プロローグ
※物語の性質上、大規模な自然災害の描写がございます。ご覧になる際はご注意ください。
ふわふわな雲の上を歩いてみたい。
恐らくこの思いを抱いたことのない人間は存在しないのではないだろうか。
かくいう俺も、子供の頃にはそんなことを空想した。
それどころか、雲と綿菓子の区別がつくようになってからも、大きく発達した積乱雲なんかを見ると、綿のようにフワフワしているに違いないと、頭のどこかで思ってしまうものだった。
「降下三分前!」
「フォボス2、機体動作異常なし」
無線を介して聞こえる僚機のパイロットの声。
彼女のそれをなぞるように、俺も動作確認を終えて応答する。
「フォボス4、機体動作異常なし」
雲は綿のようにふわふわしているというイメージ。
それは、雲の上を飛ぶようになっても変わらない。
その上から飛び降りることになっても。
「降下二分前!」
薄暗く、公衆便所よりも狭くて、機械油の臭いが染みついたコクピットの中、専用のヘッドマウントディスプレイに表示される自機の状況と、映し出される輸送機の機内。
二分後にはこの殺風景なキャビンを放り出され、かつてふわふわだと思っていた場所に降りていく。
「ダイモス1よりポラリス。降下地点確保。周囲に敵影なし。我が隊に損害無しオーバー」
「ポラリスよりダイモス1。降下地点確保了解。フォボス1、ダイモス隊が降下地点を確保したオーバー」
「フォボス1了解。ダイモスの協力に感謝する。フォボス1アウト」
パスファインダーを務める部隊からの報告がポラリス=作戦本部へ。その作戦本部からフォボス1=俺の部隊の指揮官へ。
「降下一分前!後部ハッチ開放!」
うつ伏せ状態で懸架された機体の中、その足側から外の光が入りこんでいるのがヘッドマウントディスプレイに映るリアルタイムの映像で確認できる。
青い空。どこまでも続く青。
その下に果てしなく広がる白い大地=雲。いつ見ても、ふわふわの綿菓子。
たとえその実態が、地面と変わらない硬い足場だったとしても。
そうだ。地面と同じだ。
この世界の、この雲は、単なる水蒸気でもなければ、ふわふわのメルヘンチックな綿菓子でもない。
硬く、全高6mの人型二足歩行兵器を軽々受け止める、空に浮かぶ大地。それが眼下に広がる白の正体。
「目標上空到達!降下用意……降下!降下!降下!」
「フォボス4降下」
シグナルの青と同時に、天井に設けられたレールを勢いよく滑り出す機体。
HMDの向こうで急速に光量が変化し、それに目が慣れた時には既に先程までいたティルトウィングは小さな点。
同時に背部パラシュートユニットによって、摘まみ上げられるようにうつ伏せから直立の姿勢へ。
「フォボス2降下。お世話になりました」
同じく放り出されたフォボス2の声。同時にパラシュート展開によるスイングされるような感覚が終わる。
それからすぐ、パラシュートユニットが切り離されて、腰部ブースターによる姿勢制御に移行――ここまで自動でやってくれるのだから、この世界の技術力は大したものだ。
と、感心している場合ではない。人型メカに乗ってのスカイダイビング体験が目的ではない。
「……ッ」
着地の衝撃を体で受け止め、その中で機体のセルフチェックを確認――着地の衝撃でいかれた箇所はない。
「フォボス4降着。機体異常なし」
「フォボス2降着。機体異常なし」
インカムに向けて、実際にはHMDに映し出されている先行した二機に報告する。
「フォボス1よりポラリス。フォボス隊降着。全機異常なし。これよりダイモス隊に合流し目標に向かうオーバー」
「ポラリスよりフォボス1。了解した。健闘を祈る。ポラリスアウト」
衛星通信のやり取りを聞きながら、肩部ハンガーからライフルを取り出す。チャンバーチェック後に初弾を装填。セーフティ解除。
同様の手順を終えた俺ともう一機に、既に終えていた二機のうち一機=がそのゴーグル型のアイカメラを向けた。
「フォボス隊全機移動用意、当初の予定通り西進しダイモス隊と合流する。移動開始」
その号令一下、俺たちは真っ白な雲を踏みしめて、地上を進む歩兵のように銃を構えて前進を開始する。
クラウドウォーカー。この極めて特殊な用途のために生まれた人型兵器を操り、極めて特殊な任務を遂行する。それがこの世界における俺の仕事だ。
雲の上、時に人間のように歩き、時に腰部ブースターを使って滑るように走り、俺たちは白い大地の中心に向かって進む。
この雲の世界を創り出した本体。ルーラーと呼ばれる、質量のある台風の目。それを破壊するのが俺たちに与えられた任務だ。
(つづく)
先日、「小説でロボットものは難しい」という意見を見つけまして、確かにお説ごもっともと思った次第。
ただやりたかったんだから仕方ない。
という訳で、近未来ロボットアクション小説でございます。
いつもの通り至らぬ点ばかりかと思いますが、生暖かく見守ってくだされば幸いです。




