙うとはいえ、そこまで人間同様の戦術をとるのは不可能のはずだ。
理由はもっと単純な、極めて単純なもの。
「バイソン2-4がやられた!バイソン2-4ダウン!」
「ビショップ5!後ろについている!振り切れ!!」
「ビショップ3!囲まれて……クソッ!ビショップ3ダウン!」
「レイヴン1ダウン!レイヴン2が指揮を引き継ぐ!」
「オリオン11ダウン!数が多すぎる!!」
無数に聞こえて来る阿鼻叫喚。次々と消えていく味方を表すレーダー上の青い光点。
極めて単純で、故に極めて絶望的な理由:あまりに数が多い。
ドレッドノート。小笠原諸島を襲ったこの超巨大HLPSは、通常のクルーザーとは比較にならない程のその巨大さ故に、クルーザーを越える呼称、フォートレスが与えられた。
ブリーフィングで聞かされていたし、その映像もみた。
だが、こうして降下して初めて、それがどういう事なのか思い知らされる。要塞の名は何もオーバーではない。無限に生まれてくるとさえ思えるほどの大量の小型HLPSと、何重にも張り巡らされたフラックによるハリネズミのような防空網。
「Incoming!!」
叫び声と共に、飛んできた銃弾が身を隠していた雲の塊を叩いた。
「各自自由射撃」
小隊長が叫び声と共に手本を示すように一体のトルーパーに銃撃を加える。
併せて俺も軍曹も射撃を開始。無人機故に乗員の安全を無視できるのか、或いはそういう指示が連中の中で下っているのか、ライフルを腰だめに構えて突撃してくるトルーパーに照準し、相手のばら撒く弾が身を隠した雲に当たるよう祈りつつ引き金を引く。
「……ッ!」
まだ他の部隊員に比べれば経験は浅い。
だがそれでも、現状の危うさははっきりと理解できる。
「キリがないな」
一体のトルーパーを無力化。すぐさま隣に照準しつつ漏らす。
俺たちは侵攻側だ。輸送機から放り出されて上陸し、あまりに数が多いためフラック破壊を諦め、一気に敵中枢部=ドレッドノートのルーラーを目指して進む電撃作戦だ。
それが、他の部隊同様降下完了時点で敵に包囲されつつあり、降下地点から100m進むことすら出来ずにいる。
――それが意味するのは作戦失敗だ。
「クソッ!このっ!」
二体目を撃破した瞬間、そいつを盾にして肉薄してきたもう一体がブースターをふかして、弾をばら撒きながら走り幅跳びみたいに飛んでくる。
咄嗟にそちらに照準。半分以上消費していたマガジンの中身を一気にぶちまけて何とか遮蔽の向こう側に弾き返す――同時にHMDに表示された視界が歪み、モザイクのかかったような世界に変わる。
奴のばら撒きの一発が頭部に命中した。それを理解した瞬間、同様に飛びかかってくる複数の機影が、解像度の落ちた世界でもはっきりとわかった。
そいつらが俺を集中攻撃していた訳ではないという事も、視界の右端、軍曹機がいる方に飛びかかっている複数の影で知る。
「軍曹!」
叫び、同時に見る。
空中で先頭のトルーパーが弾避けになって彼女の放った迎撃を吸収。二番手と三番手が同時に飛びかかる。
ライフルを捨て、左腕のアタッチメントから直刀を展開し、二機同時に突っ込んで彼女がいるコックピット辺りにそれを突き立て、その勢いで軍曹機を押し倒す。
「……ッ!!」
声は出なかった。俺も、当然だが彼女も。
助けに行くべきか、いや、もう遅い、だが組み伏せられ何度も何度も突き刺されているのは、機体越しでも見ていられるものではない。
「ッ!!!?」
その一瞬の迷いが、俺を彼女と同じ姿勢にさせた。
違いがあるとすれば、俺の方は敵が一体だけという事だろうか。
「くっ――」
ぐちゃぐちゃに歪んだ世界の全てを、間近に見るトルーパーが占めていた。
奴の、反りの一切ない日本刀のような直刀の先端が、狂った視界の中でもはっきりと見えた。
「状況終了。トレーニングプログラムを終了します。評価E。理由:隊員三名の死亡による作戦遂行不能」
歪んだ視界の中のトルーパーも、突き付けられた刃も、その女声を模していると思われる無機質なナレーションと共に消えた。
恐ろしくリアルな訓練用シミュレーター。これで我々フォボス隊は三連敗だ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日、いつもの時間に




