嵐の中、過ぎ去った後1
小学生の頃、吉岡という友達がいた。
勝彦という下の名前から、クラスメイトからはカツやんと呼ばれていたそいつと俺は、クラスの誰より仲が良くて、しょっちゅう一緒に遊んでいた。
その吉岡が四年生の時に転校した。親の仕事の事情で、車で2時間以上の場所に引っ越した。
豪雨による土砂崩れに巻き込まれて亡くなったのは、それから一年後だった。
線香をあげに行くことも出来なかった。吉岡家みんなが死んでしまったのだから。
高校卒業後すぐに自衛隊に入ったのには、何か特別な意味がある訳ではない。
実家には次男坊を大学に行かせる金がなくて、その次男坊には名の通った大学に行く頭がなくて、そして地元には碌に仕事がなかった。
自衛隊はきつかったし、苦労も多かったが、それでも俺の置かれていた立場はまだマシだったと思ったのは、災害派遣に向かった中村という同期が重度のPTSDを発症して自殺した時だった。
仲は良かった。タフな奴だった。
それでも死んだ。
災害派遣で壊れる人間は決して珍しくないと聞かされたのもその時だった。
幸いというべきか、俺はその後無事に一任期を終えて除隊した。一番仲の良かった中村の死ぬ前の姿を見てしまったら、その姿が自分に見えてしまったら、とてもではないが続けられなかった。
実家に戻ってみると、高校卒業時には元気だった爺さんがボケていた。
悲しいが、しかし悲しんでばかりもいられない。俺は次の仕事を見つけなければならなかったし、家では爺さんを施設に入れようかなどという、気の滅入る話をしょっちゅうしなければならなかった。
一つ目の問題については、帰省してから二か月ぐらいで目途がついた。
地元にある小さな会社に、なんとか就職できそうだった。
台風が来たのは、その会社の面接を終えて、来月から働くことに決まった、その翌日のことだった。
「台風17号は大型で非常に強い勢力を保ったまま本州に接近し――」
ニュースが朝から天気予報を流し続けていたのをよく覚えている。
「河川などは急に水かさが増えることがあります。危険ですので、絶対に近づかない様に――」
同じような警告が、天気予報と同じように定期的に流れていたのも覚えている。
「……おい、亮介。じいちゃんがいないぞ」
父親の声で起こされたのは、日没と同時に本格的に降り始めた雨の音が家の中でもはっきりと分かるぐらいに強く屋根に打ち付けるようになった頃だ。
時計を見るとちょうど日付が変わる頃、最悪の予想をなんとか裏切ってほしいと、俺も家の中をくまなく探す。
寝室、トイレ、風呂、玄関――歩くのも一苦労の老人はいない。
台所、居間、納戸、庭先――既に耄碌している年寄りはいない。
「まさか……」
警察に届けよう――俺のその案を呑むには、この辺りには色々制約が多い。世間体とか。
結局探しに出ようとする親父を引き留め、一人では危険だといって俺も同行する。行先に大体の見当がついているのは俺も親父も同じ。
その目指す場所も同じとあって、俺たちは合羽と懐中電灯を持って外へ。台風のわりに風はそこまで強くなかったが、雨はゴム長さえ浸水しそうな程の土砂降りだった。
家を出て、小さな石の橋を渡り、細い道を通って崖の下の道を通過して十中八九そこにいるだろうと思われる、かつて我が家の畑があったという場所へ。手放して久しいのだが、どうも認知症が進んでくるとその辺のことも分からなくなってくるらしい。以前にも現在の持ち主の所にふらふらと行っては、ここは自分の家の畑だと怒鳴っていたこともあった。
親父のスマートフォンに着信があったのは、崖の下の道に差し掛かったところだった。
「見つかった!?そうか、よかった!」
電話を終えると、疲れた表情で親父が俺を見る。
「じいちゃん、駐在さんが見つけてくれたってよ。今パトカーで送ってもらって帰ってきたと」
そう言った時に照らされた、すぐ横の崖。斜面でもまっすぐ立っていたはずの電柱が、道路側に傾斜している。
「どうした?」
そしてその根元、滝のような雨で分かりにくいが、細かく入った地面のひびから、湧き水のように水が出ている。
「……いかん」
懐中電灯で照らせる僅かな範囲だけで、この二つ。
頭の中で即座にひとつの答えが出る。
「え?」
「親父逃げろ!ここは危――」
発言は地鳴りにかき消された。
いや、地鳴りではなかったかもしれない。
「――い。おい――」
次に声を発しようとしたのが、そのどれほど後だったのかは分からない。
気が付くと、俺は地面にうつ伏せのような形で倒れていた。
奇妙なことに首が動かない。
いや、首だけではない。全身が、だ。
加えて息が詰まる。肺が潰れたように音が出ない。
「ぁ……ッ!!!」
声にならない声を無理矢理肺から吐き出させたのは、気絶するほどの激痛。
その時初めて、自分の腕が、すぐ横の土塊から生えているのを見た――関節が何個あればいいのか分からない角度で。
「亮介!おい亮介!!」
親父の声が泣いている。
それに気づいたのと同時に、俺は再度意識を手放した。
(つづく)




